2011/11/15号「肥満と癌研究」特別号◆肥満と癌リスクをつなぐ機序の解明
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2011年11月15日号(Volume 8 / Number 22)
~日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
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過体重ないし肥満は、閉経後乳癌、子宮体癌、大腸癌、食道癌、胆嚢癌、腎癌、膵臓癌、甲状腺癌など多種の癌リスクの増大に関連する。 そのリスクは小さくない。 2002年に国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer)は、ヨーロッパのデータを用いて、子宮体癌と食道癌の全症例の3分の1、腎癌の4分の1に肥満が影響していると推計した (表を参照)。
過体重ないし肥満はまた、癌による死亡リスクも引き上げた。 しばしば引用される2003年New England Journal of Medicine誌に掲載された論文で、米国がん協会の研究者らは、男性では癌死全体の14%、女性では20%に体重過剰が影響していると推計した。
癌種 | 肥満を原因とする割合の推計値(%) |
子宮体癌 | 39 |
食道癌 | 37 |
腎癌 | 25 |
大腸癌 | 11 |
閉経後乳癌 | 9 |
出典:「体重制限と運動」国際がん研究機関
当然「なぜか?」が問われる。 いかなる生物学的過程によって、体脂肪過剰が癌リスクの増大につながるのか? 研究はまだ端緒についたばかりであるが、目下研究中の因子はほとんどすべて、(脂肪をたくわえる)脂肪組織は新陳代謝が非常に活発だという事実に基盤を置いている。 かつては単に受動的なエネルギー源貯蔵所だと思われていたが、今日、脂肪組織は驚くほどたくさんのホルモン、成長因子、そしてシグナル分子など、いずれも体内の他の細胞のふるまいに影響する物質を産出することが知られている。
ホルモン過剰でリスク増大
肥満と癌を仲介すると目され現在研究中の分子は、すべてとは言わないまでもほとんど、発癌物質ではなく癌促進物質である。 つまり、正常細胞を癌細胞に変える変異を引き起こすのではなく、癌細胞の成長と増殖を促進する。
肥満から癌に至る経路の候補で最も研究が進んでいるもののひとつは、多数の乳癌と子宮体癌を促進するホルモンであるエストロゲンにかかわる研究である。 閉経後女性において、通常、血液中を循環するエストロゲン濃度は、卵巣におけるホルモン産出停止により激減する。
しかし、エストロゲンは、酵素アロマターゼが関与する細胞経路を通じて、脂肪組織においても産出される。アロマターゼは、アロマターゼ阻害剤によるいくつかの乳癌治療法の標的となっている。 肥満女性において「体脂肪はまさにエストロゲン産出機械となるのです」と、California Teachers試験でエストロゲンと癌リスクの関係を長年研究したシティー・オブ・ホープ総合がんセンター癌病因部門長のDr. Leslie Bernstein氏は説明する。
この脂肪によって産出された過剰なエストロゲンが、エストロゲン受容体発現癌細胞の成長増殖を促進する。 しかしながら、エストロゲンだけでは閉経後肥満女性の癌リスク増大をすべて説明することはできない。 乳癌、大腸癌、膵臓癌など多種の癌に関連すると思われるもう一つの物質は、インスリンである。これは、が血流からグルコース(ブドウ糖)を取り込むのを促進するホルモンである。
肥満は、メタボリックシンドロームや2型糖尿病を併発することが多い。 2型糖尿病では、体内の細胞がインスリンに反応しなくなるために血中のグルコースが増加し、その結果、体内でのインスリンの産生がさらに促進される。 そしてある種の癌では「インスリンは分裂促進物質として機能し、癌の成長を早めます」とモントリオールのマッギル大学癌予防部門長であるDr. Michael Pollak氏は述べている。
興味深いことに、血中グルコース濃度を下げるメトホルミンという糖尿病薬に、多少ながら抗癌作用がみられた。 メトホルミンを服用した糖尿病患者は、メトホルミンを服用しなかった糖尿病患者に比べて、発癌リスクや癌死亡リスクが低かったとする研究がいくつかある。 現在、標準治療にメトホルミンを追加する乳癌などの臨床試験が複数進行中である。
誰がメトホルミンを服用すべきかに関して解明されていない問いが多数あることから、メトホルミンの基礎科学研究を継続することが重要だとPollak氏は強調した。 「これは癌研究のなかで大変有望な領域だと思いますが、最適の臨床試験を設計する前に、どの患者にこの薬が最も有益かを知るための基礎科学研究をもっとする必要があります」とPollak氏は述べた。
たとえば、他の糖尿病薬は、インスリン濃度を下げるけれども、メトホルミンのように抗癌作用を示すわけではない。これは、メトホルミンが影響するのは単にインスリン経路だけではない可能性を示している。 また、一部の癌患者の腫瘍はインスリンのシグナル経路に変異を起こしており、実際はインスリンが過剰ではないのに、まるで常に過剰なインスリンが存在するかのようなふるまいを細胞にさせる。 そのような症例では、インスリンを下げることは腫瘍制御の点からは無意味であろう。 「ですから、そのような患者はメトホルミンの臨床試験に参加すべきではありません」とPollak氏は言う。
さらなる探索
他にも無数の分子について、肥満と癌の関係に関与するかどうかを探る研究が実施されている。 それらの分子のなかには、たとえばある種のインターロイキンなど、身体の自然な炎症反応の一部を構成するものもあり、肥満の人では慢性的に過剰なことが多い。 ほかにはアディポカイン(脂肪組織が産出するサイトカイン)というシグナル分子があり、その濃度は体重増加の影響を受ける。
NCIでは、癌疫学・遺伝学部門(DCEG)の研究者らが、ヒトの肥満と癌リスクを仲介する分子経路を研究するために、いくつかのマルチマーカー・パネルを用いている。 これらの機序を調べるために、2つのパネル(15の異なるエストロゲンとエストロゲンの代謝産物を測定するパネルと79の炎症分子マーカーを測定するパネル)がすでに使用されている。
第3のもっと実験的な段階にあるパネルは、試料採取時の代謝の様子を一目で示すために、400~600個の小分子を同時に検出します、とDCEGの栄養疫学科研究フェローのDr. Steve Moore氏は述べた。 これらのパネルによって「マーカーがいかに癌リスクと関連するか、肥満がいかに癌リスクと関連するか、そして肥満がいかにマーカー値補正後の癌リスクと関連するかを調べることができます」とMoore氏は説明した。 「したがって、これら3つの相互関係から、肥満がどの分子メカニズムによって最も影響を及ぼすのかを推測することができるのです」。
他にも肥満と癌リスクの関係に影響すると思われる遺伝子変異を調べている研究者がいる。 「インスリンのようなバイオマーカーの研究者は大勢いますが、肥満が影響する〔総体的〕遺伝的・分子的経路は何でしょう?」とケース・ウェスタン・リザーブ大学ケース総合がんセンター予防研究副部長のLi Li氏は問いかけた。 第1期エネルギー論とがんの学際研究(TREC)資金の提供を受けたLi氏のプロジェクトは、肥満による大腸ポリープ形成の促進に対して、集団内に自然に存在する遺伝子変異がいかに影響するかを調べている。
この研究全体がいずれ、癌の進行を促進する分子現象のより詳細な理解に基づいて、過体重および肥満患者の標的化された癌予防法と治療法を編み出す一助となるであろう。 当面、「体重制御を促進する健康的な生活習慣をつけることを、現在の知見は支持していると言えます」とMoore氏は締めくくった。
— Sharon Reynolds
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盛井 有美子 訳
林 正樹 (血液・腫瘍内科/敬愛会中頭病院) 監修
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