2010/11/02号◆特集記事「クリゾチニブは一部の肺癌に対して引き続き有望な結果が示され、薬剤耐性への挑戦も」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2010年11月02日号(Volume 7 / Number 21)
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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇
クリゾチニブは一部の肺癌に対して引き続き有望な結果が示され、薬剤耐性への挑戦も
発癌性を持つALK遺伝子関連の染色体再構成を標的とする小分子薬であるクリゾチニブの非小細胞肺癌(NSCLC)患者を対象にした第1相試験では、今年初めの米国臨床腫瘍学会の年次総会で発表された良好な結果にさらに新たなデータが加わった。ハーバード大学医学部のDr.Eunice Kwak氏を筆頭とする研究者らは、ALK遺伝子変異を持つ患者にクリゾチニブを投与したところ、半数以上に腫瘍の部分的もしくは完全な縮小がみられたと報告した。最新の成果は10月28日付のNew England Journal of Medicine (NEJM)誌に掲載された。
これに対して、二次治療の化学療法を受けた肺癌患者のうち奏効が認められるのは約10%にすぎない。「われわれの試験でこのような結果が現れたことは喜ばしいことです…試験登録時にほとんどの患者がすでに2回以上の治療を受けていることを考えるとなおさらです」とKwak氏は報道発表で述べた。
試験依頼者である製薬会社のファイザー社は、当初クリゾチニブの最大耐量の確定のために多種多様な固形腫瘍患者を対象とする増量試験を行った。その後、ALK遺伝子変異など、クリゾチニブが標的とすると考えられる分子異常を有することが確認された固形腫瘍の患者のみが臨床試験の登録対象となった。
NEJM誌では、82人のNSCLC患者のうち46人に部分奏効(直径で30%以上の腫瘍縮小)が、1人には完全奏効がみとめられたと報告された。また、これ以外の27人に病勢安定(治療期間中の腫瘍増殖の停止)が認められた。研究者らは治療6カ月後の無増悪生存率を72%とした。クリゾチニブには重篤な副作用がほとんどなく、最も多かった軽度の副作用には悪心、下痢、軽度の視覚障害が含まれていた。
10月10日の欧州臨床腫瘍学会(ESMO)の2010年年次総会では、113人の拡大コホート群からのデータが報告された。それによると、奏効率は56%(部分奏効、完全奏効を含む)と依然として高く、無増悪期間の中央値は9.2カ月であった。
「より多くの患者を試験に組み入れましたが、結果は依然としてまったく変わらず、治療内容や、性別、年齢、全身状態にかかわらず効果が認められています」とESMOの総会でデータを発表した試験責任医師であるコロラド大学がんセンターのDr.Ross Camidge氏は述べた。「これは癌の根本要因を直接たたく薬剤に共通したことです」。
ALK遺伝子変異が認められるNSCLCの患者は患者全体の2〜7%にすぎないが、毎年肺癌と診断される人数を考えると「クリゾチニブ治療が有効だと考えられる患者数は相当なもので、米国だけでみても年間1万人に上るだろう」とスウェーデンのウーメオ大学のDr.Bengt Hallberg氏とDr.Ruth Palmer氏はNEJM誌の付随記事に書いている。ALK遺伝子変異を持つ進行NSCLC患者に対してクリゾチニブと標準化学療法とを比較する第3相試験が進行中である。
この他に第1相試験の個別症例に関する報告が2件、10月28日付NEJM誌上に掲載されており、奏効例と不応例とともに、クリゾチニブの将来性にスポットが当てられている。ダナファーバー癌研究所の研究者と同研究所研究員らによる症例報告では、クリゾチニブにより1人の炎症性筋線維芽細胞性腫瘍(IMT)患者に腫瘍の退縮が認められたとされている。IMTはまれなタイプの肉腫であり、ALK遺伝子変異が多い。もう1つの症例報告では、日本の自治医科大学の研究者らが別の患者に関して、ALK遺伝子に新たな変異が起こると既存の肺腫瘍がクリゾチニブに対して抵抗性を持つようになることについて分析を行った。
ダナファーバー癌研究所の症例報告書は初回の増量試験に登録された2人のIMT患者を詳細に観察したもので、どちらもIMT患者であったが、腫瘍細胞がALK遺伝子変異を持つことが判明したのはそのうちの1人だけだった。この患者は現在も生存し寛解状態にあり、報告時点では投薬継続中であった。一方、ALK遺伝子変異が認められなかった患者は、クリゾチニブ治療を行っても疾患の進行はきわめて急速であった。
「このような奏効例と不応例と、またIMTがまれな疾患であることを考えると、ALK阻害薬はALK転座を持つ炎症性筋線維芽細胞性腫瘍の患者にとって適切な治療法であるといえるでしょう」とこの記事を書いたスローンケタリング記念がんセンターのDr.Robert Maki氏は述べた。再発性IMTは従来の化学療法で用いられる薬剤への抵抗性が高いことが多い。
「まれな癌を標的とする薬剤にますます関心が高まっています。研究者も個別分野に広がっています」とMaki氏は解説した。「これは標的ごとに異なる治療を行うという個別化を示す最近のいくつかの流れの一例で、このような個別化治療が個々人の腫瘍にとって重要だと考えられます」。
残念ながら分子標的薬剤の開発には障害がつきまとっており、最終的にはほとんどの腫瘍が治療抵抗性の変異を発現させる。日本からの報告では、第1相試験から研究を続けてきた患者に、治療5カ月経ってクリゾチニブ抵抗性が現れた。
研究者らはALK遺伝子変異を持つ患者において、クリゾチニブの奏効を阻むおそれのある別個の変異を2つ同定し、配列解析を行った。これらの変異はALKタンパクの構造に変化をもたらすようであり、これが薬剤のタンパク結合を妨害し、活性を低下させると著者らは説明している。
このような特異的変異がより多くの患者集団のなかでどの頻度で認められるかは不明だとCamidge氏は述べるが、さまざまな機序によりどの患者にも最終的には薬剤耐性が生まれるだろうことは十分に考えられるという。「進行性の患者は誰でも、はじめから治療抵抗性が認められるか——つまり、まったく奏効がみられない患者のうちの10%ぐらいですが——もしくは最初は奏効が認められるがその後に抵抗性を獲得するかのどちらかです」。
この問題への一つの解決策は、慢性骨髄性白血病(CML)患者においてBCR-ABLタンパクに結合するダサニチブのように、変異後に産生されるALK蛋白に結合できる薬剤の開発だとMaki氏は述べた。ダサニチブはCMLを進行させるキナーゼをより広範に阻害するため、イマチニブ抵抗性CML治療に用いられていると彼は述べた。
それぞれの腫瘍を進行させる変異ごとに標的化された薬剤の使用が広まると、腫瘍の遺伝子型判定が必要となってくる。ダナファーバー癌研究所やコロラド大学などの施設で現在行われているような手順は、腫瘍の遺伝子型判定を癌の診断における標準的検査の1つとする方向へ向けての第一歩である。「癌(患者)にとっては一般的な検査の一部となりつつあります」とMaki氏は述べた。「そのうちに腫瘍内の遺伝子的変化は、原発が大腸癌か膵臓癌か乳癌かといったことよりもずっと重要視されるようになるでしょう」。
—Sharon Reynolds
【画像下キャプション訳】
クリゾチニブ投与により、ALK遺伝子変異をもつ炎症性筋線維芽細胞性腫瘍(IMT)の患者に腫瘍の縮小と疾患の安定化がみられた。ここに掲げた肝臓のCT画像は、左側が治療前(赤で囲ってあるのがIMT)、右側が13週間のクリゾチニブ治療後である。(画像提供:「New England Journal of Medicine」誌(2010年10月28日号;363(18):1760-2))【画像原文参照】
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窪田 美穂 訳
小宮 武文(呼吸器内科/NCI Medical Oncology Branch)監修
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