小児がん医療の精度を高めるDNAシークエンシング

米国国立衛生研究所(NIH)ニュース

2016年2月9日 フランシス・コリンズ博士

過去数十年間になされたがんの基礎研究における発見は、驚嘆するほどの数に上る。なかでも、がんがゲノムの病気であるという認識が得られたことはきわめて意義深い。がんはDNAに生じる多種多様な変化によって引き起こされるのである。DNAに起きる変化のうち、一部は全身の細胞に影響する生殖細胞変異だが、頻度の高い変化は個々の細胞に生涯にわたって生じるもので、「体細胞変異」と呼ばれる。がんゲノムのシークエンシング技術〔DNAの塩基配列を解読する技術〕が進歩した結果、実質的にすべてのがんがそれぞれ固有の一連の変異を保持していることがわかってきている。ほとんどの変異は瑣末なDNAの複製エラー(いわゆる「パッセンジャー変異」)だが、まれに細胞増殖の制御にかかわる遺伝子に変異が生じてがんの原因となる(いわゆる「ドライバー変異」)。がんの治療では、腫瘍ができた臓器を特定するよりも、腫瘍にどういったドライバー変異が存在しているかを突き止めることのほうがはるかに重要だと考えられるようになってきている。そして新しい研究が示すように、このアプローチにはがんの幼い犠牲者たちを救う力すらあるようである。

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ベイラー医科大学のSharon Plon氏はヒューストンのテキサス小児がんセンターで患者家族の相談にのる。
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NIH(米国国立衛生研究所)から資金提供を受けたある研究チームは、新たにがんと診断された多くの子供の腫瘍サンプルと血液サンプルをゲノム解析技術で解析し、診断の精緻化や、遺伝的ながんの罹りやすさの評価、40%近くの小児がん患者の治療方針の決定に役立つ可能性のある、遺伝子レベルの手がかりを見出した[1]。ドライバー変異だと見込まれる変異が、これまで小児がんだけに関連づけられていた遺伝子だけでなく、成人がんに関連づけられている遺伝子をも含むさまざまな遺伝子に存在していた。新規で高精度な小児がんの治療戦略を開発するためにゲノム解析をどう応用するかを見出すには、さらに研究を重ねる必要がある。しかし今回の研究は、NIHが推進しようとしている種類の研究の絶好の見本となった。NIHは、最近大統領によって発表され副大統領が主導する、がんに対する国を挙げた新たな挑戦である研究イニシアチブを推し進めている。

最新の知見は、ヒューストンのベイラー医科大学およびテキサス小児がんセンター所属のWill Parsons氏とSharon Plon氏が主導するBaylor College of Medicine Advancing Sequencing in Childhood Cancer Care(BASIC3)試験から得られた。BASIC3試験では、治療歴のない小児のがん患者150人が登録された。登録された子供は、平均年齢が7歳で人種は多様、男児と女児の人数がほぼ等しかった。全員が固形がんを有し、そのうちのおよそ3分の1が脳もしくは脊髄のがんと診断されていた。

150人の子供のうち121人で、ゲノム解析によって変異を調べるのに利用できる凍結腫瘍サンプルが存在していた。この解析では、悪性腫瘍のエクソーム(ゲノムのうちタンパク質をコードする1.5%を占める領域)と、比較および追加的な情報という点から健康な血液細胞のエクソームを対象にディープシークエンシング〔同じ領域のシークエンシングを何度も行うこと〕を実施した。データが分析されると、家族と医師にはただちに腫瘍についての解析レポートと健康な血液細胞から作成した「生殖細胞」の解析レポートが渡された。

腫瘍レポートを要約すると、4分の1以上の腫瘍に生殖細胞変異または体細胞変異があり、それらは臨床的な関連が確立されているか、その関連が見込まれるものだった。これらの変異のうち、いくつかはがん化を促すことが知られる遺伝子に生じていたが、多くの変異は小児がんとの関連が知られていなかったものであり、あらかじめ狙いをつけた遺伝子検査ではこうした変異を見つけられなかったものと考えられる。

レポートによると、15人(10%)の子供は体のすべての細胞に遺伝子多型を保有しており、そのためこの15人はがんにより罹りやすい。こうした遺伝子の一部は小児がんと関連することが知られているが、見つかった他の遺伝子、たとえばBRCA1などはこれまで成人がんと関連づけられていた。また別の8人の子供では他の遺伝子に変異があったが、その臨床的な意味はこの8人のがんの診断とは関連がなかった。まとめると、40%近くの子供で、検査や治療の方針を決定する際に医師や家族が考慮したいと考えるであろう遺伝子に関する情報がDNAシークエンシングから得られた。

実際に、BASIC3の研究者らの報告によると、遺伝子の情報によってすでに一部の家族で変化が生まれているという。この試験とは無関係だが、小児がんの罹りやすさと関連のある遺伝子多型を保有することがわかった子供の兄弟が、遺伝子検査を受け、彼らも同じようにがんに罹りやすいかどうかを調べた。するとそのうちの1人で、その検査の結果がそれまで検出されていなかったがんの早期発見につながった。

ほとんどの小児のがん患者は確立された臨床治療プロトコルに従って治療されるため、医療情報としての遺伝情報が小児がん患者のケアの提供にどの程度影響するのかはまだ検討されていない。これについては上述の研究が掲載された同じ号のJAMA Oncology誌の2つ目の研究で扱っている。同研究では、より進行したがんまたは再発がんを有する100人の小児を対象に腫瘍の遺伝学的な特徴の有用性を検討した。ボストンにあるダナファーバーがん研究所のKatherine Janeway氏率いる研究者らの報告では、今回の対象者のうち31%の子供たちに対し、遺伝学的な知見から治療の推奨を行うことができたという[2]。

BASIC3試験は現在も進行中で、登録患者数は目標の280人に迫りつつある。同試験はこの新しい研究課題をさらに検討する予定だ。小児がんの診療現場でゲノムシークエンシング技術をどう応用していくのか、研究者らはその答えを探している。それには、患者や家族にエクソームシークエンシングについて説明することから、臨床検査室でサンプルを採取しシークエンシングすること、結果を医師や患者に適切な期間内で万人が理解できるように伝えるといった課題に答えていく必要がある。これからの数年間でここで挙げた研究者たちや他の研究グループによってもたらされる成果は、世界中の何万人もの患者はもちろん、アメリカで毎年がんと診断される約1万5000人の小児患者と若年患者に対するケアの改善を促すうえできわめて重要なものとなるはずだ[3]。

文献
[1] Diagnostic Yield of Clinical Tumor and Germline Whole-Exome Sequencing for Children With Solid Tumors. Parsons DW, Roy A, Yang Y, Wang T, Scollon S, Bergstrom K, Kerstein RA, Gutierrez S, Petersen AK, Bavle A, Lin FY, López-Terrada DH, Monzon FA, Hicks MJ, Eldin KW, Quintanilla NM, Adesina AM, Mohila CA, Whitehead W, Jea A, Vasudevan SA, Nuchtern JG, Ramamurthy U, McGuire AL, Hilsenbeck SG, Reid JG, Muzny DM, Wheeler DA, Berg SL, Chintagumpala MM, Eng CM, Gibbs RA, Plon SE. JAMA Oncol. 2016 Jan 28. [Epub ahead of print]

[2] Multicenter Feasibility Study of Tumor Molecular Profiling to Inform Therapeutic Decisions in Advanced Pediatric Solid Tumors: The Individualized Cancer Therapy (iCat) Study. Harris MH, DuBois SG, Glade Bender JL, Kim A, Crompton BD, Parker E, Dumont IP, Hong AL, Guo D, Church A, Stegmaier K, Roberts CW, Shusterman S, London WB, MacConaill LE, Lindeman NI, Diller L, Rodriguez-Galindo C, Janeway KA. JAMA Oncol. 2016 Jan 28. [Epub ahead of print]

[3] Childhood and adolescent cancer statistics, 2014. Ward E, DeSantis C, Robbins A, Kohler B, Jemal A. CA Cancer J Clin 2014 Mar-Apr;64(2):83-103.

翻訳担当者 筧 貴行

監修 寺島慶太(小児血液・神経腫瘍/国立成育医療研究センター 小児がんセンター)

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