2011/05/31号◆特集記事「一部の早期前立腺癌患者では手術による利点はない」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2011年5月31日号(Volume 8 / Number 11)

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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇

一部の早期前立腺癌患者では手術による利点はない

米国における待望の臨床試験結果によると、限局性前立腺癌と診断された患者では、手術は生存率を改善しない、つまり前立腺癌による死亡リスクを低下させないことが示された。根治的前立腺摘除術に無作為に割り付けられた男性と、注意深い経過観察(watchful waiting, WW)、つまり経過観察中に疾患が進行し始めた場合に緩和治療を行う群に割り付けられた男性間で、12年の追跡調査後の全生存率および前立腺癌特異的生存率に差がなかった。

5月17日の米国泌尿器科学会(AUA)の年次総会で、ミネソタ州ミネアポリスの退役軍人慢性疾患アウトカムリサーチセンターのDr. Timothy Wilt氏はPIVOTと呼ばれる試験の知見を発表した。

一部の研究者らは、特に患者のサブグループの差を分析する場合、確固とした結論に至るには査読雑誌に発表される結果を待つ必要があると警告した。また、この試験は当初計画したよりもかなり小規模になったため、結果に信頼性を与えるには統計的検出力を欠く部分があるかもしれないと他の専門家は述べた。

PIVOT試験は1994年に開始され、早期前立腺癌と診断された75歳以下の731人が登録された。大多数の前立腺癌はPSA検査で検出され、参加者はすべて平均余命が10年以上あった。

全生存率および前立腺癌特異的生存率は両群でほぼ同様であったが、いずれも手術を実施した患者の方がわずかに良かったとWilt氏は語った。しかしながら、両群の絶対差は3%未満であった。

経過観察に比して手術が生存率で利点を示さないという結果は、PSA値が10以下の男性およびPSA値、グリースンスコア、疾患進行期等の因子に基づき低リスクとして分類された男性に対して統計的に最も強く当てはまった。摘除術群で前立腺癌により死亡したのは6%未満であり、経過観察群の全生存率および前立腺癌特異的生存率は摘除術群よりもわずかに良かった(統計的に有意ではないが)。

「さらに解析を行うことが必要ですが、われわれの結果を全体的にみて、全登録患者で全死亡率および前立腺癌特異的死亡率に有意差はないと確信しています」とWilt氏は会見で語り、「研究チームは、低リスク患者およびPSA値10以下の患者について手術は生存率で利点がないことも確信しました」と述べた。

研究による蓄積

早期前立腺癌患者は何らかの形の根治的な治療、通常は手術か放射線を受けるべきか、という腫瘍学で最も議論がさかんな問題点の一つに関して、PIVOT試験の結果は、他の2つの研究知見に続く成果を示している。

スカンジナビア3カ国で実施された、同様だが小規模の臨床試験結果で、手術により早期前立腺癌患者の生存率が改善されることが、今月明らかになった。 しかし、その試験ではほとんどの男性はPSA検査ではなく症状に基づいて診断がなされたため、この試験結果は米国患者にはそれほど関連しないとする専門家もいた。 一方、ジョンズホプキンス大学で実施された観察研究の最新報告では、監視療法(active surveillance, AS)で治療したきわめて低リスクの前立腺癌患者での素晴らしい長期生存結果が報告されている。監視療法(AS)は、注意深い経過観察(WW)より積極的であり、定期検査と疾患進行に対するPSA検査と前立腺生検によるスクリーニングを義務づけている。

「われわれは多くの早期前立腺癌患者に過剰な治療を行っていることを認識しています」と、アラバマ大学バーミンガム校医学部および総合癌センターのDr. J. Erik Busby氏は述べた。「われわれは様々な研究の詳細を注意深く調べ、どのような患者が監視療法(AS)を勧められるべきか、どのような患者が根治的な治療を受けるべきかを見抜くよう努力しなければなりません」。

コネチカット州立大学ヘルスセンターのDr. Peter Albertsen氏は、疾患のリスクが低くPSA値が10未満の患者について、PIVOT試験の結果は「監視療法(AS)を強力に支持するでしょう」と述べた。

「これまで、われわれはPSA値が10未満の患者に手術しようとしていました」。

PSA値と腫瘍のリスク分類に基づく一部のサブグループで、手術は実際に生存率を改善するように見えるが、それは患者特性(例、年齢、人種、その他健康状態) に基づくサブグループではない、とWilt氏は指摘し、「異なる腫瘍リスク分類に注目すると曖昧であり、われわれはどのプラス効果についてもあまり確信が持てないでいます」と警告した。

手術によって最も利益があるのはPSA値が10以上の症例と、やや利益は低くなるが高リスク群の患者である。しかもそれは前立腺癌特異的死亡率についてのみである。

慎重に前進

PIVOT試験は当初2,000人を登録するようデザインされた。試験参加を打診された5,000人以上の男性患者のうち4,300人が参加を拒否したが、そのほとんどはランダム化により治療が割り付けられるのを望まなかったからであるとWilt氏は話した。それでもなお、PIVOT試験は手術と注意深い経過観察(WW)を比較するため実施された最大規模のランダム化試験であると同氏は強調した。


この試験データは慎重に解釈する必要があるとNCI癌治療・診断部門の Dr. Bhupinder Mann氏は述べ、 不十分な症例数では、偽陽性および偽陰性の危険性が増すと指摘した。研究集団の20%を占める高リスク群で示唆された手術による生存率の利点は、「確かに考えられる」と同氏は述べ、現行の臨床診療および診療ガイドラインと一致している。 さらに多数の高リスク群の患者が含まれていたならば、治療の利点(もし本当にあるとすれば)を明らかにする可能性は、さらに高く信頼できるものであっただろうと付け加えた。しかし、試験サイズが小さいため、陽性または陰性のどちらの結果についても「確信に至るのが難しい」。

入手可能なデータに基づいて、平均余命10年以上の男性では、PSA値が10以上または高リスク患者の大多数で、手術または放射線が依然として推奨される一次治療であろう、とフロリダ州タンパのH・リー・モーフィットがんセンター&研究所のDr. Julio Pow-Sang氏は語った。

しかし、推奨される一次治療が手術でない患者でさえ、その状況は多少曖昧である。PIVOT試験と最近のスカンジナビア3カ国の試験で、手術と比較したのは監視療法(AS)ではなく注意深い経過観察(WW)である。PIVOT試験結果に基づき、「データは、早期前立腺癌患者の大多数、特にPSA値が10以下の患者と低リスクの患者に対して、監視療法(AS)や手術による早期介入よりはむしろ注意深い経過観察(WW)を支持しています」とWilt氏は述べている。

しかし、米国では泌尿器科医および泌尿器科腫瘍医にとって、早期前立腺癌患者に対して監視療法(AS)でさえ説得することが難しく、患者の多くは依然として診断後に手術を受けている。Albertsen氏とBusby氏は、これらの背景を考えれば、米国の医師が多くの患者に経過観察(WW)を推奨するとは考えにくいという考えで一致した。

「われわれの大多数はこの方法(経過観察)について多少神経質になっています。われわれは生検で悪性度の高い疾患を見逃していないという自信が持てないのです」とAlbertsen氏は述べた。

結論として、早期前立腺癌の治療は個別に決定する必要があるとPow-Sang氏は強調し、「治療介入は特定の患者には役立ちますが、何も介入しなくても他の患者はうまくいくことをわれわれは知っています」と述べた。

— Carmen Phillips

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福田 素子  訳
榎本 裕(泌尿器科/東京大学医学部付属病院) 監修 
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