HLA遺伝子:免疫療法薬が必ずしもすべての人に有効ではない理由
毎年、何十万人ものがん患者がニボルマブ(販売名:オプジーボ)やペムブロリズマブ(販売名:キイトルーダ)といった免疫チェックポイント阻害剤の投与を受ける。にもかかわらず、免疫療法で用いられるこうした薬に多くの患者が奏効しない。
このたび米国国立がん研究所(NCI)は、一部の患者に免疫チェックポイント阻害剤の効果を減弱させる可能性がある特定の遺伝子型を発見したと考えている。HLA-A*03と呼ばれるその遺伝子型は、米国人の2%~16%にみられる。
この結果が今後の試験で裏付けられれば、HLA-A*03をマーカーとして用い、患者ごとに免疫チェックポイント阻害剤を投与すべきかを決定することができると、この研究の主導者である科学者のMary Carrington博士(NCIのがん研究センター)は語る。
同氏はまた、それにより多くの患者が、治療効果がないうえに重篤な副作用のおそれがある治療を回避できると話す。ただし「この遺伝子型を実際に診療の場でマーカーとして用いるためにはもっと多くのデータが必要」とのことだ。
患者数千人のデータを解析した結果、HLA-A*03をもつ患者は免疫チェックポイント阻害剤の投与後、HLA-Aのほかの遺伝子型をもつ患者よりも早く死亡したことが確認された。研究では、ほかの免疫チェックポイント阻害剤であっても、また腎臓がん、膀胱がん、皮膚がんなど異なるがんの種類であっても例外でないことが示され、この結果は12月9日付のLancet Oncology誌で発表された。
クリーブランドクリニック免疫療法・プレシジョン腫瘍免疫学センターのセンター長を務めるTimothy Chan医学博士は、これを「画期的」な発見と評す。なお、同氏は本研究には携わっていない。Chan医師はまた、次のステップは「A*03」を免疫チェックポイント阻害剤の効果予測に現在用いられているバイオマーカーと組み合わせ、最も効率的に使用できる方法を探ることだと話す。
HLA遺伝子の多型性
HLA-Aは、HLA-BやHLA-Cなどとともに、免疫系ががん細胞またはウイルスや細菌に感染した細胞をみつける手助けをする遺伝子群に属する。
これらのHLA遺伝子からヒト白血球抗原(HLA)と呼ばれるタンパク質がつくられる。HLAは細胞内にあるタンパクの小断片を細胞表面に提示する。がん細胞や感染した細胞は、がん細胞や感染細胞では、HLAタンパク質が異常な(非自己)断片を提示するため、それによって免疫細胞が誘導され、こうした細胞や同じ断片を提示する細胞が破壊される。
ヒトの個体間では「HLA遺伝子に何千もの多型があり、これを対立遺伝子と呼びます」。NCIでHLA免疫遺伝学研究を主導するCarrington医師はそう説明する。
例えば、HLA-Aには2,000を上回る数の対立遺伝子が存在し、A*03はそのひとつである。ある種のウイルスに感染しやすい、または自己免疫疾患を生じやすい人がいるのは、一部にはHLA遺伝子のこうした自然多型によるところがある。
免疫チェックポイント阻害剤は、免疫細胞ががん細胞をみつけ攻撃するのを助けることから、科学者の間では、HLA遺伝子の多様性が免疫チェックポイント阻害剤のような免疫療法薬の効果に影響を及ぼしているのではないかと長い間考えられてきた。
HLA対立遺伝子と免疫チェックポイント阻害剤の効果の関連性については、これまでも大規模な試験が実施されている。とはいえ現時点では、さまざまながん種に対する反応や異なる免疫チェックポイント阻害剤の治療効果を予測するうえで有用なマーカーはA*03に限られるようだとCarrington医師は述べる。
A*03患者は免疫療法の恩恵が少ない
研究チームはまず、スローンケタリング記念がんセンターで30種類の進行がんに対し免疫チェックポイント阻害剤を投与した患者1,000人以上から得たデータを精査した。
その結果、数々のHLA対立遺伝子のなかで、免疫チェックポイント阻害剤の効果を予測するのに最も優れたバイオマーカーとしてHLA-A*03が浮上した。がんの種類を問わずA*03をもつ患者は、投与開始から死亡に至るまでの期間が、それ以外の対立遺伝子をもつ患者よりも1.5倍近く短いことが確認された。
またがんの種類別では、A*03をもつ膀胱がん、脳腫瘍(神経膠腫)、黒色腫、肺がん、腎臓がんの患者は、その他のがん患者よりも死亡までの期間が短かった。なかでも腎臓がん患者へのA*03の影響は最も大きかった。
腎臓がんに対し免疫チェックポイント阻害剤を投与した4件の臨床試験では、がんの再発または死亡までの期間(無増悪生存期間)が、A*03をもつ患者ではそうでない患者と比べ長くないことが確認された。
これら4件のランダム化試験の結果は、A*03が免疫チェックポイント阻害剤の効果を予測するバイオマーカーであることを示す強力な証拠だとChan医師は述べる。
その一方でCarrington医師のチームは、A*03のコピーを2つ受け継ぐ患者は、A*03とHLA-Aの別の対立遺伝子のコピーを1つずつもつ患者よりも死亡までの期間が短いことを明らかにした(A*03をひとつももたない患者のそれぞれ2.3倍および1.5倍短い)。
チームは、免疫チェックポイント阻害剤の投与を受けた独立した2つの患者群(がん種を問わないダナファーバーがん研究所の患者1,326人と国際共同臨床試験に参加した膀胱がん患者169人)の転帰を検証し、両群ともにA*03をもつ患者の投与開始から死亡までの期間が、同じ遺伝子型をもたない患者よりも(それぞれ1.2倍および1.4倍)短いことを見出した。
A*03と免疫チェックポイント阻害剤の効果の関連性は、患者の年齢、性別、民族、免疫チェックポイント阻害剤の種類、化学療法併用の有無にかかわらず同様であった。一方で、この対立遺伝子とその他のがん治療における転帰に関連はみられなかった。
免疫療法のためのバイオマーカー組み合わせモデル
「複数の臨床試験から得られたデータはどれも、免疫療法を受けた患者さんについてHLA-A*03があると治療効果が低くなることを示していますが、この結果は前向き臨床試験で検証する必要があります」とこの研究を主導したJames Gulley医学博士(NCI、Center for Cancer Research)は話す。
HLAの対立遺伝子を調べる検査は迅速に行えるうえ信頼性が高いと研究者は言う。この検査は、臓器移植に際しドナーとレシピエントの適合性の確認、またはHIVやてんかんの治療において命にかかわるアレルギー反応のおそれがある患者を見分ける方法として、ルーチンで行われている。
また、Chan医師によると、通常がん患者に実施される遺伝子バイオマーカーの検査のなかには、HLAの遺伝子型を調べるものがある。
これに対しCarrington医師は、患者が免疫チェックポイント阻害剤がA*03をもつからといって、必ずしも無効とはいえないと注意を促す。
今回の試験で調べたすべてのデータのなかには、免疫チェックポイント阻害剤が奏効したA*03をもつ患者が複数見受けられた。「A*03のある患者さんは全体からみれば、治療効果が低いということを意味します」。
複数のバイオマーカーを組み合わせたモデルでは、最終的に患者ごとの免疫チェックポイント阻害剤の効果に対する予測精度が向上したとChan医師は言う。「これこそがこの分野の目指すところです」。
同氏はさらに「免疫系は複雑ですが、HLAはその仕組みの一端を担っていることを私たちは確信しています」と話すが、免疫チェックポイント阻害剤の効果に影響をもたらす因子はほかにも、腫瘍遺伝子変異量(腫瘍細胞に蓄積した変異の総量)から腸内細菌に至るまで多くある。「こうしたすべての要素が互いに連携し患者さんの転帰を左右していることはたしかです」。
最近の研究でChan医師らは、チェックポイント阻害剤の効果予測を目的とし、多彩な因子のなかでも患者の遺伝的要因、生物学的要因、年齢、腫瘍の病期を考慮に入れたモデルを構築した。このコンビネーションモデルは、腫瘍遺伝子変異量のみを因子とした場合に比べ、チェックポイント阻害剤の効果に対する予測精度が高いことが確認された。
一方で、なぜA*03をもつ患者は免疫チェックポイント阻害剤の効果に乏しいのか、Carrington医師のグループはその解明に焦点を当てる。もっともと思われる説をふるいにかけ精査しているものの、今のところ有力なものは何ひとつみえていない。
「ひとつひとつ可能性を除外しています」。こうしたことが科学の醍醐味であり、知られざる素晴らしい発見につながると同氏は話す。
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