2011/07/26号◆思春期小児および若年成人(AYA)癌特別号・特集「思春期小児および若年成人における癌生物学の解明」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2011年7月26日号(Volume 8 / Number 15)
~日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中~
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◇◆◇ 思春期小児および若年成人(AYA)癌特別号・特集 ◇◆◇
思春期小児および若年成人(AYA)における癌生物学の解明
今年3月、思春期小児および若年成人(AYA)の癌に特化した初の科学誌の創刊号が発行された。これはAYAの腫瘍学という新しい分野における画期的な出来事となった。しかし同号の考察で専門家が指摘しているとおり、この分野、とりわけ癌の生物学の解明という点で多くの課題が待ち受けている。
考察の中で、オレゴン州ベンドのセント・チャールズ地区がんセンター所属のDr. Archie Bleyer氏はAYAの腫瘍学の現状に懸念を示した。「私が何より問題だと思うのは、まだこの分野の研究が十分でなく、癌の生物学が解明されていないということです」とBleyer氏は述べた。「そのため、本来可能なはずの水準の治療方法がわからないのです」。
討論の参加者らは、研究に供される腫瘍サンプル数の不足により進展が遅いという意見で一致した。ほとんどのサンプルは臨床試験の際に採取されており、AYAに開かれた臨床試験の数が限られているためこれまでずっとサンプル数が不十分であった。だがこの状況も変わるかもしれない。
AYAの癌の生物学はまだ不明な点が多いが、最近出てきた研究結果でこの年齢に発生する癌に独特の遺伝学的および生物学的特徴が示唆されている。現在までの研究成果のほとんどは急性リンパ性白血病(ALL)関連である。ALLは小児期でもっとも多い癌であるが、10代から若年成人にも発生する。
「ALLにはAYA特有の型が存在するというエビデンスは増えていますが、それらのサブタイプのゲノミクスを明らかにする必要があります」。オレゴン健康科学大学の臨床研究担当教授でもあるBleyer氏は述べた。
同氏は英国ニューカッスル大学のDr. Christine Harrison氏の研究に言及。Harrison氏らはAYAのALL患者の一部で、若年層に典型的な遺伝的変異を発見した一方で、別の患者群でこれまでに知られていなかった変異を発見した。
腫瘍の特徴をつかむ
AYAのALL患者から得られた腫瘍サンプル500件以上のゲノム解析により、腫瘍の遺伝学的背景がより明らかになるかもしれない。この研究は現在進行中で、最近の解析では幼少年期ALL患者から10代および若年成人の患者にまで腫瘍サンプルの対象を拡大している。
本研究は幼年期と成人初期におけるALLの生物学がどのように異なるかを理解するための重要な第一歩である、とコロラド小児病院・コロラド大学医学部のDr. Stephen Hunger氏は指摘する。同氏はChildren’s Oncology Grou(COG:小児腫瘍グループ)臨床試験団体のALL委員会代表も務める。
本研究の代表者の一人でニューメキシコ大学がんセンター所長のDr. Cheryl Wilman氏によると、すでに研究で解明の手がかりがいくつか得られているという。例えば、AYA患者の腫瘍の一部には、再発リスクの高い年長の小児ALL患者によく見られる遺伝的変異が見られた(AYAおよび高リスクである年長の小児患者では、幼少のALL患者の大多数に比べて転帰がよくない傾向にある)。
「研究の最終結果に非常に興味があります」とNCI癌治療評価プログラムの臨床研究部門のDr. Nita Seibel氏は述べた。「今回の分析で、AYAにおけるALLは小児科領域で見られる治療に反応しやすいALLとは異なる病気であるという前提を裏づける結果が出るかもしれません」。
AYAサンプルのゲノム解析の第一段階がまもなく完了する。「約3カ月で結果が出る予定です」と、研究の共同代表で聖ジュード小児研究病院のDr. Charles Mullighan氏は電子メールで述べた。
治療の標的候補を見つけだす
Mullighan氏およびWillman氏らは、転帰が芳しくない患者に的を絞って、AYAにおける癌生物学の解明と治療標的候補の同定を試みた。
この戦略は成果を上げつつあるとみられる。‘小児科領域での研究’(Childhood Cancer TARGET Initiativeの一部)で、JAKキナーゼ遺伝子ファミリーに属する癌関連の遺伝子変異が他の変異とともに確認された。JAKタンパクの活性を高める変異はいくつかの癌ですでに発見されており、JAKを阻害する薬剤が初期相の臨床試験に入っている。
「こういった変異の発見により標的治療の臨床試験を行うことができ、患者ケアの向上が期待されます」とWillman氏は話す。最終的には成人腫瘍のゲノム解析も行って、年齢層ごとに比較したいと考えている。
「われわれはこれらの癌における遺伝子変異のスペクトルは年齢で変化するものと考えています」とWillman氏は述べ、ALLの研究がAYAにおける他の癌の研究モデルになるとの考えを示した。
AYA生物学のワークショップ
2年前、NCIとランス・アームストロング財団はAYAにおける癌生物学に関する研究集会を開催した。この集会ではALLの他に乳癌や大腸癌にも焦点を当てたが、AYAの癌に他と異なる生物学的特徴があるという明確なコンセンサスには至らなかった。
「その当時、生物学的な相違を示すもっとも有力なエビデンスは大腸癌におけるものだったのですが、一部は対象が限定的な小規模研究から得られたものでした」。本集会についての最近の論評の共著者でNCI癌診断プログラムのDr. James V. Tricoli氏はこう述べた。「これまでは、疑いようのないエビデンスというのがありませんでした」と言う。
論評の著者は、多くの分野でその背景となるAYAの癌生物学についてさらなる研究が必要だという意見で一致している。また、これらの年代による生物学的相違が癌の臨床特性に与える影響について調べることが重要だとも話している。
「患者にもっとも適切な治療を施し、過剰治療とならないことを確実にするためにも、われわれは癌の生物学を理解する必要があります」とテキサス大学MDアンダーソンがんセンターの思春期小児および若年成人プログラム医長のDr. Anna Franklin氏は話している。その他、治療に対するコンプライアンスや、AYAの患者が直面する独特な心理的および社会的問題など生物学以外の要素も転帰に影響する可能性がある。
大腸癌における標準治療は年配の患者向けにデザインされているため、これらのレジメンが生物学的に異なる可能性のある若年成人に対し必ずしももっとも有効な治療となるとは限らない、とFranklin氏は指摘した。同氏は若年成人の大腸癌研究を開始している。これはMDアンダーソンおよびコロラド大学研究者との共同研究で、新しく採取された組織サンプルおよび腫瘍バンク由来のサンプルを用いて、若年患者と老年患者の腫瘍の生物学的特徴を比較する予定である。
乳癌では、AYA患者と、それ以降の世代に発症した患者の腫瘍との分子学的な相違はあったとしてもごくわずかしか同定されていない。
「(研究集会の当時示された)ほとんどのエビデンスは、若年世代に発症した乳癌とそれ以上の世代で発症した乳癌を比較しても分子学的な相違が比較的少ないことを示唆していました」とNCIの癌生物学部門のDr. Donald Blair氏は指摘している。
乳癌の生物学に関する最近の研究でも、年代に特異的な相違はほとんど発見されず、この結論を支持する結果となった。年齢だけでは、乳癌特有の型やグレード以上に「生物学的複雑性の新たな一面を見いだすことはできない」と著者らは結論づけている。
しかし、若年世代ではそれ以上の世代に比べ侵襲性の強いタイプの乳癌と診断されることが多い、と本研究の統括著者でノースカロライナ大学ラインバーガー総合がんセンターのDr. Carey Anders氏は指摘する。「現時点でこのような相違が生じる理由は完全に解明されておらず、今後の研究も間違いなく意義があります」と同氏は電子メールで述べた。
同一患者の腫瘍を比較
未成熟の神経細胞に発生する癌である神経芽細胞腫の生物学における研究でもゲノム学的アプローチが用いられている。神経芽細胞腫は主として乳幼児の癌であるが、若年成人が発症することもある。AYAの他の癌同様、若年成人の神経芽細胞腫は幼児よりも悪性の傾向がある。
「若年成人における神経芽細胞腫も幼年期のものとは生物学的特徴が大きく異なります」とNCI癌研究所小児腫瘍科のDr. Javed Khan氏は述べた。
Khan氏らのグループは最近、すでに複数の器官に転移した神経芽細胞腫患者の19歳女性から採取した4サンプルのゲノムのタンパク質コーディング領域(exomeと呼ばれる)すべての塩基配列を決定した。正常細胞、原発巣、および転移巣のexomeを比較したところ、原発巣および2つの転移巣に共通の癌関連遺伝子変異が6個同定された。
「今回の知見はすべての腫瘍が共通の前駆細胞に由来し、3年以上の治療を行った間にほとんど変化していないという仮説を裏づけるものでした」とKhan氏は述べた。Khan氏はこの結果を年内に論文として発表する予定だ。
AYAにおける癌の転帰が悪いことから、今後もこの分野での研究が必要だとKhan氏は述べている。Khan氏はAYAの癌(特に肉腫)のゲノミクスについての研究集会を来年開催する計画だ。
臨床試験から見えてきたもの
ゲノム研究同様、臨床試験もAYAの癌の治療向上に欠かせない、と何人かの研究者は話している。たとえばALLの場合、前向き臨床試験を行えば、AYAのALL患者が成人レジメンよりむしろ小児レジメンを受けるべきかと議論を解決する助けになるであろう。
ここ10年間で、AYAのALL患者の一部は小児レジメンで治療したほうが治療結果が良いことが研究でわかっている。この知見は臨床試験の後向き分析によって得られたものだが、その理由はまだわかっていない。
前向き臨床試験であるCALGB-10403試験がその答えを出すかもしれない。同試験はNCIの資金提供を受け、思春期小児および若年成人に対して小児レジメンを実施したときの治療効果と副作用を評価するものだ。「これまでAYAが小児科的な治療方法に関連する毒性を認容できるかという議論がありましたので、この試験はとても重要です」とSeibel氏は話す。
欧州や、2001年から1~50歳のALL患者には小児レジメンが標準治療となっているダナファーバー癌研究所では前向き臨床試験が進行中である。
この研究結果がAYAのALLをどう治療するかのコンセンサスにつながることを多くの医師が期待している、とダナファーバーの成人白血病科医長のDr. Daniel J. DeAngelo氏は述べた。同氏は地域の医師から若年成人の治療法について頻繁に電話相談を受けている。
「この疑問は地域での大きな懸念材料です」とDeAngelo氏は話す。全国総合がんセンターネットワーク(National Comprehensive Cancer Network)はこの問題について検討し何らかの勧告を出すと思われる、とDeAngelo氏は述べている。
難題
ダナファーバーの研究グループは同時にAYAにおけるALLの癌生物学の解明に取り組んでいる。この研究が、診断時にどの若年成人がALLの小児レジメンにもっとも反応するかを判定する遺伝子的あるいは生物学的検査法の開発につながればと期待している。
また、同研究者は刺激的な疑問をいくつか投げかけている。「若年成人は、何歳になれば若年でなくなるのでしょうか」とDeAngelo氏は言う。「いまだにまったくわからないのです」。
この疑問やその他AYAの癌に関する疑問に対する答えは今後数年の間に出てくる。その結果はJournal of Adolescent and Young Adult Oncology誌に掲載される。
「私は今後数年でAYAの癌の生物学的特徴はそれ以上の世代に発生する癌とは異なるということが証明されると確信しています」と同誌の編集者でカリフォルニア大学アーバイン校およびオレンジ郡小児病院のヒュンダイ癌研究所所属のDr. Leonard Sender氏は述べた。「確信はありますが、まずは科学で証明しなくては」。
—Edward R Winstead
【右上画像下キャプション訳】 骨髄から採取したリンパ芽球(ALLにおける白血病細胞)。(画像提供:Dr. Charles Mullighan氏) 【画像原文参照】
AYAの腫瘍学に焦点を当てた新しい科学誌AYAの癌患者およびサバイバーのケアを改善することを目標に新しい科学誌が今年5月に創刊された。Journal of Adolescent and Young Adult Oncology誌はAYAの癌の生物学や治療法に関する研究だけでなく、AYAが直面する社会心理学的な生存権に関する問題に関する研究も掲載する。 さらに同誌には進展著しいこの領域において意見が分かれる問題についての討論の場も設けられている。創刊号の全記事はオンラインで無料で入手可能。 |
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橋本 仁 訳
寺島 慶太(小児科/テキサス小児病院) 監修
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