2011/09/06号◆特集記事「皮膚癌、血液癌、肺癌の治療薬をFDAが承認」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2011年9月06日号(Volume 8 / Number 17)
~日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇
皮膚癌、血液癌、肺癌の治療薬をFDAが承認
8月後半、米国食品医薬品局(FDA)は3種類の新しい抗癌剤、すなわち、腫瘍のBRAF遺伝子に特定の変異がある切除不能または転移性のメラノーマ患者に対するvemurafenib(ベムラフェニブ:Zelboraf)、一部のホジキンリンパ腫と未分化大細胞リンパ腫患者に対するbrentuximab vedotin(ブレンツキシマブ・ベドチン:Adcetris)、ALK遺伝子を巻き込んだ染色体転座により遺伝子融合が認められる局所進行性または転移性の非小細胞肺癌患者に対するcrizotinib(クリゾチニブ:Xalkori)を承認した。 3種類の薬剤は、審査期限を待たずにすべて順調に承認された。一方、2010年から2011年8月15日の週までに、FDAが承認した新しい抗癌剤はわずか6種類である。
承認にあたってはいくつかの共通点があった。たとえば、クリゾチニブとブレンツキシマブは迅速承認されたが、これは臨床試験で腫瘍縮小などの代替エンドポイントの改善が認められたため、臨床的有用性が十分に期待されると判定されたことを意味する。いずれの薬剤も、安全性と臨床的有効性を追加試験で確認しなければならない。
一方、クリゾチニブとベムラフェニブは、それぞれの使用に当たって実施すべき診断法とともに承認された。これらの検査は、特定の遺伝子変異や分子マーカーによって、ある薬剤が非常に有効であろうと予測される患者を決定するために用いられる。 3剤共通のもう一つの重要な特徴があると、FDA医薬品評価研究センターの抗腫瘍薬製品室長Dr. Richard Pazdur氏は強調し、「これらはいずれも、従来の抗がん剤と比較して、毒性が軽度で効果が高いという特徴を持っています」。その理由として「腫瘍の生物学的特性をよく捉えて薬剤が開発されたことが考えられます」と述べた。
特定の遺伝子異常を標的にすることは新しい治療法ではないが、多くの癌の生物学的特性が次第に明らかになってきたために、「他に多くの標的があり、それらの標的をどのようにたたき、その効果はどのようなものかがより理解できるようになりました」と、共同研究を推進する支援組織であるFriends of Cancer Researchの理事長Dr. Jeff Allen氏は述べた。「より高い確率で臨床的利益が得られることがわかることはとても励みになります」。
さらに、3剤はいずれも、有効な治療法がみつからなかった疾患に対して効果が証明または強く示唆された。たとえば、ブレンツキシマブは30年ぶりにホジキンリンパ腫に承認された新薬である。
ベムラフェニブ[Vemurafenib](Zelboraf) 適応症:腫瘍にBRAF V600Eと呼ばれる遺伝子変異がある転移性または手術ができないメラノーマ。適応決定に必須な診断キットである「cobas 4800 BRAF V600E Mutation Test」とともに承認された。 承認:BRAF V600E変異がある進行したメラノーマで過去に治療を受けていない患者675人を対象にした第3相臨床試験の結果に基づく。患者は、ベムラフェニブまたはダカルバジンによる治療に無作為に割り付けられた。ベムラフェニブ群の患者ではほぼ半数に治療効果がみられたが、ダカルバジン群の患者ではわずか6%であった。 ベムラフェニブ群の患者は半数以上が生存しており生存期間中央値が推定できないが、ダカルバジン群の患者の生存期間中央値は8カ月であった)。 |
洗練されたアプローチ
コロラド大学医療センターの肺癌専門医Dr. Paul Bunn氏は、クリゾチニブに関する記者会見で、この薬剤の承認は「少数ですが明確に区別された人々が、十分解明された薬剤の投与を受けるという、医薬品開発の新しいパラダイムを示しています」と述べた。
同じことがベムラフェニブにも言える。両薬剤に対するFDAの承認は、標的とする分子異常をもつ患者のみを対象とした臨床試験に基づいていた。
クリゾチニブの場合、ALK転座のある非小細胞肺癌患者はわずか3~5%であるとされる(最近の研究は、非小細胞肺癌の中で腺癌では患者の8%に転座があることを示している)。転座のある患者の割合は少ないが、1年間に16,000人もの非小細胞肺癌患者が本剤投与の候補になると、スローンケタリング記念がんセンターのDr. Mark Kris氏は会見で述べた。
ベムラフェニブ投与の候補になるメラノーマ患者集団はさらに大きく、転移性メラノーマ患者の約半数は標的となるBRAF変異を有している。
新しい分子標的個別化療法の候補となる集団がかなり大きいことは通常のことではなく例外的であると、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター癌治療開発部長Dr. Razelle Kurzrock氏は語った。
肺癌のように一般的な癌で、高い割合の患者が特定の遺伝子変異を持っているとは考えにくいと、同氏は述べる。「一般的な癌は、そうでない稀な癌に比べてより多くの発生経路があるがために、一般的なのです」。さらに、クリゾチニブが従来の方法、すなわちALK転座を持つ患者だけではなくすべての非小細胞肺癌患者を対象にした臨床試験で開発されていれば、奏効率が悪いためおそらく放棄されていただろうと語った。
ブレンツキシマブ・ベドチン[Brentuximab vedotin](Adcetris)適応症:ホジキンリンパ腫。承認では、自家幹細胞移植後に進行した患者、または幹細胞移植が適応とならない患者では2コースの化学療法後に進行した患者、に対する本剤の使用を認めている。未分化大細胞リンパ腫(ALCL)については、1種類の化学療法後に進行した患者に対する使用が承認されている。 承認:ホジキンリンパ腫については、102人の患者を対象にした単一群第2相試験の結果に基づいた。ほぼ4分の3の患者で客観的な腫瘍縮小効果が、3分の1の患者で完全寛解が認められた。1年生存率は88%と推定された。 ALCLについては、治療後に再発したか、一次治療に反応しなかった患者58人を対象にした単一群試験の結果に基づく。この臨床試験で、86%の患者で客観的な腫瘍縮小効果が、57%で完全寛解が認められた。 起こりうる副作用:好中球減少症、末梢神経障害、疲労、悪心、下痢。 |
薬剤の適応を決定する診断法が不可欠
薬剤で利益を得られる患者集団を明確に特定するマーカーがあれば、「会社はそのマーカーを検出する診断法の開発に積極的になるでしょう」と、NCIの癌治療・診断部門のDr. Helen Chen氏は述べた。
実際に、ベムラフェニブとクリゾチニブのそれぞれの開発会社であるPfizer社とPlexxikon社は、開発のかなり初期の段階から、臨床試験に組み入れるのに適切な患者を決定するための診断法の開発を開発するために検査会社と共同研究を開始した。
「腫瘍の専門家の間では薬剤とともに診断薬を開発する困難さについて大きな懸念がありました」と、Pazdur氏は述べた。「これらの薬剤は、それが可能であることを示す素晴らしい例となりました。薬剤とともに適応を決定する体外診断法も開発すれば、承認過程をきわめて容易に通過することができるのです」。
前進そして拡大
これらの薬剤の迅速な開発と承認は相乗効果を示す可能性がある。クリゾチニブの承認は特に重要だとKurzrock氏は考えている。「報われることが示されたのですから、このような小さい患者集団を探す大きな動機となります」。
また、すでに承認されている薬剤のさらなる開発継続も促進するであろう。ブレンツキシマブは、CD30陽性非ホジキンリンパ腫に加え、早期のホジキンリンパ腫患者を対象にした試験が実施されている。さらに、ベムラフェニブは進行性メラノーマに最近承認された免疫療法薬ipilimumab(イピリムマブ:Yervoy)と併用した臨床試験で、検討される予定である。
臨床試験で、一時的であれ腫瘍が完全に消失した患者が多くいたことにより、これらの新薬の承認に至り、これら3剤はいずれもすでに患者を救っている。
ジェフ・ウィグベルズさんは昨年10月初めてクリゾチニブを服用した。彼の肺癌は、喉など全身に広がっており、管を使って食事をしなければならなかった。彼は、薬の承認の会見で次のように説明した。
最初に服用してから1週間、友人の訪問を受け、ピザを注文しました。食べられたのです。
「薬がこんなに早く効くなんて、私にとって素晴らしい経験でした」。
クリゾチニブ[Crizontinib](Xalkori) 適応症:腫瘍にALK遺伝子融合のある進行性または転移性の非小細胞肺癌。適応決定に必須な診断キットである「Vysis ALK Break Apart FISH Probe Kit」とともに承認された。 承認:進行したALK陽性非小細胞肺癌患者255人を対象にした2件の単一群試験に基づいた。ほとんどの患者は過去に化学療法を受けていた。 二つの試験の奏効率はそれぞれ50%と61%、奏効期間(腫瘍の再増大のみられない期間)は42週間と48週間であった。 起こりうる副作用:悪心、下痢、嘔吐、霧視や視野欠損などの視覚障害。 |
— Carmen Phillips
成功の対価この3剤及びこの1年間に承認されたその他数種の新しい抗癌剤の承認により、大きな興奮がもたらされた。しかし、高額な費用に関する懸念も大きくなっている。たとえばクリゾチニブは月に9,600ドル(約77万円)かかる。ブレンツキシマブは1回13,500ドル(約108万円)である。ベムラフェニブと別のメラノーマ治療薬であるイピリムマブも、転移性前立腺癌の治療に昨年承認されたsipuleucel-T(シプロイセルT:プロベンジ)と同程度である。これらの多くの薬剤を用いて1年間治療すると、費用は10万ドル(約800万円)以上になる。Pfizer社、Roche社(ベムラフェニブの開発権と販売権を持つ)、Seattle Genetics社はいずれも患者支援プログラムを構築して、保険が十分でないまたは保険に入っていない患者の薬剤費をカバーしている。 入手できるデータは、このような支援が必要なことを示している。今年発表された研究で、抗癌剤に対する患者負担額が上がるにつれて、患者が処方された薬をきちんと受け取る可能性が最初の処方でさえ減少することが明らかになった。 患者個人の高額薬剤費の負担に加えて、社会全体としての費用も拡大する。最近のNCIの研究で、2010年に米国人が癌治療に1250億ドル(約10兆円)費やしていると推定され、著者らは2020年までにほぼ1800億ドル(約14.4兆円)に達すると見積もった。 薬剤の価格は多くの要因によって決定されるが、その中でも、薬剤の開発や規制当局の薬剤承認手続きにかかわる費用等ははっきりとわかる要因である。そこで可能であれば、臨床試験の対象を腫瘍が特定の分子マーカーを持っている小さな患者集団に限ると、開発コストを減らし、低価格にすることができるであろうと、Kurzrock氏は述べた。しかし、確実ではない。 国民全体からみればこのような標的薬は節約につながる可能性があると、Allen氏は強調した。ベムラフェニブやクリゾチニブなどの薬剤の場合、「利益を得られない患者に投与しないことによってコストを削減できるでしょう」。 |
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榎 真由 訳
田中 文啓 (呼吸器外科/産業医科大学教授) 監修
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