小児がん経験者の妊娠に関する朗報と注意点
まず朗報――小児がん経験者が成人後に妊娠した場合、がんの病歴のない人と同様に健康な子どもを出産する傾向にあることが新たな研究により明らかになった。小児がん経験者の子どもたちは先天性疾患や出生時の健康問題のリスクも高くはならなかった。
一方でこの研究は、このような女性が妊娠中の他のリスクに直面し、より厳格な産科管理を必要とするかもしれない、ということを示唆している。たとえば、小児がんの治療を受けた女性は、妊娠、出産、出産後の期間において、いくつかの重篤な合併症のリスクがより高かった。
この結果は、1月19日付のJournal of National Cancer Institute誌に掲載された。
この研究のリーダーである、カナダのトロントに所在するトロント小児病院のPaul Nathan医学博士は、「このメッセージは概ね肯定的です」と述べた。「小児がんの病歴を持つ女性は、妊娠する見込みは十分にあり、そのほとんどが妊娠期間中も元気に過ごします。しかし、こうした女性のケアをする人々が、これらのリスクを十分に理解することは非常に重要です」。
米国では、多くの医療従事者は、患者が医療システム、都市、州を移動した場合は特に、小児がんの治療を受けたかどうかを把握していない可能性があると、NCIがんサバイバーシップ室長のEmily Tonorezos医学博士は説明した。同博士はこの新規研究に関与していない。
「ハイリスク産科ケアは、米国内のほとんどの地域で広く提供されていますが、小児がん経験者がそのようなケアを必要としていることは認識されていないかもしれません」と同博士は述べた。
妊孕性(にんようせい:妊娠できる能力)から妊娠まで
過去数十年の間に、多くの小児がんの治療が大きく進歩した。がんと診断された小児の5年以上の生存率は、1970年代には約58%だったのに対し、現在では約85%であり、その多くは再発していない。
これらの治療成績向上を踏まえ、研究者は毒性の低い治療を行って小児がん経験者の成長後の生活の質を向上させる方向へ視点を向けることができるようにもなった。
「思春期児や若年成人たちとがん罹患後の大きな心配事について話すと、妊孕性はそのリストの上位にあがります」とNathan博士は述べた。
がん治療は、女性にとっても男性にとっても、将来の生殖機能に影響を与える可能性がある。たとえば、腹部、骨盤、脊椎やその近辺への放射線治療は生殖器官に近く、害を及ぼす可能性がある。また、脳への放射線療法は、妊娠に必要な特定のホルモンの産生のコントロールに関わる下垂体を損傷する可能性もある。
化学療法の種類によっては、卵巣に影響を与え排卵やエストロゲンの分泌を停止させることがある。小児期にがん治療を受けると、出産期の性的健康、ボディイメージ、経済的安定性に影響を与える可能性もある。
生殖機能の温存については多くの研究が行われ、有望な結果が得られている。現在、女性や少女には胚や卵子の凍結など、妊孕性の維持に役立ついくつかの選択肢がある。さらに、精子を凍結できる年齢になる前にがん治療を受ける少年に対し、有望視されている新たな技術も存在する。
小児がん経験者の妊娠中に起こる事柄に焦点を当てた研究は、これまでほとんど行われていない。データが不足しているものの、最近になって国際的なガイドラインが発表され、医師ががん経験者である患者に妊娠に関する特定の問題について助言できるようになったとTonorezos博士は説明した。
このガイドラインは重要な第一歩である、と同博士は続けた。
「しかし、小児がん経験者の妊娠中のリスクをよりよく理解するためのさらなる研究が早急に必要です」と同博士は述べている。「がん経験者の中には、がん治療後の妊娠に対する不安が残っているのだと思います」。
女性にはほぼ安全だが、リスクもある
Nathan博士らは、カナダのオンタリオ州で適用される単一国民支払医療保険制度から取得したデータを調査した。1985年から2012年の間に、21歳未満で、がん治療を受けていた女性約4,000人を特定した。
研究チームは、4,000人の女性それぞれを、年齢と郵便番号を照合一致させた21歳以前にがん治療を受けていない女性5人ずつとの2群間で、報告された妊娠を比較した。さらに、妊娠20週以後の流産のリスクや、40以上の他の健康問題(母親と子どもの両方)のリスクも比較した。
研究者らは、がん経験者が20週を超えて妊娠を継続する確率は同じであると同定した。しかし、がん経験者が出産の約9%が早産(妊娠37週以前の出産と定義)であったのに対し、対照群では約6%であった。
がん経験者と対照群の女性の間で、出生した児の先天異常やアプガースコア(出生時に用いられるスクリーニング検査で、追加の医療処置の必要性を評価するもの)に差はなかった。
がん経験者に子癇前症、妊娠糖尿病、帝王切開分娩のリスクが高くなることはなかった。しかし、出産時または出産後の心臓の問題や重篤な合併症など、他のいくつかの合併症のリスクは高くなった。患者の病歴や治療歴の様々な側面が特定の妊娠合併症に関係していた。
全体として、30歳までに妊娠したことがある確率は、がん経験者は対照群よりもいくらか低かった。この研究では、がん経験者の約22%に妊娠が記録されていたいたのに対し、対照群では約27%であった。
この研究で使用されたデータベースでは、女性が妊娠できなかったかどうかについての情報を収集していない。しかし、他の研究でもがん経験者の妊娠が少ないことが示されているとノースカロライナ大学のHazel Nichols博士と聖ジュード小児研究病院のDaniel Green医学博士は、付随する論説で述べている。
こうした傾向は「がん経験者を十分に支援するためには、子育てという目標に対するさらなる課題として、人間関係の混乱、性的健康への影響、経済的困難の可能性など、早期がん診断による間接的な影響も考慮することが極めて重要である」ことを示していると、博士らは記している。
ハイリスク産科ケアの必要性の認識
全体として、重篤な合併症の数はかなり少なかった。4,000人以上のがん経験者のうち、分娩中に重篤な合併症を経験、あるいは妊娠中に心臓に障害を発症したのは87人(約2%)だった。とはいえ、がん経験者群は対照群に比べてどちらかの問題を経験する確率が2倍だった。
そして、これらの合併症の潜在的な影響は重症化する可能性がある。21歳以前にがんの治療を受けた女性は、ハイリスク産科ケアを紹介する必要があるかどうかを医師と話し合うことが有益である、とNathan博士は述べた。このような産科ケアには、妊娠期間中の母体心臓のモニタリングや、頻繁な胎児のモニタリングが含まれる。
がん経験者のうち妊娠中の多くは、家庭医や産科医の診察を受けているが、その医療従事者たちはがん経験者の病歴やこうした特定のリスクについて何も知らないかもしれない、とNathan博士は述べた。「医療従事者とこうした情報を共有する方法を見つけることが、私たちの重要な目標の1つです」と同博士は付け加えた。
医療従事者が患者のがんの病歴を知ることで、生殖医療に関する重要な話し合いをすることにも拍車がかかっていく。たとえば、ある種の化学療法薬を使用した後に早期に閉経する女性がいる、とNathan博士は述べた。そのため、がん治療を受けていない女性と比較して、妊娠の可能性が低くなったり、生殖機能の温存のための技術を追求することができなくなったりすることがある。
「間違いなく良い医療を受けようと思う心の負担が、がん経験者とその家族に重くのしかかっているケースが非常に多い」とTonorezos博士は述べている。「負担をかけるべきなのはそこではありません。データを共有することは保険制度に組み込まれていないので、がん経験者は医療提供者ががん罹患の情報を持っていることを確認する必要があるのです」と付け加えた。
妊娠を望むがん経験者に役立つ将来の研究としては、危険な合併症を防ぐという観点からどのような出産前ケア戦略が最も有益であるかを検討することなどが考えられる、とTonorezos博士は述べた。
しかし全体として、これらの結果は励みになると同博士は述べる。「健全な妊娠経過と健康な児への期待は、小児がん経験者であっても当たり前に持っているはずです」。
≪記事の概要:監修 者≫
小児がんの治療成績の向上に伴い成長後の妊孕性を含む生活の質向上に研究の目が向けられるようになってきた。胚や卵子・精子の凍結保存などの技術も進んでいる。小児がん経験者が成人後に妊娠した場合、がんの病歴のない人と同様に妊娠できる可能性があり健康な子どもを出産する傾向にあることが新たな研究により明らかになった。妊娠20週以後の流産・死産の確率も変わらないが、早産のリスクは小児がん治療既往がない人に比べて1.5倍の9%である。しかし、小児がん経験者の子どもたちは先天性疾患や出生時の健康問題のリスクも高くはならなかった。一方、小児がん経験者が妊娠した場合は妊娠中・後に重篤な合併症や心臓の障害を2倍の2%に来すことがあるため、厳格な産科管理が必要となることがあることを知っておくべきである。妊娠を管理する家庭医や産科医が小児がん治療の既往があることを把握していない、もしくは前述のような妊娠合併症を来しうることを知らない、ということがあり、その情報を共有できるシステムを構築することも重要な課題である。
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