頭頸部がんとHPVウイルスとの相互作用マップ
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、子宮頸がんのほとんどを引き起こすことが広く知られている。しかしながら、口腔、舌、および扁桃に影響を及ぼす頭頸部がんの一種である中咽頭がんでもHPVが原因の70%を占めていることは知られていないかもしれない。HPV感染を予防するワクチンが現在利用できるが、特に男性ではまだ普及しておらず、現在感染している多数のがん患者に対処するものでもない。
HPVに起因する頭頸部がん患者は、タバコ製品の摂取と関連するがん患者とは治療への反応が大きく異なる。HPVに起因する頭頸部がん患者の方が概して転帰が良く、患者の約80%が診断後5年以上生存しているが 、タバコ関連がんの患者の生存率はわずか45~50%である。
この違いを引き起こす可能性があるものを詳しく理解するために、グラッドストーン研究所の主任研究員であるNevan J. Krogan博士が率いる研究チームは、がんの原因となるウイルスに焦点を当てる独自の手法を取っている。博士らは最近、すべてのHPVタンパク質とヒトタンパク質との相互作用マップを初めて作成した。この研究結果は、9月12日付けでCancer Discovery誌に掲載された
「この研究では、これまでがんを引き起こすことが知られていなかった、いくつかの新しいタンパク質相互作用を同定し、発がんにおけるHPVウイルスの役割に関するわれわれの知識を拡大しました」とKrogan博士は述べた。同博士はカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の細胞分子薬理学教授でもあり、UCSFのQuantitative Biosciences Institute(QBI)の理事を務めている。「HPVと相互作用することが判明したヒトタンパク質は、ウイルス関連のがんにも、タバコ関連のがんにも関与しており、新薬や新しい治療法の開発において標的となる可能性があります。」
ウイルスとがんのつながりに関する全体像
Krogan博士およびグラッドストーンでの研究室の博士研究員であるManon Eckhardt博士は、HPVタンパク質とヒトタンパク質の間で認められるすべての相互作用を同定する総合的な戦略を開発した。まず最初に、質量分析と呼ばれる方法を用いて、博士らはHPVタンパク質とヒトタンパク質の間に合計137の相互作用を見出した。
次に、カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部のTrey Ideker博士の研究室で、計算生物学のWei Zhang博士と共同で、最も重要な因子を検出するために、個々のタンパク質よりむしろ、各タンパク質のネットワーク全体について検討した。さらに博士らは、がんゲノムアトラス研究で発表されたHPV関連がんサンプルのデータと、研究チームが得たタンパク質の一覧を比較した。がんゲノムアトラス研究は大規模な共同研究であり、さまざまながん種で腫瘍の遺伝子突然変異を分類した。
「この2種のデータセットを統合して、HPVと頭頸部がんの間で発がんの原因となる可能性のある相互作用を包括的に検討しました。このようにプロテオミクスの手法と遺伝学的手法を組み合わせることで、ウイルスによるがんに乗っ取られた細胞機構を体系的に研究することができました」と、Cancer Cell Map Initiativeの共同理事でもあるKrogan博士は述べた。
HPVに起因するがんと喫煙関連がんの共通経路
研究者らは、タンパク質相互作用およびゲノミクスのデータを重ね合わせることで、HPVウイルスが喫煙関連がんで変異することの多いタンパク質と同じヒトタンパク質を標的とすることを発見した。興味深いことに、これらのタンパク質はHPV陽性のがんでは変異していない。
例えば、研究者らの知見から、ヒトタンパク質p53とE6と呼ばれるHPVタンパク質の間で、しっかりと確立されている相互作用が再確認された。HPV陰性のがん(喫煙関連がん)では、p53はほぼすべての場合に変異しているが、HPV陽性のがん患者では、p53が変異することはまれである。
「いずれの場合も、p53が不活性化されるとがんが発生します」と、論文の筆頭著者の一人であるEckhardt博士は説明した。「違う点は、HPVウイルスが同じタンパク質を攻撃する異なる方法を見つけていることです。」
喫煙関連がんでは、p53が変異してがんを引き起こす。代わりにHPV陽性のがんでは、ウイルスタンパク質E6がp53と相互作用して不活性化し、結果として同じがんを生じるが変異はみられない。これはウイルス感染の確立と腫瘍の発生が共通の経路を使用していることを示唆している。
「変異またはHPVによる乗っ取りのいずれかによって、がんを引き起こす可能性のあるタンパク質がもっとあるに違いないと考え、それを検出する新しい方法を開発しました」とEckhardt博士は付け加えた。「われわれの研究は、HPVおよびヒトのタンパク質の相互作用が、がんの発生や侵襲性に関与する2つの興味深い例を明らかにしました。」
Eckhardt博士は、HPVタンパク質E1が、喫煙関連がんで変異していることの多いヒトタンパク質KEAP1と相互作用することを示した。HPV陽性のがんでは、KEAP1は変異していない。しかし、E1タンパク質との相互作用により、KEAP1は不活性化され、がん細胞の生存を助ける。
研究者らはまた、ウイルス粒子形成(パッケージング)に関与するHPVタンパク質L2が、RNF20およびRNF40と呼ばれる2つのヒトタンパク質と相互作用することも見出した。さらに、HPV陽性のがんでは、このタンパク質の相互作用によって腫瘍が広がり、新たな部位へ浸潤する能力が高まることを実証した。
これらの結果から、喫煙により誘発される突然変異の結果、異常となるタンパク質と同じタンパク質を標的とすることにより、HPVウイルスが頭頸部がんを引き起こすことが確認された。
がんと感染症の関係
Krogan博士と共同研究者らは、HPVおよびヒトのタンパク質における相互作用を腫瘍ゲノムデータと統合し、HPV陰性の腫瘍では突然変異しているが、HPV陽性の腫瘍では突然変異していない遺伝子に焦点を当てることが、ウイルスの標的およびがんの遺伝的要因の両方となるタンパク質を同定する力強い手法になることを示した。
研究者らは、HPV陰性およびHPV陽性の両方の頭頸部がんに対する、より良い治療選択肢を見つけるための基礎を築く研究をするべきである。さらに、Krogan博士の長期目標は、B型肝炎、C型肝炎、エプスタイン・バーウイルスおよびアデノウイルスに関連するがんなど、多くの他のウイルスによるがんの研究を可能にするパイプラインを明らかにすることである。
「研究はサイロ化(孤立)することがあるため、こうした偏りのない全体論的手法によって、初めて異なるシステム間における共通経路の検出が可能となります」と、Krogan博士は述べた。同博士は、多くの病原体でタンパク質と遺伝子の相互作用を比較し、類似点を特定することを目的としたHost Pathogen Map Initiative(宿主病原体マップイニシアチブ)も率いている。「われわれの研究は、これまで検討されたことのない方法でがんと感染症の関係を明らかにする一助となっています。」
本研究論文「Multiple Routes to Oncogenesis are Promoted by the Human Papillomavirus-Host Protein Network(ヒトパピローマウイルス―宿主タンパク質ネットワークが複数の発がん経路を促進)」は、2018年9月12日付けでCancer Discovery誌電子版に発表された。本研究は、米国国立衛生研究所(NIH)(助成金U54 CA209891、P50 GM085764)およびタバコ関連疾患研究プログラムから助成を受けた。
QBIとUCSFのJohn Von Dollen、Kathleen E. Franks-Skiba、Gwendolyn M. Jang、Priya S. Shah、およびグラッドストーン研究所のJeffrey R. Johnson、Danielle L. Swaneyもこの研究に貢献した。他の著者は以下のとおり。Tasha L. Johnson, Toni M. Brand, and Jennifer R. Grandis from UCSF; Andrew M. Gross and Jason F. Kreisberg from UC San Diego; and Jacques Archambault from McGill University.
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