2009/03/24号◆特集記事「前立腺スクリーニング試験の初期の結果から決定的な解答は得られず」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2009年3月24日号(Volume 6 / Number 6)

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特集記事

前立腺スクリーニング試験の初期の結果から決定的な解答は得られず

米国とヨーロッパで実施された大規模なランダム化試験から待望の結果が発表され、前立腺特異抗原(PSA)検査による定期的な前立腺癌スクリーニングを実施しても、7年間のフォローアップでは死亡率の低下が認められなかったことが明らかになった。

ただし、ヨーロッパの試験の9年間フォローアップでは、数年ごとのPSA検査による死亡率のわずかな低下が示されている。米国の試験の10年間フォローアップはまだ終了していないが、研究者らは、現時点では7年間のフォローアップデータと変わらないとしている。

この試験結果は、NCI主導の前立腺癌・肺癌・大腸癌および卵巣癌(PLCO)スクリーニング試験およびヨーロッパの前立腺癌スクリーニングランダム化(ERSPC)試験から得られたものであり、3月18日のNew England Journal of Medicine誌電子版に発表された。

両試験とも積極的なスクリーニング実施群では対照群より前立腺癌の診断件数がはるかに多く、PLCO試験の指導者らが言う通り、PSA検査は「過剰診断」につながり、決して致死的ではない癌に対する過剰治療に結びつくという長年にわたる懸念が裏づけられた。

「なんらの恩恵を得ることなく(治療の)副作用を来たしている患者がいるのは間違いない」。PLCO試験の共著者であるニューヨークのハーバート・アーヴィング総合がんセンター(Herbert Irving Comprehensive Cancer Center)のDr. Edward Gelmann氏は、結果発表の記者会見でこのように語った。

今回発表された結果は、余命が10年に満たない可能性がある75歳以上の男性に対する定期的PSA検査に対して、反対の立場をとる米国予防医療サービス専門作業部会(U.S. Preventive Services Task Force)の昨年8月の勧告を裏づけるものであると同氏は続けた。75歳未満の男性については、PSAの結果、生検および治療のリスクと利益などの要素をもとに医師と患者が個別に判断するうえで、今回の試験結果は確かな基盤を提供するものであるとGelmann氏は話している。

PLCO試験の前立腺癌部門では、77,000人近くの男性が、6年間にわたる年1回のPSA検査によるスクリーニングおよび4年間の直腸指診(DRE)よるスクリーニングを受けるか、あるいはかかりつけ医による通常のケアに割り付けられた。かかりつけ医による治療では、試験指導者の予想より多くの被験者がPSAスクリーニングを受けた。前立腺癌による死亡は稀であり、7年間および10年間のフォローアップでは両群とも事実上同等であった。

試験責任医師のDr. Christine D. Berg氏は、フォローアップ期間が長くなることにより、死亡率からみたベネフィットが認められなくなるということはないと述べている。「通常治療」群の前立腺癌患者では、悪性度の重要な指標であるグリーソンスコアに高値傾向(8~10)がみられる。「そのため、10年後以降に生存率に差が生じる可能性があるが、その差は小さいだろう」と同氏は述べた。

ERSPC試験では9年間のフォローアップにより、4年ごとにPSA検査を受けた55~69歳男性(試験登録時)で死亡率が20%低下した。最初の7年間のうちはPLCO試験とほぼまったく同じように、スクリーニング実施群と対照群の死亡率はほとんど同じであったが、7年目あたりから死亡率に差がみられるようになった。

PLCO試験の共著者であるワシントン大学医学部のDr. Gerald Andriole氏によれば、両試験の結果が異なるのは、試験計画にいくつか重要な差があることに起因するとみられる。ERSPC試験は、PLCO試験よりはるかに規模が大きく(被験者182,000人)、PLCO試験と異なる検査間隔を採用しているというだけではなく、試験参加施設のほとんどが、臨床フォローアップの対象被験者とするPSAカットオフ値をPLCO試験より低く設定していた(3 ng/mL対4 ng/mL)。

NEJM誌の付随論説のなかで、ハーバード大学医学部のDr. Michael J. Barry氏は、ERSPC試験では死亡率からみてわずかなベネフィットが認められたのが本当だとしても、「大事な問題はPSA検査が有効かどうかではなく、利点の方が害より大きいのかどうかであることに留意することが重要」であると述べている。

PSA検査に関連する前立腺癌の過剰な診断及び治療については、定期検査の支持者も懐疑論者も等しく警告している。過剰診断については、さまざまな試験から20~80%と推定されている。3月10日に発表されたモデル研究によれば、米国ではPSA関連の過剰診断が最高42%にのぼると推定している。PLCO試験では7年目時点の過剰診断リスクが22%と推定されたのに対して、ERSPC試験では70%を超えると推定された。Barry氏によれば、この違いはPLCO試験がERSPC試験よりスクリーニング強度がより小さかったことによる可能性が最も高い。

過剰診断がこれほどあるということは、すぐに生検を実施して侵襲的な治療を求めようとする「条件反射的な反応を和らげる」ことに寄与するはずとAndriole氏は力説する。

Berg氏は、この2つの試験をはじめとする諸試験のデータをもとに、将来的には、臨床判断モデルを開発し、治療が必要な悪性度の高い癌を正確に特定する新たな分子バイオマーカーを発見することができると期待している。NCIの早期発見研究ネットワークは、このような多数のマーカーに関する研究を支援している。

また、Berg氏は、PLCOのバイオレポジトリーでは2,000の腫瘍検体および血液検体を擁しており、継続的なバイオマーカーの発見および検証のための有益なツールとなっていることも力説した(コラム参照)。

バイオマーカーについてはこれまでにも目覚ましい進歩を遂げてきたが、Berg氏は、「発見のペースと解答に行きつくまでに要する速度は今後加速すると思う」と語っている。

画像原文参照
《画像1》前立腺特異抗原は前立腺から分泌される物質である。成人男性の血中から検出され、前立腺癌やその他の前立腺の疾患があるとより高い濃度で検出されることがある。

NIH研究補助金:バイオマーカーとPLCOバイオレポジトリー
米国再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act)によりNIH研究補助金が受給可能となったことに基づき、NCIは、癌早期発見バイオマーカーの発見および検証に焦点を当てた前向き研究のために、PLCOスクリーニング試験から得られる生物検体を利用するための資金提供に関して申し込みを受け付けている(RFA 03-CA-109)。Berg氏によれば、PLCOバイオレポジトリーは、ネステッドケースコントロール研究によるバイオマーカーの発見と検証に用いるには理想的であり、「われわれがすでに構築した比類のない研究資源を活用するために、NIHが新しい資金を利用する素晴らしい実例となる」という。申し込みの受付締切り:4月27日詳細に関するBerg氏への問合せ先:[email>bergc@mail.nih.gov]

— Carmen Phillips

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市中 芳江 訳

榎本 裕(泌尿器科)監修 

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