トラスツズマブ デルクステカンは一部の転移乳がんに好適な可能性

新規分子標的薬であるトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ、T-DXd)が一部の進行の早い転移乳がん患者の無増悪生存期間を著しく延長したことが、新たな臨床試験結果で示された。

直接比較試験から、T-DXdはもう1つの分子標的薬であるトラスツズマブ エムタンシン(カドサイラ)よりも腫瘍縮小効果が優れていることも分かった。2013年以降、トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)は、HER2タンパク質を過剰産生する転移乳がん(HER2陽性乳がん)患者の二次治療として標準治療となっている。

転移乳がんに対し1種類以上の治療レジメンを受けた後に病勢進行した患者を対象に2種類の薬剤を比較した臨床試験の中間結果が、欧州臨床腫瘍学会(ESMO2021で発表された。本試験は進行中であるが、あらかじめ予定していた試験データの中間解析で、これら2種類の薬剤の間に明確な差があることが示された。

「治療開始から12カ月後、T-DXd投与患者の約76%、T-DM1投与患者の34%で、がんは依然としてコントロールされています」と本試験の主任研究者であるSara Hurvitz医師(カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ジョンソン総合がんセンター)は述べた。

T-DXdの優れた反応は『非常に印象的』で、この薬剤がこうした患者に対する新規の標準二次治療になるべきであることを示唆しています」とAlexandra Zimmer医師(NCIがん研究センター婦人悪性腫瘍部門臨床部長、本臨床試験には不参加)は述べた。

15年にわたる乳がん臨床医としての経験上、私は転移乳がんに対する現在の標準治療と比較して、新薬でこれほど顕著に効果が向上したのをみたことはありません。それゆえ、患者にとっては実に非常に心躍ることです」とHurvitz氏は述べた。

2種類の分子標的薬を比較する

乳がん患者の約15~20%では腫瘍がHER2を過剰発現し、腫瘍細胞上の過剰なHER2ががんの増殖を促す。こうしたHER2陽性腫瘍は、HER2を過剰発現していない腫瘍と比較して増殖が速く、体内の他の部位に広がる(転移する)傾向が強い。

トラスツズマブをはじめとするHER2を標的とする薬剤であるモノクローナル抗体はHER2陽性乳がんの治療薬として、かなりの成功を収めている。その結果、こうしたモノクローナル抗体を基にした新薬の開発が進められている。

点滴静注剤であるT-DM1とT-DXdはいずれも抗体薬物複合体(antibody–drug conjugate:ADC)と呼ばれる薬剤である。これらは、モノクローナル抗体(本臨床試験ではトラスツズマブ)と細胞障害性抗がん薬が化学結合した薬剤である。

T-DM1とT-DXdのトラスツズマブの部分は、両剤が細胞障害性抗がん薬の「弾頭」をHER2過剰産生腫瘍細胞に直接送達するよう促す自動誘導装置として作用する。その後、T-DM1やT-DXdはHER2過剰産生腫瘍細胞内に取り込まれ、そこで結合された細胞障害性抗がん薬を放出する。

この新たな臨床試験であるDESTINY-Breast03試験は大規模国際臨床試験で、乳がん患者を対象にT-DXdと他の治療薬を直接比較する最初の試験である。DESTINY-Breast03試験を、T-DXdの開発元である第一三共株式会社とアストラゼネカ社が資金提供した。

昨年発表された小規模臨床試験DESTINY-Breast01試験の結果を受けて、米国食品医薬品局(FDA)は、2回以上の抗HER2療法の治療歴のある治癒切除不能または転移HER2陽性乳がん患者に対する治療薬として、T-DXdを迅速承認した。

「これらの結果は治療歴の多い患者の約60%で腫瘍がT-DXdに反応したことを示しており、見事な成績でした」と Zimmer氏は述べた。その一方で、DESTINY-Breast01試験では、T-DXdは他の治療薬と直接比較されなかった。

「(DESTINY-Breast03と)同様の大規模な臨床試験で、T-DXdを他の治療薬と比較する機会を待っていました」とZimmer氏は続けた。

トラスツズマブ デルクステカンは無増悪生存期間を延長し、腫瘍を縮小させる

DESTINY-Breast03試験に、治癒切除不能または脳など体内の他の部位に転移したHER2陽性乳がん患者524人が参加した。参加患者はT-DM1投与群とT-DXd投与群のいずれかにランダムに割り付けられた。参加患者は全員、トラスツズマブ(ハーセプチン)やタキサン系薬剤による治療歴があった。

13.9カ月の追跡調査の結果、T-DM1投与患者の無増悪生存期間中央値は6.8カ月であった。T-DXd投与患者では、無増悪生存期間中央値は15.5カ月後にもまだ到達していない。

画像検査での腫瘍縮小または完全消失はT-DXd投与患者の約80%で認められた。一方、T-DM1投与患者では34%しか認められなかった。

研究者らは参加患者の追跡調査を継続し、参加患者2群の全生存期間の差の有無を調べている。また、参加患者2群の生活の質も比較する予定である。

「重篤な治療関連副作用はT-DXd投与患者の約45%に、T-DM1投与患者の約40%に発生しました」とJavier Cortés医学博士[国際乳がんセンター(スペイン、バルセロナ)、ESMO2021でDESTINY-Breast03試験結果を発表]は述べた。

重篤な副作用のため、T-DXd投与患者の約13%が治療を中止した。一方、T-DM1投与患者で治療を中止したのは5%だけであった。また、T-DXd投与群ではT-DM1投与群よりも副作用のために減薬した患者が多かった。

懸念されていた主な副作用は、重篤化する可能性のある肺の炎症の一種である。間質性肺疾患(ILD)と呼ばれるこの疾患は、先行のDESTINY-Breast01試験の参加患者184人のうち5人に治療関連死を引き起こした。

「こうした懸念から、DESTINY-Breast03試験参加患者をILDの徴候に関して入念に監視しました」とHurvitz氏は述べ、「T-DXd投与患者の10.5%がILDを発症したのに対し、T-DM1投与患者ではわずか1.9%でしたが、この非常に大規模な臨床試験では、どちらの治療患者群でもILDで死亡した患者はおらず、重度のILDになった患者もいませんでした。T-DXd投与患者で中等度ILDになった人は2人だけでした」と続けた。

「DESTINY-Breast03試験結果から、(ILDに関する)多くの懸念を払拭できると思います」とShanu Modi医師[メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(米国、ニューヨーク)の乳がん専門医、ESMO2021で試験結果に関して討論した]は述べ、「しかし、T-DXdを安全に提供するためには、薬害への警戒と早期介入が絶対に欠かせません」とModi氏(DESTINY-Breast03 試験には不参加だったが、DESTINY-Breast01試験の主任研究者だった)は続けた。

「患者にILDの徴候がみられる場合、直ちに投薬を中止する必要があり、肺の炎症を抑えるためにステロイドを投与し、問題が解決するまで、呼吸器専門医が監視することがあります」とHurvitz氏は述べた。

しかし、「患者にILDによる息切れや低酸素血症がみられる場合は、現在はT-DXd投与を永久に中止するよう推奨されています」と指摘した。

2種類の抗HER2薬の相違を解説

「T-DXdとT-DM1のいくつかの相違点から、T-DXdの有効性が高い理由が明らかになる可能性があります」とCortés氏は述べた。

「この2種類の薬剤は、異なる種類の細胞障害性抗がん薬を含んでおり、T-DXdの1分子は、T-DM1の1分子と比較して、HER2陽性細胞に約2倍の細胞障害性抗がん薬を送達します」と解説した。

おそらく最も重要なことは、マウスや培養細胞での研究で、T-DXdの細胞障害性抗がん薬の部分は一旦放出されると、HER2を過剰産生しない腫瘍細胞などの近隣の細胞に入り込んで殺傷できることが示されることである。

「HER2陽性乳がんでは、腫瘍内の細胞全てが HER2を過剰発現するわけではありません」とModi氏は解説し、「そのため、T-DM1ではみられなかったT-DXdにおけるこの『バイスタンダー効果』が、この種類の乳がんの治療には特に重要です」と述べた。

今後の方向性

乳がん患者、および他のHER2陽性がん(肺がん、胃がんなど)患者を対象とするT-DXd単剤療法またはT-DXd+他の薬剤の併用療法に関する数多くの研究が、進行中、計画中、または最近終了した。例として、ある小規模臨床試験による最近の結果から、治療歴のあるHER2陽性肺がん患者の半数以上で、T-DXdが腫瘍を縮小させたことが示された。

「現在、HER2陽性早期乳がん患者を対象にT-DXdを評価し、これがこうした乳がんの進行を抑制し、ひいては治癒もできるかどうかを調べているところです」とHurvitz氏は述べた。Zimmer(NIH臨床センター)氏主導のものを含む他の臨床試験では、脳に転移したHER2陽性乳がんに特化したT-DXdの有効性を評価する予定である。

「HER2陽性腫瘍ではありませんが、腫瘍細胞の表面にわずかにHER2が存在する『HER2低発現』乳がんを対象としたT-DXdの研究も実施されています」と述べ、「ホルモン受容体陽性乳がんの約3分の2とトリプルネガティブ乳がんの約3分の1がこの部類に該当します」と指摘した。

さらに、「T-DXdで最終的に病勢進行したHER2陽性転移乳がん患者において、T-DM1や他の治療薬が病勢進行を阻止できるかどうかは、まだ不明です」とModi氏は述べた。

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立国際医療研究センター乳腺腫瘍内科)

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