2011/05/03号◆特別リポート「チェルノブイリ甲状腺組織バンクは研究者に比類ない資源を提供」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2011年5月03日号(Volume 8 / Number 9)
~日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
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◇◆◇ 特別リポート ◇◆◇
チェルノブイリ甲状腺組織バンクは研究者に比類ない資源を提供
1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故から12年後、甲状腺組織バンクが設立された。その目的は、高品質の組織標本を研究者が入手できるよう調整し、放射線誘発甲状腺癌のデータを統合することである。今日、チェルノブイリ甲状腺組織バンク(CTB)は、甲状腺癌の生物学的研究のための比類ない宝庫となっている。
1998年以来、CTBは、チェルノブイリ原発からの降下物に由来する放射性ヨウ素に被曝した後に甲状腺腫瘍を発症した患者から採取された組織と血液の標本を収集してきた。標本自体は、限られた量しかない。単一の標本を用いて行われる研究をさらに拡げるために、認可を受けた研究者は甲状腺組織そのものではなく、組織から抽出された核酸を受領する。局所的転移巣のパラフィン固定組織標本や組織のマイクロアレイも入手できる。
「CTBは、特定の癌の生態に関する理解を前進させるための世界的協力の良い模範です」と、CTB国際運営委員会のNCI代表であるDr. Rihab Yassin氏は述べる。運営委員会の任務は、戦略的にチェルノブイリ・プロジェクトの舵を取ることである。彼女はまた、NCIにおいてCTB研究を支援する助成金係のプログラム担当者でもある。
世界的な研究の試み
もともと、CTB設立の趣旨は、チェルノブイリ関連の甲状腺腫瘍患者の組織標本を収集し、その標本を世界中の研究者に提供することだったと、CTB所長で英国・ロンドンの王立大学分子病理学教授のDr. Geraldine Thomas氏は説明した。その構想は今日、実現されている。チェルノブイリ原発事故25周年にあたる本年4月26日に立ち上げられた新しいオンライン・ポータル・サイトのおかげで、標本やそれに対応するデータを簡単に検索することができるようになった。
CTBは、環境的出所が明らかな原因に誘発されて発症した腫瘍の標本を、世界的研究協力を進展させるために収蔵する初の国際的試みである。組織バンクは、いずれもチェルノブイリ惨事の甚大な影響を被ったウクライナとロシアの二国にある。データベースはロンドンの王立大学にある調整センターが管理している。CTBは、欧州委員会、米国国立癌研究所、および日本の笹川記念保健協力財団の資金援助を得ている。
今日、CTBは、(1)事故当時19歳以下であった人、(2)1986年4月27日から12月31日の間に生まれた、つまり胎内被曝した可能性が高い人、(3)1987年1月1日以降、つまり放射性ヨウ素131(I-131)がすでに環境中に拡散した後に被災地で生まれた人、という3区分のいずれかに該当する2,840人の患者の、数千に及ぶ標本を収蔵している。
数十年を経て、よりよい研究へ
CTBは設立以来、日本、欧州、米国の研究プロジェクトに素材を提供してきた。標本を使用するために、研究者らは研究プロジェクトを詳述した申請書を提出しなければならない。研究プロジェクトの科学的な質を保証するために、申請書は国際的な外部査読委員会(ERP)による査読を受け、採点される。
たとえば、NCIが資金提供するウクライナ・アメリカのコホート研究は、被曝線量と腫瘍の分子的生態の関係を研究している。欧州委員会は、放射線誘発甲状腺癌にとって重要な経路を同定する研究に資金提供した。
「われわれは今日、すでにわかったことにもっと有益なデータを付加する段階に到達しました」とThomas氏は述べた。放射性ヨウ素に被曝した人々は、今ちょうど突発性甲状腺癌の発症増加がみられる年齢(25-44歳)に達しつつある。
「被曝した人たちにこれから何が起こるか、実はまだよくわかっていません」と彼女は述べた。「もうすでに放射線誘発甲状腺癌の発症ピークは到来したのでしょうか?それとも、被曝した集団が通常の甲状腺癌発症ピークの年齢に近づくにつれて、症例がもっと増えるのでしょうか?」
さらに、研究者らは、放射性ヨウ素に被曝しなかった地理的隣接地域の住民で、甲状腺癌が自然発症し得る年齢に達した人達の観察を続けている。「同年齢コホートを取り上げて突発性甲状腺癌と放射線誘発甲状腺癌を比較する適正な研究を行うには、20年待たなければなりませんでした」とThomas氏は述べた。
被曝誘発癌における、非被曝誘発癌には見られない染色体増幅など、小さな違いがあるとする研究報告もいくつかある。しかしながら、それらの研究は検証が必要で、だからこそCTBの仕事が重要だ、とThomas氏は強調した。CTBの組織標本を用いた研究プロジェクトのなかには、低年齢の患者が発症する甲状腺癌は、成人が発症する甲状腺癌と分子生物学的に異なるという結果を示すものもある。
研究から新治療法の開発へ
CTBの次なる段階は、研究者がデータの分析を継続できるよう生命情報科学のツールを提供することだ、とThomas氏は述べた。また、CTBに集められたデータはやがて患者の治療の改善に役立つだろうと彼女は考えている。
「原発腫瘍を用いてどの腫瘍が再発しそうかを予測し、それらの患者には別の治療ができるようにしたいと思います」と彼女は述べた。「これほど多数の腫瘍を研究目的で体系的に収集したことはかつてありません。だから、CTBはたくさんの未解決の問いに答えることができるでしょう」。
さらに、原因については諸説あるものの、米国では突発性甲状腺癌の発症数が増加しているようだと、Yassin氏は指摘した。「CTBの標本は、これらの癌を解明するためにも重要です」。
Thomas氏も同意し、甲状腺癌の発症率は世界的に上昇しているとつけ加えた。チェルノブイリ関連甲状腺癌からわかることによって、甲状腺癌に関する知識全般が増すだろうと、彼女は期待する。「いちばん大事なのは、将来の患者のために何かできるのかということです」と彼女は問いを投げかけた。
CTBの標本等を用いた研究はまた、日本における最近の出来事にも関連するでしょう、とThomas氏は言う。「うろたえないで。われわれはこう訴えてきました。私達はチェルノブイリの研究をしてきました。その結果、もっとも注意を払わなければならないのは子どもと妊婦であることがわかっています。日本政府は、われわれのメッセージを大変有効に日本人に伝達していると思います」。
— Sarah Curry
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盛井 有美子 訳
後藤 悌(呼吸器内科/東京大学大学院) 監修
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