膠芽腫に対する免疫療法

MDアンダーソン OncoLog 2017年3月号(Volume 62 / Issue 3)

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膠芽腫に対する免疫療法

免疫を利用した革新的な脳腫瘍治療に対する臨床試験

膠芽腫は外科手術、放射線療法、化学療法による積極的治療を行っても大半は数カ月以内に再発し、2年以内に死亡する。新たに診断された、もしくは再発した膠芽腫患者の生存期間延長のため、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究班は免疫チェックポイント阻害剤、改変T細胞、臍帯血由来NK細胞、STAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子3)阻害剤を用いた免疫学的治療法の研究を行っている。

「毎年300人ほどが新たに膠芽腫と診断されます」と、研究責任者の神経腫瘍学教授John de Groot医師は語る。「膠芽腫患者のために先進的な免疫療法の研究を進めています」。

障壁とタイミング

膠芽腫には医師や研究者にとって厄介な特徴がいくつかある。「肺がんや黒色腫など変異荷重が大きいがんの場合、治療標的となる抗原が多数存在します。ですが膠芽腫は違うのです」と脳神経外科学教授のAmy Heimberger医師は語る。同医師によると、変異の多さでがんを比較した場合、膠芽腫は中程度とのことである。

変異が多くないことと共に、腫瘍の不均一性は膠芽腫の特徴である。そのため標的分子がきわめて少なく、また全ての患者で同じ標的が発現するわけではない。「腫瘍が均一でないので、ひとつの薬剤だけでは患者を救う決定打とはならないのです」とHeimberger医師は語る。

さらに、血液脳関門が膠芽腫治療への障壁となっており、そのため血中の免疫細胞は脳内に到達しないと考えられていたこともあった。しかし、MDアンダーソンなどの研究により免疫細胞が脳腫瘍に到達することが実証され、免疫療法が治療選択肢になることが分かった。 「脳内の炎症により血液脳関門が開き、免疫細胞が脳実質に到達することが分かっています」と免疫学准教授のTomasz Zal博士は語る。

Zal博士の研究室は世界で最も早く2光子顕微鏡法を使用して蛍光染色による生体組織の可視化に成功した研究室のひとつである。Zal博士の研究班は、この技術を応用してマウス脳内の腫瘍形成と免疫反応の研究を行っている。

「免疫反応の機序を理解することで免疫治療薬の投与法を決めることができます」とZal博士は語る。「免疫療法は投与タイミングがシビアなのです。免疫細胞が腫瘍に集まるかどうかがすべてです」。また同博士は、MDアンダーソンの医師と基礎医学者とが緊密な連携を行えば、免疫療法を応用した複数の治療法を探ることが可能となると語った。

医師は、膠芽腫と診断されれば、できれば早急に、そして切除前に免疫治療薬を投与したいと考える。臨床試験で、この“window of opportunity”(治療機会)に免疫治療薬を投与すれば、切除時に検体を調べて治療効果が確認できる。

「こうしたwindow-of-opportunity試験では、免疫治療薬を投与し十分量の免疫細胞が腫瘍に送られているか、またその免疫細胞ががん細胞の死滅に機能しているかを調べることができます」とHeimberger医師は語る。 「こうした試験を行うことで腫瘍の微小環境に関する未知の部分が解明され始めており、そこから免疫反応をさらに高める治療方針を確立できるのではと考えています」。現在、window-of-opportunity コンセプトで行う2つの試験において患者を組み入れており、ひとつは免疫チェックポイント阻害剤の投与試験、もうひとつは改変T細胞の自家移植試験である。

ペンブロリズマブ

「過去に行ってきた免疫療法試験の中で最も有望な試験の1つに、再発膠芽腫患者に対する術前の免疫チェックポイント阻害剤の投与試験があります」とde Groot医師は語る。 この試験(No.2014-0820)では、術前にPD-1(プログラム細胞死タンパク1)阻害剤のペンブロリズマブを2度投与し、手術後、がんの進行または許容できない毒性が生じるまで投与を継続する。

de Groot医師と共同臨床試験責任医師であるHeimberger医師は「免疫チェックポイント阻害剤の単独療法が奏効する患者も中には存在すると考えています。ですが、標的への攻撃、免疫活性化、免疫細胞の腫瘍への輸送を促進する薬剤の組み合わせが将来的には患者にとって最も有効だと思われます」。

T細胞を用いた養子療法

進行中の別の試験(No. 2014-0899)では、自己のサイトメガロウイルス特異的T細胞を使用する。「サイトメガロウイルス感染は生涯にほとんどの人が経験します。このウイルスと膠芽腫の間には何か関連があるかもしれません」とHeimberger医師はいう。同医師によると、サイトメガロウイルスが膠芽腫の形成に何らかの役割を果たしているかどうかは不明であるが、膠芽腫ではCMV pp65などのサイトメガロウイルス特異抗原が発現していることが知られているという。

幹細胞移植・細胞療法部門(Department of Stem Cell Transplantation and Cellular Therapy)教授Elizabeth Shpall医師およびKaty Rezvani医学博士が主導する研究によって、腫瘍組織にはサイトメガロウイルス特異的T細胞が存在するが、T細胞のエフェクター機能のほとんどが抑制されていることが明らかになった。そこで、多機能で高い細胞傷害性をもつウイルス特異的T細胞を急速に増やす戦略が立てられた。現在の進行中の試験では、そのようなT細胞を用いる。

神経腫瘍学部門(Department of Neuro-Oncology)の助教授であるMarta Penas-Prado医師が主導するこの試験は、第2相で2つの治療群を設定した。第1群では、再発した膠芽腫患者に対して手術前にT細胞療法を開始する。第2群では、新たに膠芽腫と診断された患者に対して手術と放射線治療の後にT細胞療法を開始する。両治療群とも、白血球アフェレーシスによって患者のT細胞を取り出す。それぞれの患者のT細胞をCMV pp65とともに培養し、Shpall医師とRezvani医師が統括するMDアンダーソンのGMP細胞治療施設(Good Manufacturing Practice and Cellular Therapy Facility)で増やす。

白血球アフェレーシスの後、42日間サイクルの前半の21日間に、両群にテモゾロミドのDose-dense療法を行う。22日目に、自己のサイトメガロウイルス特異的T細胞を初回注入する。再発した膠芽腫の患者には、30日目に切除術を施行する。両群に、42日間サイクルのテモゾロミドDose-dense療法とT細胞注入を計4回行った後、標準用量のテモゾロミド単独療法を病勢進行または許容できない毒性作用が発現するまで続ける。

「テモゾロミドは標準的治療です。タイミングを正しく計れば、たとえば化学療法を行った後に免疫療法を行えば、免疫応答を拡大することができます」とHeimberger医師はいう。ペンブロリズマブ試験と同様に、Heimberger医師らのチームは、テモゾロミドと改変T細胞の投与後に切除した腫瘍を解析することによって、免疫応答の程度を定量化し、免疫応答が治療の反応と一致するかどうかを確認する。

NK細胞

臍帯血由来の同種NK細胞は、魅力的な免疫療法の選択肢であるが、それにはいくつか理由がある。まず、NK細胞はT細胞と異なり、特異的な抗原の活性化を必要としない。次に、同種NK細胞は、移植片対宿主病を引き起こさずに移植片対腫瘍効果が得られる。また、臍帯血由来のNK細胞は必要なときにすぐに使用でき(off-the-shelf)、骨髄腫、リンパ腫、白血病の患者を対象とした臨床試験で安全性が実証されている。

膠芽腫の患者に対して臍帯血由来のNK細胞を投与する臨床試験を計画する前に、膠芽腫の患者自身のNK細胞が腫瘍に集まるかどうかを確かめる必要があった。Rezvani医師とHeimberger医師は切除された膠芽腫検体でNK細胞を調べ、NK細胞は腫瘍に到達しているが、腫瘍微小環境内で機能障害が生じていることを発見した。

Rezvani医師らのグループは、NK細胞が機能障害を起こす理由を解明するためにいくつかのin vitro研究を行った。同医師によると、「正常な臍帯血のNK細胞を膠芽腫細胞といっしょに培養したところ、初めはNK細胞が活発に働いていました。しかし、やがて膠芽腫細胞がNK細胞の機能障害を誘導しました。この機能障害には腫瘍増殖因子[TGF]-βが介在していたのです」。腫瘍増殖因子[TGF]-βを阻害すると、膠芽腫が誘導するNK細胞の機能障害が起こらないことも明らかになった。

これらの知見が得られたため、膠芽腫患者を対象として臍帯血のNK細胞とTGF-β阻害薬を併用する臨床試験が今年中に開始される見込みである。Penas-Prado医師は臨床試験責任医師をつとめる。試験で使用するNK細胞は、Shpall医師が長をつとめる MDアンダーソンの臍帯血バンクから供給される臍帯血ユニットから、GMP細胞治療施設(Good Manufacturing Practice and Cellular Therapy Facility )で増殖させる。

その他の研究

間もなく開始される見込みのもう1つの試験は、膠芽腫患者を対象にして、MDアンダーソンの実験的治療学部門(Department of Experimental Therapeutics)教授Waldemar Priebe博士によって開発されたSTAT3阻害薬のWP1066を投与する。「この薬は血液脳関門を通過し、免疫学的活性だけでなくがんそのものに対する活性をもちます」とこの試験の責任医師であるHeimberger医師はいう。「腫瘍が介在する免疫抑制のメカニズムはほぼすべてがSTAT3と結び付いています」。

膠芽腫の患者は、脳腫瘍の患者に特異的な免疫療法の試験に加えて、実験的がん治療学部門による新たな免疫療法薬の臨床試験のうち、がん腫を問わず固形がんの患者に開かれた試験で適格になることが多い。「あらゆるがん腫の患者に開かれた試験は、われわれの患者にとって良い機会です」とde Groot医師はいう。「このような試験の結果から、膠芽腫患者に特異的に有効な薬剤を開発する道が開けるでしょう」。de Groot医師らはこの研究によって、免疫療法が膠芽腫の集学的治療に果たす役割を明らかにし、最終的に患者の生存期間が延長することを期待している。

【画像キャプション訳】 2光子顕微鏡による画像では、マウス脳内でT細胞(赤)とマクロファージ(緑)がGL261神経膠腫細胞(青)を攻撃する様子が見られる。 画像提供: Tomasz Zal博士、Felix Nwajei医師

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翻訳担当者 渋谷武道、月橋純子

監修 西川 亮 (脳腫瘍/埼玉医科大学国際医療センター)

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