チオ硫酸ナトリウムは子供のシスプラチン誘発性聴覚障害を予防

薬剤のチオ硫酸ナトリウムが化学療法薬のシスプラチンでがん治療を受けている子供の聴覚を保護する可能性のあることが最新の試験結果で明らかになった。

その臨床試験には、シスプラチンが標準的化学療法である非転移(局所)肝がんの子供が参加した。シスプラチンは非常に有効であるが、シスプラチンが原因で聴覚障害になる子供も多い。

試験は主に欧州で実施され、試験参加者は、シスプラチン治療の6時間後にチオ硫酸ナトリウムの投与を受けるか、シスプラチン治療のみのいずれかに無作為に割り付けられた。研究者の報告によれば、チオ硫酸ナトリウム投与群の子供は、シスプラチン投与のみの子供と比較して、永続的聴覚障害の起こる可能性が半分であった。

重要なことは、チオ硫酸ナトリウムがシスプラチンの効果を低下させてはないとみられる点であり、治療終了後3年生存する子供の数は治療群間で差がなかった。試験結果は6月21日付New England Journal of Medicine誌に発表された。

これら試験結果は、昨年発表された米国における同様の臨床試験(様々ながん種の子供のシスプラチン誘発性聴覚障害を予防するチオ硫酸ナトリウムの能力を検証した)の結果と酷似している。

「化学療法の効果を低下させず子供の聴覚障害のリスクを低減できるというこれら2つの試験結果を目の当たりにすると励みになります」といずれの臨床試験にも参加していない米国国立聴覚・伝達障害研究所(National Institute on Deafness and Other Communication Disorders)のLisa Cunningham博士はコメントした。

聴覚障害は発達に影響を与える

今日、がんと診断された子供の80%以上が診断後少なくとも5年生存し、その多くは治癒すると考えられている。

研究者たちは現在、広く使用されている数々のがん治療により子供が経験する長期の副作用を軽減することに強い関心を向けている。これらの副作用には心臓または肺障害、認知困難、不妊および聴覚障害が含まれる。

「これら治療薬(の一部)により内耳がどのような損傷を受けるのかについて約10年かけて解明してきました」とCunningham医師はコメントした。例えば、今年の初めに同医師の研究室はシスプラチンが内耳に長期間残留することを示す結果を発表したが、それは、なぜシスプラチンの使用により聴覚障害を引き起こす可能性があるのかを説明できるであろう。

聴覚障害によって、がん治療を受けている子供が長期にわたり重大な影響を受ける可能性があると、2つの臨床試験の指揮を助けたオレゴン健康科学大学(Oregon Health & Science University)のEdward Neuwelt医師は語った。「シスプラチン治療を受けた子供の約60~80%に重篤な聴覚障害が見られます」と説明した。このような聴覚障害は学校の成績低下のリスクが高まるなど深刻な影響を及ぼす可能性があると同医師は続けた。

聴覚障害は幼児にとってさらに深刻な結果となる可能性があるとCunningham医師は付け加えた。「実際に聴覚障害は正常な発語や言語機能を身に付ける能力を損ない、子供に発育面の問題が生じる可能性がある」という。

チオ硫酸ナトリウムは生存を阻害しないことを確認

チオ硫酸ナトリウムは抗酸化剤と呼ばれる薬剤であり、シスプラチンを取り込んだ細胞内に生成される活性酸素種と呼ばれる有害な分子に結合すると考えられている。この結合により、フリーラジカルが聴覚に重要な役割を担う内耳の有毛細胞を損傷するのを防ぐと考えられる。

さらに、チオ硫酸ナトリウムがシスプラチン自体に結合することにより機能し、残留シスプラチンが耳の細胞を死滅させるのを防いでいる可能性もあるとCunningham医師は語った。

NCIが支援する米国小児がん研究グループ(Children’s Oncology Group)が指揮した昨年発表の臨床試験結果に、初期治療の一環としてシスプラチン投与を受けた様々ながん種の子供が含まれている。104人の参加者が化学療法のみの群および化学療法のシスプラチン投与6時間後にチオ硫酸ナトリウムの投与を受ける群のいずれかに無作為に割り付けられた。

チオ硫酸ナトリウム注入のタイミングは、体内のシスプラチンが有効な時間を確証するために実施した数十年におよぶ実験や臨床に基づいているとNeuwelt医師は説明した。投与から6時間後にはシスプラチンはがん細胞を活発に殺さなくなっており、このタイミングでチオ硫酸ナトリウムを投与してもシスプラチンの抗がん作用を妨害しないはずであると同医師は続けた。

聴覚障害が見られたのはチオ硫酸ナトリウムの投与を受けた子供が14人(29%)であったのに対し化学療法のみの子供は31人(56%)であった。チオ硫酸ナトリウムによる副作用はみられなかった。

全体として、これらの群に全生存期間の差は見られなかったが、臨床試験開始前に計画していなかった解析では、チオ硫酸ナトリウムの治療を受けた子供および原発部位の外に転移したがん(播腫性疾患)の子供に全生存期間の短縮がみられた。

このような解析は通常、今後の研究で検討すべき問題を特定するために使用されものであるが、後期がんの子供に対するチオ硫酸ナトリウムの安全性に懸念を持つ人もいるとNeuwelt医師は説明した。

NCIが一部資金を提供した欧州の臨床試験に、1種類のがん(肝がんの一種である肝芽腫)の子供および局所性疾患の子供のみを組み入れた。この臨床試験で参加者が受けた化学療法の薬剤はシスプラチンのみである。101人の参加者のうち聴覚障害になったのは、チオ硫酸ナトリウムの投与も受けた子供が18人(33%)であったのに対しシスプラチン治療のみの子供では29人(63%)であった。

シスプラチンおよびチオ硫酸ナトリウムの投与を受けた子供とシスプラチンのみの投与を受けた子供の治療後3年の生存率はそれぞれ98%と92%であった。臨床試験中にチオ硫酸ナトリウムの投与を中止する必要のある副作用(血液中の酸の増加)が見られた子供は一人であった。チオ硫酸ナトリウムが引き起こした可能性のあるその他の副作用は軽度で、吐き気、嘔吐および血球数の減少などであった。

「これらのデータは説得力があり、本臨床試験の結果はこれまでの治療方法に大きな変化を引き起こすはずです」とトロント大学小児病院(Hospital for Sick Children)のEric Bouffet医師はコメントした。

チオ硫酸ナトリウムについて残された疑問

シスプラチンベースの化学療法を受けた子供の聴覚の保護について疑問がいくつか残っているとBouffet医師は付け加え、「中にはチオ硫酸ナトリウムを使用したにもかかわらず、それでもなお聴覚の合併症を示す子供がいる。どの患者が聴覚障害リスクの恐れがあるのかをさらに解明するため、継続中の試験の結果が必要です」と語った。

病気が転移した子供へのチオ硫酸ナトリウム使用に関する根強い懸念に答えるためにさらに試験が必要であるとBouffet医師は続けた。

Neuwelt医師は、治療レジメンの一環としてチオ硫酸ナトリウムを追加することで、髄芽腫と診断された子供の生存期間が改善する可能性があるかどうかを検討する臨床試験の実施を希望している。髄芽腫の子供の親は聴覚障害を理由に、シスプラチンの治療を最後まで受けさせないことがある。

「(シスプラチンの)減量が必要な子供の数を減らすことができるかどうかを確認し、さらに生存期間が改善するかどうかも確認するつもりです」とBouffet医師は説明した。

「現時点で、基礎科学および製薬業界は子供と大人両方の聴覚障害を減少させる新しい治療法の開発に熱意があります」とCunningham医師は語った。「特にその目的のために開発されているパイプラインには、様々な開発段階の薬剤が現時点で多数あります」。

現在のところ、「チオ硫酸ナトリウムは安価で(容易に)シスプラチンを含む化学療法プロトコルに取り入れることが可能です」とBouffet医師は語った。「(欧州の)臨床試験で陽性の結果を得るには、その他種類のがんについて大人を含め、チオ硫酸ナトリウムの追加試験が必要です」。

翻訳担当者 松長愛美

監修 関屋 昇(薬学博士)

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