小児がんの高精度治療に向けて~Javed Khan医師との対談

米国国立がん研究所(NCI)は、新しい試験の結果に基づいてClinOmics(クリノミクス) という臨床プログラムを開始しようとしている。このプログラムでは、米国国立衛生研究所(NIH)臨床センターで治療を受けているがん患者の治療方針を決めるにあたってゲノム的アプローチを使用する。

NCIのがん研究センター(CCR)のJaved Khan医師との対談では、小児と成人のがんに対してゲノム情報を利用した治療法の展望と課題について話を聞いた。

小児がんや若年成人のがんに対する高精度治療(プレシジョン・メディシン)についてご説明いただけますか。

高精度治療とは、DNAの塩基配列決定をはじめ、さまざまなOmic(生物学的)解析を使用して、患者さんに最も適切な治療法を探しあてることを意味します。その目標のひとつが、分子標的薬を使うことができる、特異的な異常が腫瘍にあるがん患者さんを特定することです。たとえば、急性リンパ性白血病でフィラデルフィア染色体として知られている遺伝子の異常があるお子さんの治療には、分子標的薬のイマチニブ(グリベック)を使います。

若年のがん患者さんの治療を選ぶとき、遺伝子データを使う医師が多いのですか。

一定の病院では、一部の医師が患者さんの腫瘍を検査して得られた情報に基づいて臨床的な判断をしていますが、主に臨機応変に行われています。小児患者のゲノム情報に基づく治療に関してはまだ始まって間もない段階です。ただ、急速に発展している分野ではあります。

先生は、NCIの新しい試験で、小児と青年期のがんに対するゲノム情報に基づく治療法の使用を検証した試験報告を共著されました。試験からわかったことは何ですか。

このパイロット試験では、難治性または再発の小児がんおよび若年成人のがん患者59人の治療選択の参考になる遺伝子の変化を確認するために、血液と腫瘍の遺伝子検査を使用することが現実的に可能かどうかを検討しました。

この患者群では、患者の約50%の腫瘍に臨床的に「治療選択に有用な(actionable) 」遺伝子変異がありました。つまり、患者自身の腫瘍にその患者の診断を変えるような遺伝子の変化、または米国食品医薬品局(FDA)が承認した薬剤あるいは現在臨床試験が行われている薬剤の標的になるであろう遺伝子の変化があったということです。そのうち24人(41%)の患者さんには、承認済みの治療薬または治験薬の標的となる遺伝子変異がありました。驚くことに、患者さんの12%に重要な生殖細胞系の変異が見つかりました。これは発がんに関連している可能性があり、患者さんだけでなくその家族のケアをする上で重要だと考えられています。われわれの結論では、包括的なゲノム解析は実行可能であり、成人・小児に関係なく、がん患者のケアを向上できる可能性があるということになりました。そして、この経験をもとに、CCR ClinOmicsプログラムを立ち上げます。

NCIの新しいClinOmicsプログラムについてご説明いただけますか。

このプログラムは、NIH臨床センターで治療を受けている、小児も含めた全がん患者さんを検査するための包括的なゲノム解析の最新プラットフォームです。それぞれの患者さんについてCLIA認定(米国の臨床検査基準を満たしている) 検査室で数種類の遺伝子検査が行われ、その結果は患者さんの電子カルテに記入されます。患者さんの医療チームは検査結果にアクセスできるので、その情報を患者さんの治療選択に役立てることができます。

どのような種類の遺伝子検査が行われるのですか。

患者さんの腫瘍からDNA塩基配列を決定します。それによって、患者さんが生まれてから起こった遺伝子の変化がわかります。これを体細胞変異と呼びます。各患者さんの生殖細胞からもDNA塩基配列を決定します。それによって、その人が遺伝的に受け継いだ可能性のある遺伝子の変化がわかります。また、さらに全トランスクリプトーム(特定のゲノムから転写されたRNAすべて) 配列決定(RNAseq)などのゲノム解析も実施して、標的薬の治療選択に有用な融合遺伝子や標的になり得る遺伝子変異発現を同定します。

どの遺伝子変異が治療に関連しているのかはどなたが判断されるんですか。

NCIの専門家には2組あって、ひと組は体細胞変異、もうひと組が生殖細胞変異を担当しています。この2組の専門家らが各患者の遺伝子検査結果を吟味して、治療選択に有用な遺伝子変異があるかどうかを判断します。その検査所見は、医療チームが検討できるように患者の電子医療カルテに記入されます。

このプログラムが現在確立しつつあるのはなぜですか。

検査に信頼性があり、その結果を臨床的な意思決定に使えるまで技術が進歩したためです。もうひとつには、検査結果が得られるまでにかかる時間があります。現在、検査結果はセキュリティ保護された形式で4週間以内に医師が利用できるようになります。技術が進歩すれば、そのうちにわずか2週間程度で試験結果が得られるようになります。

NCIの患者さんがこのプログラムに登録するにはどうしたらよいですか。

CCRの試験責任医師が、成人と小児のがん患者さんのためのClinOmicsプログラムに使用する複数の臨床プロトコルを公開します。NIH臨床センターですでに治療を受けている患者さんがプログラムに参加するには、臨床センターで臨床プロトコルに登録する必要があります。

小児がん患者さんに対するゲノム情報に基づく治療に関連する課題は何ですか。

最近の研究によれば、小児患者から大量の遺伝子情報データが得られるとはいえ、今のところ、そのほとんどが治療を推奨するところまではいかないことがわかっています。また、いくつかの研究から、小児の腫瘍は成人の腫瘍よりも遺伝子変異が少なく、その結果、治療選択に有用な遺伝子変異が少ないのではないか、と示唆されています。一方、われわれの研究をはじめ他の研究では、難治性がん、遠隔転移または再発がんの小児や若年成人には治療選択に有用な変異が多くあることがわかっています。

分子標的薬によるがん治療に対する耐性は小児患者さんにとって問題ですか。

はい。小児でも成人でも、腫瘍は時間とともに変化しますし、腫瘍が新たな遺伝子変異を獲得すると薬剤が効かなくなる可能性があります。耐性があっという間に発現することもあります。薬剤耐性の問題に対処するために、今後の臨床試験では、免疫療法や併用療法の評価も考えなければなりません。すでに分子標的薬がある遺伝子変異が隠れている腫瘍を持つ患者に対してさえです。

ClinOmicsプログラムはがん研究の発展に貢献できるのでしょうか。

このプログラムによって、患者さんから採取した腫瘍組織の情報を保管するデータベースを作成することができますので、それを研究に使用することができます。研究者はそれによって、PDXとも呼ばれる患者由来の異種移植片などのがんのモデルを開発することができます。また、このプログラムでは患者を長期にわたって経過観察します。つまり将来、参加した患者さんについて、一定の遺伝子の変化が特定の治療薬への反応に関連していたかどうかなど、研究対象となる質問を立てることができるようになります。

若年患者さんとその家族に対して、ゲノム情報に基づく治療法について主に伝えたいことはありますか。

生命を脅かすがんがある患者さんにとって、自分の腫瘍と正常細胞を遺伝子検査によって詳細に調べてもらうことは実に重要です。遺伝子検査はリスクの高いがんがある患者さんすべてに対して標準的なケアの一環であるべきであり、NCIにいらっしゃる患者さんにはそうなると思います。強気の発言のように思われるかもしれませんが、私たちがその方向に進んでいることにほとんどの専門家が同意してくれると思います。

関連資料

画像のクレジット:米国国立がん研究所(NCI)

NCIのがん研究センター遺伝学科副主任Javed Khan医師

翻訳担当者 ギボンズ京子

監修 太田真弓(精神科・児童精神科/さいとうクリニック院長)

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