がん予防における初の高精度医療(Precision Medicine)試験が分子学的知見に基づく化学予防戦略を明らかに

口腔がんリスクの予測遺伝子を解明する研究;原理証明は他のがんにも適応可能か

MDアンダーソンがんセンター

テキサス大学MDアンダーソンがんセンター、カリフォルニア大学、サンディエゴ 校ムアーズがんセンターの研究者らを中心とするチームは、ヘテロ接合性の消失(LOH)と呼ばれる遺伝子バイオマーカーが、口腔前がん病変を有する患者の中で、口腔がん発症リスクが最も高い患者群を予測できると報告している。

2015年11月5日の電子版Journal of the American Medical Association Oncologyに掲載された知見によると、化学予防の利益を最も受けるであろう患者を同定する新たな手段が発表されている。これは別の種類のがん予防にも適応できる可能性がある。

世界中で毎年300,000人以上が口腔がんと診断されており、145,000人がこれにより死亡するとされている。口腔がんは頭頚部がんの中で最も頻度が高い。

「化学予防剤の開発における最大の課題の一つが、発がんのリスクが高い集団の同定です」と、本研究を計画し、登録を進めるMDアンダーソンの准教授、William N. William Jr.医師は云う。「口腔前がん病変患者が、みな必ずしもがんになるとは限りません。リスクが最も高い患者を同定できる分子レベルの検査の開発によって、特定された人々の将来的な予防に取り組みたいと考えています」。

エルロチニブ(商品名タルセバ)は上皮成長因子受容体(EGFR)を阻害する。EGFRは頭頚部がんなど多くの種類のがん増殖に関わるタンパク質である。エルロチニブはある種の肺がんおよび膵臓がんの治療に現在承認されており、動物実験では口腔がん予防に有望な結果が示されている。

口腔がん予防におけるエルロチニブ(EPOC)臨床試験はMDアンダーソン主導のもと、全米5施設で379人の患者が登録された。全て口腔前がん病変を有する。試験登録後、染色体領域の欠損によって特徴付けられる染色体異常、LOHを評価したが、この中にはがん抑制遺伝子も含まれていた。

LOH陽性患者は口腔がんリスクが高いと考えられ、一年間エルロチニブを投与する群とプラセボを投与する群にランダムに割り付けられた。本研究の主要評価項目は、プラセボ群に比較して、エルロチニブ群患者の口腔がん発生が少ないこととした。

「われわれの知る限りでは、EPOCはがんを主要評価項目とした口腔前がん病変に関する最初の研究であり、初の分子学的知見に基づいたがん予防に関する高精度医療(プレシジョン・メディシン)試験です」とUC サンディエゴ ヘルス、ムアーズがんセンター長であり、 6年間の研究統括著者であるScott Lippman医師は述べた。2006年、Lippman氏がMDアンダーソンがんセンター胸部/頭頸部がん部長を務めていた間に本研究は開始された。

EPOC試験により、LOHは口腔がん高リスク群を予測することが明らかになった。3年無がん生存は、LOH陽性群で74%であったのに対し、LOH陰性群では87%であった。しかしながら、プラセボ群患者の3年後の無がん生存が70%であるのに対して、エルロチニブ群では74%であり、統計学的有意差はなかった。LOH陽性でEGFRコピー数が増加している患者はがんの発生率が最も高かったが、それでもエルロチニブの利益はなかった。

「エルロチニブの全体的な利益が認められなかったことは残念ですが、重要な知見なのです」とLippman氏は話した。

「何が有効でないかを知ることは、何が有効であるかを知ることと同様に重要で、この研究は別の形で今後さらに進めます」とLippman氏は言った。「例えば、エルロチニブの一般的な副作用である皮疹を発症したエルロチニブ投与群の患者は、口腔がん発生率が最も低かったのです。この関連をさらに検討することで、口腔前がん病変や頭頚がん患者に新しいバイオマーカー、機序、EGFR標的薬の効果に関連した臨床試験デザインを示せるかもしれません」。

EPOCのもう一つの重要な側面は、研究を通して収集した血液と組織サンプルが今後の研究に利用できることだ。William氏は、これらの観察結果の分子レベルでのさらなる検討によって、がんの個別化予防の標的と耐性に関する新たな機序の解明に繋がることが期待されること、またこの取り組みは他のがんにも適応できうると話した。MDアンダーソンは最近、EPOC検体の分子学的特性のさらなる解析のため、テキサス州がん予防研究機構から助成金を受けた。

共著者は次のとおりである。
Vassiliki Papadimitrakopoulou, Li Mao, Nancy Shinn, John V. Heymach, Ignacio I. Wistuba, Ximing Tang, Edward S. Kim, J. Jack Lee, Heather Y. Lin, Ann M. Gillenwater, Jack Martin, Jeffrey Myers, Adel El-Naggar and Pierre Saintigny, MD Anderson; Timothy Meiller, University of Maryland; Ezra E.W. Cohen and J. Silvio Gutkind, UCSD Moores Cancer Center; Mark W. Lingen and Elizabeth A. Blair, University of Chicago; Jay O. Boyle, Memorial Sloan Kettering Cancer Center; Dong M. Shin, Emory University; Nadarahaj Vigneswaran, University of Texas School of Dentistry

Disclosures: Co-author Ignacio Wistuba has served on the advisory boards of Genentech/Roche, Ventana, GlaxoSmithKline, Celgene, Bristol-Myers Squibb, Synta, Clovis and AstraZeneca and participated in educational activities for Boehringer Ingelheim, Pfizer and Medscape. Edward Kim has served on the advisory boards of Celgene and Eli Lilly.

本研究はOSI Pharmaceuticals, the National Cancer Institute (grants PO1CA106451, P50CA097007 and P30CA016672), the Cancer Prevention and Research Institute of Texas and the Conquer Cancer Foundationから一部助成を受けた。

翻訳担当者 宮本満里

監修 久保田 馨(呼吸器・腫瘍内科/日本医科大学付属病院)

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