2011/09/20号◆癌研究ハイライト「若年女性に対する乳房温存手術は切除術に替わる治療法として容認できる」「蛍光プローブは外科医が卵巣癌を見つけるのに役立つ」「ナース・プラクティショナーや医師助手は予想される腫瘍部門の労働力不足を補うことができる」「BRCA1タンパク質が腫瘍抑制因子として機能する仕組みが示された」「胃癌に関連する細菌は直接的にDNA損傷をもたらす」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2011年9月20日号(Volume 8 / Number 18)
~日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
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◇◆◇癌研究ハイライト◇◆◇
・若年女性に対する乳房温存手術は切除術に替わる治療法として容認できる
・蛍光プローブは外科医が卵巣癌を見つけるのに役立つ
・ナース・プラクティショナーや医師助手は予想される腫瘍部門の労働力不足を補うことができる
・BRCA1タンパク質が腫瘍抑制因子として機能する仕組みが示された
・胃癌に関連する細菌は直接的にDNA損傷をもたらす
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若年女性に対する乳房温存手術は切除術に替わる治療法として容認できる
40歳未満の女性で、乳房温存手術は、乳房切除術と比較して局所再発率および全生存率において劣っていないと、2つの後ろ向き調査の結果で示された。乳癌と診断された時点での年齢の若さは、癌再発の危険因子と考えられており、若い乳癌女性の多くが治療法として乳房切除術を選択する。
この研究はサンフランシスコで開催された2011年米国臨床腫瘍学会(ASCO)の乳癌シンポジウムで発表された。「これらの研究は、乳腺腫瘤摘出術と放射線療法を併用する乳房温存手術が、若い女性にとって素晴らしい選択肢であり、また好ましい方法でもあるだろうという見解を支持するものである」と、NCI癌治療・診断部門の乳癌治療部長であるDr. Jo Anne Zujewski氏は述べた。同氏はこの研究には参加していない。
マサチューセッツ総合病院のDr. Julliette Buckley氏が主導した最初の調査で、研究者らは、1996年~2008年に同病院でステージ1~3の乳癌で治療を受けた若年女性628人の医療記録を精査した。治療後の追跡調査期間の中央値は6年であった。この間、乳房温存手術を受けた女性の7.1%、乳房切除術を受けた女性の7.5%に局所再発が生じた。この数値の差は統計学的に有意なものではない。
本調査で観察された局所再発率はこれまでの研究結果よりも低かったと研究者らは述べた。この新しい結果は「乳腺腫瘤摘出術は若い女性にとってまさに安全な選択肢である」ことを示唆しているとBuckley氏は記者会見で語った。「乳癌の遺伝的リスクが明らかになったこと、乳癌検診の進歩、全身治療や放射線療法の向上が、私たちが示した若年乳癌女性における全生存期間の延長に寄与したと考えられる」と同氏は説明した。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのDr. Usama Mahmood氏が主導した2番目の調査で、研究者らはNCIのSEERデータベースから、1990年~2007年にステージ1あるいはステージ2の乳癌と診断された20歳~39歳の女性14,760人のデータを調べた。乳房温存手術を受けたすべての患者が放射線療法を併用していた。10年後の全生存率は、乳房温存手術を受けた女性では83.5%、乳房切除術を受けた女性では83.6%であり、実質的に同じであった。
「乳癌の早期ステージにある若い女性への治療では、乳房温存手術と乳房切除術で生存率が同程度であることがわかった」とMahmood氏は述べた。「この結果は、患者は治療法の選択に関して医師から適切な助言を受けるべきであり、生存率がよいと決めてかかって乳房切除術を選択すべきではないことを注意喚起するものである」。
この記者会見の司会を務めたスローンケタリング記念がんセンターのDr. Andrew Seidman氏は以下のようにつけ加えた。「一般的な通念を定期的に見直すことは非常に大事なことである。これは乳癌を患った若い女性にとって乳房切除術が必要だという、これまでの通念の重要な見直しである」。
蛍光プローブは外科医が卵巣癌を見つけるのに役立つ
Proof of concept(概念実証)試験において、上皮性卵巣癌細胞に結合するようにデザインされた蛍光プローブの使用により、手術中に腹腔内の微細な癌組織が安全に可視化され、外科医が癌細胞を取り除く助けとなった。葉酸受容体αと呼ばるプローブの標的は、正常細胞には見られないが、90~95%の卵巣癌に見られる。試験はヒトを対象とした初めてのもので、オランダのグローニンゲン大学のDr. Gooitzen M. van Dam氏が率いた。結果は9月18日付Nature Medicine誌電子版に発表された。
卵巣癌は腹腔内に広がることが多く、この微細な癌組織を肉眼で見つけたり手術中に検出することは困難である。癌細胞の可視化を進め、外科医がより多くの癌細胞を取り除くのを可能にすることを目的として、研究者らは造影剤を検討した。この薬剤は、蛍光灯下で緑色に発光する化合物(フルオレセインイソチオシアネート)を結合させた葉酸からできている。
研究者らは手術前の女性10人にこのプローブを注射した。術中、外科医は腹腔内の癌細胞を探る標準検査を行なった。次に3台のカメラシステムを使い蛍光画像を撮影して検証した。これは手術の手順を妨げるものではなかった。外科医が肉眼と蛍光プローブで特定した癌が疑われる全ての細胞を取り除いた後、残存する癌細胞がないかを見るため2回目の蛍光画像を撮影した。次に残っている蛍光細胞の生体標本を採り、プローブが誤った陽性結果を示していないか(正常細胞に結合して腫瘍細胞と誤認していないか)を確認した。
患者のうち9人は葉酸受容体αを発現した腫瘍を有し、すべての患者の腫瘍細胞で手術中に蛍光色素が検出された。隣接部位の正常細胞では蛍光色素は見られなかった。「画像ガイドによるリアルタイムの蛍光腫瘍細胞の切除(直径1ミリ以下)が可能であり、またすべての蛍光細胞が悪性であることが確認された」と著者らは記した。患者1人の腫瘍は葉酸受容体αを発現しておらず、カメラシステムはこの患者の腹腔内で腫瘍細胞を検出しなかった。
「腫瘍標的蛍光剤の使用は外科手術用画像にパラダイムシフトをもたらすかもしれない」と著者らは述べた。癌細胞の徹底的な切除により術後の転帰を改善できる可能性がある。この結果を確認し、プローブの使用が診断や外科的治療を改善できるかを判断するためには大規模試験が必要であるとVan Dam氏らは結論付けた。
ナース・プラクティショナーや医師助手は予想される腫瘍部門の労働力不足を補うことができる
癌患者のケアにおいて、ナース・プラクティショナーや医師助手を日常的に活用することは、米国で予測されている腫瘍医の不足に対する実践的な解決策となるとみられることが、新しい調査でわかった。9月15日付Journal of Oncology Practice誌によれば、このやり方で診察を受けている患者は、ケアに対して「非常に満足して」おり、腫瘍医、ナース・プラクティショナー、医師助手も共同でケアを提供できることについて「非常に満足している」という。
「腫瘍医と医師以外の医療提供者(NPP)による、協調的で統合された癌医療は、非常に成功を収めたモデルであることを調査は示している」とASCOの労働力諮問委員会(Workforce Advisory Group)の副委員長であるDr. Dean Bajorin氏は述べた。
この調査はASCOのStudy of Collaborative Practice Arrangement initiative(共同医療実務管理構想研究)からの支援を得て行なわれた。ASCOは、2020年までに腫瘍医が大幅に不足するという、同組織が以前に発表した見通しを受けて、この試みを2009年3月に立ち上げた。
この調査研究の最初のパートでは、癌診療226件についての国の調査から、NPPが日常的に治療に参加している例を特定した。次に研究規模や地域が異なる31件の小集団について分析したが、完全なデータが得られたのは27件であった。全体の調査グループでも同様であったが、今回の調査グループにおいても大半は開業医による診療であった。(大学病院における診療はこの調査から除外された)
いずれの調査グループでも、NPPは日常的に、診察時の患者の介助、痛みや症状の管理、患者指導や相談、また寛解した患者の経過観察ケアの提供などの任務を遂行していた。ほとんどの患者がNPPによる診療を受けていると認識していることを、調査は示している。
医師とNPPによる共同ケアへ向けて最も多く使われる方法は、調査のリーダーであるOncology Metrics (医療調査会社Altos Solutions社の1部門)のElaine Towle氏らがincident-to-practice model(ITPM)と称するモデルであった。このモデルでは、NPPは腫瘍医に頼らずに患者の診療を行い(ただし、患者の診療に先立ちケアプランについて腫瘍医と話し合いをしておく)、腫瘍医はオフィスにいて、必要があれば相談に応じられるようにしておく。
今回の調査グループでは、診療の60%でNPPが全ての医師と共に診療に当たっていた。この割合を20%増やすことで、特定の医師のみと働くNPPによる診療よりも、この体制がより効果的になるとみられる。
ITPMには他にも優れた点があると著者らは説明した。「個人診療の場合、ITPMの方法をとれば、NPPのサービスについても医師が診察したと同様の満額の診療報酬をメディケアに対し請求できる」。もし、これらの診療をNPPの登録番号で請求すれば、診療報酬は医師の診療報酬体系の85%になると著者らは強調した。
BRCA1タンパク質が腫瘍抑制因子として機能する仕組みが示された
BRCA1遺伝子の変異は、女性の乳癌と卵巣癌の生涯発症リスクを高めることが知られているが、この遺伝子によってコードされるタンパク質がどのように腫瘍形成の抑制に関与するかについては、いまだに研究が続けられている。9月8日付Nature誌に発表されたソーク生物学研究所のDr. Inder Verma氏らによる研究には、いくつかの手がかりが示されている。
研究者らはマウスとヒトの乳癌細胞を用いて、BRCA1タンパク質をもたない細胞に生じる一連の異常を同定した。ここで示された知見を要約するならば、BRCA1タンパク質は、「誘起」すなわち転写が起こると細胞に損傷を与える可能性のあるDNA反復配列の伸張を「抑制」することで、細胞ゲノムの完全性の維持に役立っているということである。
BRCA1がないと凝縮された状態を維持できなくなる染色体領域が存在することを研究者らは見出した。(構成的ヘテロクロマチンと呼ばれる)このような領域は、正常な状態では互いに強く結合しているため、このDNA反復配列の伸張は抑制されている。しかしBRCA1が存在しないと、細胞がこの反復領域から比較的多量のRNAを産出する可能性が生じる。
このRNAの活性によりゲノムの安定性が低下し、発癌段階への進行が決定づけられる。「細胞がこの非コードRNAを多量に作り出すと、DNA損傷につながりかねない」と、共著者であるDr. Quan Zhu氏は述べた。「このタイプの損傷が癌を発生させると考えられている」。
BRCA1タンパク質のもつ腫瘍抑制効果の根底にあるのが、凝縮状態にある染色体領域の境界の維持にあると考えられると、英国ケンブリッジ大学にあるハッチンソン/MRC研究所(Hutchison/Medical Research Council Research Centre)のDr. Ashok Venkitaraman氏は同誌に併載された解説記事に記している。今回示された知見は、この分野での「躍進的進歩であると歓迎されるかもしれない」と同氏は付言した。
過去15年間に、BRCA1タンパク質の正常機能について、DNA損傷修復機能や、転写補助機能などを示唆する研究が数多くあった。今回の知見は、数多くの細胞機能で果たしているこのタンパク質の役割を理解する枠組みを提供するものであるとVerma氏らは考えている。
多かれ少なかれ、今回のマウスとヒトの細胞での観察結果は、これまでBRCA1に関して行われてきた研究に沿ったものであると研究者らは記している。「BRCA1欠損に関連してこれまで何年にもわたって報告されてきた細胞に関する問題を、われわれはすべて観察した」と共著者であるDr. Gerald Pao氏は述べた。
今回の研究で認められたDNA反復配列の活性化は、マウスとヒトのいずれの癌細胞でも認められた。「BRCA1遺伝子の生殖細胞系変異の保因者において、このような活性化が癌の発生を促進させるかどうか、そして、そのメカニズムはどういうものであるかについては、まだ明確ではない」とVenkitaraman氏は記した。それにもかかわらず、この研究によって「腫瘍抑制についての興味深い新たな経路が明らかとなった」としている。
胃癌に関連する細菌は直接的にDNA損傷をもたらす
胃に生息する細菌であるヘリコバクター・ピロリによる感染からどのように癌が生じるかを説明するのに有用な新たな研究が示された。ヘリコバクター・ピロリ感染は、胃癌の危険因子の中で最も危険性の高いものである。研究者らはヘリコバクター・ピロリの感染により、胃上皮細胞の核にあるDNAの二重らせん鎖の両方の切断が誘発されることを見出した。こうしたDNA二重鎖の切断は胃上皮細胞のDNA損傷修復機能を活性化するが、ヘリコバクター・ピロリ感染が長期化するとこのメカニズムへの負担が大きくなりすぎ、胃癌発生に関与する変異が誘発される可能性がある。
チューリッヒ大学のDr. Anne Müller氏とDr. Massimo Lopes氏らは、この知見を9月6日付米国科学アカデミー紀要電子版で報告した。
「ヘリコバクター・ピロリに感染したヒトの生検検体では、胃粘膜細胞での変異発生率が高くなっており、同じことが動物モデルでも示された」と電子メールでMüller氏は述べた。しかしながら、このような変異を生じさせる「機序については、ほとんどわかっていない」。
研究者らはDNAの完全性を解析する技術を用いて、実験室で培養した細胞をヘリコバクター・ピロリにさらすと、ヒト胃癌細胞とマウスの正常な胃上皮細胞においてDNA二重鎖の切断が生じることを示した。著者らによれば、二重鎖の切断は細胞の損傷の中で最も有害なものであるが、この切断が起こる頻度はヘリコバクター・ピロリへの曝露の程度と期間によって異なる。
また研究者らは、DNA損傷は、ヘリコバクター・ピロリの生菌と宿主細胞の直接接触に依存し、この細菌が分泌する毒素などの因子に起因しないことを示した。
「われわれの研究は、変異を生じさせる原因として直接的なDNA損傷を挙げる数少ない研究の一つである」とMüller氏は記した。他の研究では、慢性的なヘリコバクター・ピロリ感染から炎症が生じ、そこから活性酸素種として知られる化学物質の産生誘導により、間接的なDNA損傷が起こるとされている。活性酸素種はDNAを酸化するが、今回の研究では酸化の関与は否定された。
ヘリコバクター・ピロリが抗菌薬によって排除されると、ほとんどのDNAの切断は細胞によって効率よく修復されるが、ヒト胃癌細胞をヘリコバクター・ピロリに48時間以上連続的に曝露すると、DNA修復機能の洪水状態になるようである。「不正確なDNA修復により生じると考えられるDNA損傷が、…胃癌に顕著な特徴である遺伝的不安定性と頻繁な染色体異常の一因なのかもしれない」と著者らは記した。
胃癌におけるヘリコバクター・ピロリの機能に特化した研究を行っているバンダービルト大学医療センターのDr. Richard Peek氏は、「このような知見から、ヘリコバクター・ピロリ除菌療法を併用せずに炎症を軽減させる治療を行っても、この病原体への反応として生じるDNA損傷の予防には効果がないであろうことがわかる」と論評した。
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岡田 章代、窪田 美穂 訳
小宮 武文 (呼吸器内科/NCI Medical Oncology Branch)、石井 一夫(ゲノム科学/東京農工大学) 監修
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