原子力発電所事故と癌リスク
原子力発電事故と癌リスク
原文URL http://www.cancer.gov/cancertopics/factsheet/Risk/nuclear-power-accidents
原文日付2011年4月19日
キーポイント
● 電離放射線は環境中に自然に微量に存在するエネルギーの一形態です。地中の放射性鉱物や宇宙空間から届く宇宙線などは、電離放射線を自然に発生しています。電離放射線は、医療用X線機器やその他の人工機器、そして原子炉や核兵器の爆発から生じる放射線同位体からも放出されます(質問1参照)。
● 多量の電離放射線を浴びると、人体には放射線宿酔や死亡などといった即時的な悪影響が生じます。少量を浴びた場合には癌が発症することがありますが、通常発症するのは何年か経った後です。癌リスクは照射量、放射線の種類、そして放射線を浴びた身体部位によって決まります(質問1、2参照)。
● 原子力発電所に深刻な被害を与えるような事故が発生すると、その結果、環境中へ放射性物質が放出され、それに伴って電離放射線の被ばくが起こります。このような事故で放出される2種類の放射性同位体で一般に癌リスクがもっとも高いのは、ヨウ素131(I-131)とセシウム137(Cs-137)です(質問2参照)。
● 何十年間にわたって米国国立癌研究所は、原発事故や地上核実験が原因の電離放射線被ばく者を対象にした研究を行い、このような放射線被ばくによる癌リスクに関する知見を集めてきました。このような情報は研究者が今後の原発事故の健康への影響を理解したり、その影響を最小限にするために役立てられます(質問3、4、7参照)。
● 事故発生時に原子力発電所の近郊に住んでいた癌患者は、治療を中断することなく継続できるよう、事故後はすぐに別の場所へ移るべきです(質問6参照)。
1.電離放射線とは何ですか?
電離放射線とは原子を構成する幾つかの粒子(すなわち、陽子、中性子、電子といった原子より小さい粒子)と電磁波から構成されています。これらの粒子や電磁波は、ぶつかった分子中の原子から電子を引き離す(すなわち電離させる)ことができるくらいのエネルギーを持っています。電離放射線は以下のようなさまざまな方法で生じます:
● 不安定同位体の自然崩壊から生じる場合。放射線同位体とも呼ばれる不安定同位体は、その崩壊過程で電離放射線を放出します。放射線同位体は地球の地殻、土壌、大気、海洋中で自然に存在します。また、これらの同位体は原子炉や核兵器の爆発でも生成されます。
● 太陽その他の大気圏外で発生した宇宙線から生じる場合。また、歯科用または医療用X線機器から旧式テレビのブラウン管にいたるまで、種々の技術機器から生じる場合。
地理的位置、食生活、職業、ライフスタイルによって程度は異なりますが、地球上にいる誰もが自然発生源や人工的発生源から放出される電離放射線を少量浴びています。
多量の電離放射線を浴びると、人体に放射線宿酔や死亡などといった即時的な悪影響が生じます。また、たとえ被ばく量が少なくても、電離放射線は発癌原因の1つです。DNAを損傷するというのが大きな原因で、電離放射線は癌を引き起こします。しかし、電離放射線の被ばく量が少量であれば悪影響の起こる確率は低くなります。
小児期や思春期の身体は成長や発達の途中なので、成人と比べて電離放射線の発癌効果を受けやすくなっています。また、通常、小児期や思春期の子どもでは、放射線被曝後の生存期間が成人より長いため、その間に癌が発生する可能性があります。
2.癌リスクと原子力発電事故との関係はどのようなものでしょうか?
原子力発電所では、電力を生産するために、ある種の放射線同位体の崩壊により放出されるエネルギーを利用しています。この過程でさらに放射性同位体が生じます。原子力発電所では、放射性物質やそこから生成される電離性放射線による周囲環境の汚染を防止するため、特別に設計された燃料棒や格納構造で放射性物質を囲んでいます。燃料や周囲の格納構造に甚大な被害が生じた場合には、放射性物質と電離放射線が放出される可能性がありますので、人体への健康被害のリスクが潜在的に高まります。実際のリスクは幾つかの要因によって決まります:
● 放出された放射性物質、すなわち同位体の種類とその放出量。
● 放出された放射性物質との接触状況(たとえば、汚染された食料、水、空気を通じての接触であるか、もしくは皮膚に直接被ばくしたのか等)。
● 被ばく者の年齢(一般に、被ばく者の年齢が若いほどリスクは高くなります)。
● 被ばく期間と被ばく量
電離放射線被ばくの健康への影響についてのより詳細な情報は、米国疾病対策予防センター(CDC)や米国環境保護局をご覧ください。
原子力発電所事故で放出される放射線同位体にはヨウ素131(I-131)とセシウム137(Cs-137)が含まれます。1986年のチェルノブイリ事故のようなもっとも深刻な事故では、これ以外にもストロンチウム90(Sr-90)やプルトニウム239などの他の危険な放射性同位体も放出された可能性があります。
原子力発電所事故から放出されたヨウ素131の人体への被ばくは、主として汚染された水、乳、食料の摂取から生じます。また、ヨウ素131で汚染された空気中の塵粒子を吸入することによっても人体被ばくが生じる可能性があります。
体内でヨウ素131は、頸部臓器である甲状腺に蓄積されます。甲状腺は、身体の迅速なエネルギー利用を制御するホルモンを産生するために、ヨウ素を利用しています。甲状腺はヨウ素131と非放射性ヨウ素との区別ができないため、甲状腺にはどちらのヨウ素も蓄積されることになります。放射性ヨウ素の被ばくにより、とりわけ小児期や思春期の子どもでは、被ばくしてから何年か経った後に甲状腺癌を生じるリスクが増す可能性があります。
セシウム137(Cs-137)の被ばくには、身体外部からの場合と身体内部からの場合があります。外部被ばくは汚染された土壌の上を歩いたり、原発事故現場で汚染物質と接触した場合に起こります。内部被ばくは、汚染された土壌から生じた塵などの空気中のセシウム137含有粒子の吸入や、汚染された水や食料の摂取により生じます。セシウム137は特定の臓器で濃縮されないので、そこから放出される電離放射線は身体のすべての組織と臓器に被ばくをもたらします。
3.どのように研究者は原子力発電所事故による癌リスクについて学んできたのですか?
原子力発電所事故による放射線被ばくが原因で生じた癌に関する知見の多くは、1986年4月に現在のウクライナにあるチェルノブイリで起こった原子力発電所事故に関する研究から得られました。チェルノブイリ事故の間に放出された放射性同位体には、ヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90が含まれていました。
緊急事態当時には約600人の原発作業員が大量の被ばくを受け、放射線宿酔を患いました。被ばく線量が6グレイ(Gy)超であった人々はみな事故直後に非常に重篤な状態に陥り、その後に死亡しました。被ばく線量が4グレイ(Gy)未満であった人々では、これよりは生存率が高くなりました。(1グレイは人体に吸収される放射線量の単位です。)
事故後の数年間に清掃作業員の一員として働いた何十万もの人々の電離放射線の外部被ばく量はこれよりも低く、1986年には約0.14グレイ、1989年には0.04グレイでした。この被ばく線量群では白血病リスクが増加しました。
チェルノブイリ周辺の汚染地域に住む約650万人の被ばく量は、これよりずっと低いものでした。この地域の住民では、1986年から2005年にかけての外部被ばくと内部被ばくによる平均蓄積被ばく量は0.0092グレイでした。ヨウ素131に被ばくした小児期や思春期の子どもには、甲状腺癌の発症リスクの増加が認められました(質問4参照)。
4.ヨウ素131に被ばくしてからどれだけ経つと甲状腺癌リスクが上昇するのですか?
放射線が半分に減少するまでにかかる時間(半減期)はヨウ素131では8日に過ぎませんが、ここで生じた損傷が当初の被ばくから何年も経った後の甲状腺癌リスクを増加させます。
米国国立癌研究所(NCI)の研究者が主導する研究では、チェルノブイリ事故当時18歳未満で、この事故により多量のヨウ素131被ばく(平均0.65グレイ)を受けた12,500人超に対する追跡調査が行われました。この集団では、1998年から2007年の甲状腺癌の新規症例は総勢65人でした。これらの新規症例の約半数は、ヨウ素131被ばくによる発症でした。研究者は、ヨウ素131の被ばく量が高いほど甲状腺癌となりやすいことを見出しました(被ばく量が1グレイ上昇するごとに発症リスクが2倍になりました)。また、このリスクは少なくとも20年間は高いままであることもわかりました。
5.原子力発電所事故による汚染から生じる被ばくに伴う健康へのリスクから身を守るためには何ができるのでしょうか?
この問題に関する情報は、米国疾病対策センター(CDC)や、その他の連邦政府当局をご覧ください。
(WHOの「よくある質問:日本の原子力発電所事故」からの抜粋日本語訳はこちら(WHO神戸センター))
6.原子力発電所事故で汚染された可能性のある地域に住んでいる癌患者はどうすべきでしょうか?
全身化学療法や放射線治療を受けている癌患者は、現在の治療を中断させずに継続できるように、原子力発電所事故が起こった場所から避難すべきです。過去に受けた治療や現在受けている治療の記録は、薬剤名や投与量なども含めて、つねに手元に置いておくべきです。原子力発電所の事故後だけでなく、医療記録が紛失するかもしれないような、医療サービスが途絶しかねない他の大規模な事態が生じた際にも、このような記録が重要となることがあるでしょう。
また、ヨウ素131汚染の高い地域に住む特定の集団(新生児、乳幼児、小児、思春期の子ども、妊娠女性)に対して、地方当局や国の機関が甲状腺へのヨウ素131蓄積を予防する目的でヨウ素カリウム(KI)の摂取を勧めることがあります。ヨウ素カリウムは放射線療法や化学療法の既往がある者に危険をもたらすものではありません。現在、積極的に抗癌治療を受けている患者がヨウ素カリウムの摂取を勧められた場合には、服用前に主治医に相談しなければなりません。こうすることで、主治医は患者の治療計画と栄養状態も含めた健康状態を判断して、ヨウ素カリウム治療の安全性について判断できます。
7.電離放射線や癌リスクに関して現在、米国国立癌研究所(NCI)が支援している研究は何ですか?
NCIやその他の研究者は、チェルノブイリ事故による被ばく者、第二次世界大戦中の日本での原子力爆弾投下後の生存者、医療被ばく者など、さまざまな集団を対象とする研究によって、電離放射線による癌リスクについて継続して研究を行っています。
● NCIはこのような研究の多くを癌疫学・遺伝学部門(DCEG)を通じて実施しています。DCEGの放射線疫学部(Radiation Epidemiology Branch)の担当者が実施しているプロジェクトに関する情報は、http://dceg.cancer.gov/rebをご覧ください。
● チェルノブイリ生存者に関する長期的研究についてのより詳細な情報は、http://chernobyl.cancer.gov/をご覧ください。
● NCIは癌疫学・遺伝学部門(DCEG)と癌生物学部門を通じてチェルノブイリ事故の生存者から採取した組織サンプルを保存する組織バンクを支援しています。これらの組織サンプルは原子力発電所事故による放射線被ばくの影響を理解するために用いられます。この組織バンクに関する情報は、http://resresources.nci.nih.gov/database.cfm?id=1531をご覧ください。
● NCIは日本の放射線影響研究所の研究者と協力して、日本での原爆投下による被ばくがもたらした健康への影響を調べています。現在も進行中の本プロジェクトは寿命調査(Life Span Study)(http://www.rerf.or.jp/index_ea.html)と呼ばれています。
(放射線影響研究所日本語ウェブサイトはこちら:http://www.rerf.or.jp/index_j.html)
● 癌制御・人口科学部門は、チェルノブイリ事故の女性生存者における乳癌リスクを含め、環境放射線の健康への影響を調べることを目的とした大学の研究を支援しています。この研究についての詳細は、http://cancercontrol.cancer.gov/grants/abstract.asp?ApplID=7903911をご覧ください。
● 米国国立アレルギー感染症研究所とNCIは緊密な連携を取り合って、連邦政府の放射能および核の脅威に対する医学的対抗措置プログラム(Medical Countermeasures Against Radiological and Nuclear Threats Program)(http://www.niaid.nih.gov/topics/radnuc/Pages/default.aspx)を支援しています。
●また、医療従事者は放射線関連の危機に際して、被ばく者の医療的措置に関する情報を、米国保健社会福祉省の緊急被ばく医療管理ウェブサイト(http://www.remm.nlm.gov/)でご確認いただけます。
参考文献
1.Hatch M, Ron E, Bouville A, Zablotska L, Howe G. The Chernobyl disaster: cancer following the accident at the Chernobyl nuclear power plant. Epidemiologic Reviews 2005; 27:56–66. [PubMed Abstract]
2.Minenko VF, Ulanovsky AV, Drozdovitch VV, et al. Individual thyroid dose estimates for a case-control study of Chernobyl-related thyroid cancer among children of Belarus—part II. Contributions from long-lived radionuclides and external radiation. Health Physics 2006; 90(4):312–327. [PubMed Abstract]
3.Romanenko AY, Finch SC, Hatch M, et al. The Ukranian-American study of leukemia and related disorders among Chornobyl cleanup workers from Ukraine: III. Radiation risks. Radiation Research 2008; 170(6):711–720. [PubMed Abstract]
4.Cardis E, Hatch M. The Chernobyl accident―An epidemiological perspective. Clinical Oncology 2011; DOI: 10.1016/j.clon.2011.01.510. [PubMed Abstract]
5.Brenner AV, Mykola DT, Hatch M, et al. I-131 dose-response for incident thyroid cancers in Ukraine related to the Chornobyl accident. Environmental Health Perspectives 2011; DOI: 10.1289/ehp.1002674. [Abstract]
6.United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation. Sources and Effects of Ionizing Radiation: UNSCEAR 2008 Report to the General Assembly with Scientific Annexes. Volume II, Annex D. Health effects due to radiation from the Chernobyl accident. New York: United Nations, 2011.
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NC関連I資料およびウェブサイト:
•放射性降下物由来の放射性ヨウ素131(Radioactive I-131 from Fallout)に関するウェブページ(http://www.cancer.gov/cancertopics/causes/i131)
•甲状腺癌について知っておくべきこと(What You Need To Know About™ Thyroid Cancer)(http://www.cancer.gov/cancertopics/wyntk/thyroid)
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窪田 美穂 訳
原野 謙一(乳腺科・腫瘍内科)監修
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