2009/08/11号◆癌研究ハイライト

同号原文

NCI Cancer Bulletin2009年08月11日号(Volume 6 / Number 16)

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癌研究ハイライト

・血液型が膵臓癌リスクに影響する
・二次癌患者のゲノム配列を解析
・前立腺全摘除術を受けた多くの患者では前立腺癌による死亡リスクが減少
・腫瘍周辺の低いブドウ糖濃度は癌を増殖させる突然変異を引き起こす可能性
・緑茶が癌を予防するという確固たる証拠は確認されず

血液型が膵臓癌リスクに影響する

致死性の高い膵臓癌に関する初めての全ゲノム関連解析(genome-wide association study:GWAS)の結果によると、ABO式血液型を決定する遺伝子の変異が膵臓癌リスクに影響することがわかった。8月2日発行のNature Genetics誌電子版によると、遺伝的変異である一塩基多型(SNP)が、血液型を決定する遺伝子が存在する9番染色体の領域に認められた。ABO遺伝子は、ある糖鎖を赤血球細胞の表面に導くタンパク質を産生し、その結果血液型が決定される。血液型がO型の人々と比較して、A、BまたはAB型を産生するSNPは膵臓癌リスクの上昇と関連する。

共著者である米国国立癌研究所(NCI)癌疫学・遺伝学部門(DCEG)のDr. Patricia Hartge氏は、「膨大な作業ではあるが、本解析結果は、極めて必要性が高いとされる診断および治療の改善につながるであろう」と述べている。

本研究は2つの段階からなる。第1段階として、膵臓癌患者1,896人と対照患者1,939人のゲノムを解析した。これらの患者は、膵臓癌リスクの上昇と関連するSNPの特定を目的としたナース・ヘルス研究(Nurses’Health Study)、前立腺癌・肺癌・大腸癌・卵巣癌検診試験(Prostate, Lung, Colorectal, and Ovarian Cancer Screening trial)および医療機関ベースの症例対照研究など、12件の前向きコホート研究に登録されていた。第2段階として、8件の膵臓癌の症例対照試験から5,000以上の膵臓癌症例および対照症例を採用した「迅速な再現性(fast-track replication)」研究によって、リスクと関連するSNPの実証を試みた。ABO遺伝子におけるSNPは、この過程で発見された。

膵臓癌リスクと関連するもう1つのSNPは第1段階で特定された。それは、他の研究で膵臓癌発症との関連性が示唆されたSHH遺伝子におけるSNPであった。しかし、実証段階でこの結果を再現できなかった。SHHが膵臓癌で担うと考えられる役割についてさらに研究が必要であると、研究チームは結論づけた。

膵臓癌リスクと関連するSNPを特定するためのもう1つのGWAS研究はすでに進行中であり、Nature Genetics誌掲載の本研究の再現段階に含まれる8件の研究の膵臓癌症例および対照症例を対象としている。

DCEGのトランスレーショナル・ゲノミクス研究にて主任を務める共著者のDr. Stephen Chanock氏は、「膵臓癌は、ハイスループット遺伝子型解析の恩恵を受ける最も新しい疾患です。この遺伝子解析では、過去2年間にわたって、癌やその他の疾患のリスクに結びついた遺伝子の部位がいくつもみつかっている。多くの変異が検出されて、その変異の生物学的影響を検討するためのフォローアップ研究が実施されるにつれて、遺伝的危険因子と膵臓癌発症の原因となる機序が解明されていくであろう」と述べている。

二次癌患者のゲノム配列を解析

セントルイスにあるワシントン大学医学部の研究者らは、急性骨髄性白血病(AML)の38歳男性から採取した癌細胞と正常皮膚細胞のゲノム配列を解析した。New England Journal of Medicine誌8月5日号によると、他のAML患者と結果を比較したところ、本疾患にてある役割を担うと考えられる反復性変異が特定された。昨年、同研究者らは、AMLで死亡した女性のゲノム配列を解析していた

本研究では、タンパク質や小さな機能性RNAをコードするゲノムの一部に、10個の非遺伝性(体細胞)変異および2個のDNA挿入や欠損がみられた。さらに、既知の遺伝子ではないが調節機能を有すると考えられる部分にて、52個の体細胞変異も発見した。その後、研究者らは他のAML患者187人から検体を採取し、これら64個の変異について調べたところ、これらのうち4個が他の患者の少なくとも1人で認められた。これらには、悪性神経膠腫で変異が認められる遺伝子IDH1の変異、AMLとの関連性がこれまでに認められている2個の変異(遺伝子NPM1とNRAS)が含まれる。4個目は調節セグメントに認められた。

著者によれば、これら4個の変異がAML患者1人以上のゲノムで認められたという事実から、「これらの変異はランダムではなく、おそらくこの腫瘍の病因として重要なもの」と示唆される。しかし、癌の原因となりうる全変異を解明するには、さらに膨大な数の癌ゲノム配列を解明する必要があると、著者らは述べている。

この研究者等は10カ月前に初めてAMLゲノムを公表した後も、配列解析技術が急速に発展したおかげで、技術に要する作業量や時間を軽減させながらより多くのゲノム配列を解析できるようになったと記している。

St. Jude Children’s Research HospitalのDr. James Downing氏は付随する論評で、「本研究では急速に進歩している癌‐ゲノム配列解析技術をはっきりとみることができる。この分野での技術が改良され続けていくにつれて、癌細胞の完全なDNA配列を得るためのコストは急速に下がり、その結果、さらに多くの癌からデータを得ることが可能となるであろう」と述べている。

前立腺全摘除術を受けた多くの患者では前立腺癌による死亡リスクが減少

前立腺特異抗原(PSA)検診が広く用いられるようになって以来初めてとなる前立腺癌死亡率に関する大規模多施設研究の結果、前立腺全摘除術を受けた男性は少なくとも15年以上生存する確率が極めて高いことがわかった。Journal of Clinical Oncology誌7月27日号の報告によると、年齢の中央値が61歳である約13,000人の患者らにおいて、全ての原因による死亡率が38%であることに比べ、前立腺癌による死亡率は12%であった。

研究者らは、さまざまな臨床的要因(例えばPSA値)および生検時の腫瘍の特徴の分析 (グリーソンスコア)に基づいて前立腺癌による各患者の死亡リスクを判定するリスク評価ツールを開発した。予測されたリスクによって患者らを4つの集団に層別化した場合、73%の患者らは、死亡リスクがわずか5%の最も低い層に分類され、死亡リスク38%という最も高い層に分類されたのはわずか2%の患者らであった。

代表著者であるクリーブランドクリニックのDr. Andrew J. Stephenson氏は「大多数の男性において死亡リスクは低く、これらの患者の多くが仮に治療を一切受けなかった場合でも、前立腺癌による死亡率は同様に低かった可能性がある」と記している。また、「米国において65歳未満の患者のうちわずか2%しか積極的な観察(Active surveillance)を選択せず、ほとんどの患者は放射線治療または手術を選択する」と研究者らは述べた。この研究では前立腺全摘術とその他の治療方法との比較は行なわれなかった。

さらに近年になって診断されたケースでは、おそらくより効果的になった前立腺癌検査法と治療法を反映して、予後がさらに良好であった、と著者らは言及した。PSA上昇速度(PSA velocity)および体格指数(BMI)のようなその他の因子にはリスクとの統計学的に有意な関係がなかった。

最も侵襲的な癌に関して、著者らは「顕しくリスクの高い患者を臨床的因子のみに基づいて識別する困難さ」を認め、「致死的な前立腺癌の生物学に特異的に関連する新たなマーカー」の開発が必要であるとした。

腫瘍周辺の低ブドウ糖濃度は癌を増殖させる突然変異を引き起こす可能性

腫瘍周辺のブドウ糖濃度が低いと、大腸癌細胞の成長を促進する突然変異を引き起こすおそれがあるとのジョンズ・ホプキンズ大学の研究者らによる報告が8月6日号のScience Express誌電子版に掲載された。しかし、これらの遺伝子変異を有する細胞からなる大腸腫瘍に対しては、ブドウ糖をエネルギーに変換する癌細胞の能力を標的とした治療法が有効である可能性がある。

KRAS遺伝子またはBRAF遺伝子に突然変異が起きた大腸癌細胞株では、これらの遺伝子が正常、つまり「野生型」である細胞と比較して、細胞がブドウ糖を吸収する作用を助けるタンパク質を生産するGLUT1遺伝子の発現量が常に高いことを研究者らは示した。これらの遺伝子変異を有する癌細胞では、ブドウ糖の吸収および癌細胞がブドウ糖を代謝する選択的経路である解糖系が活性化されていることが示された。

KRAS遺伝子またはBRAF遺伝子に突然変異をもつ大腸癌細胞株(KRAS遺伝子の突然変異は大腸癌腫瘍のほぼ半数に存在している)およびこれらの遺伝子が野生型である大腸癌細胞株は、正常なブドウ糖濃度の培養容器ではどちらも同様に成長した。しかし、これらの細胞株を腫瘍の内部およびその周辺に存在するようなタイプの環境である低ブドウ糖下に置くと、野生型遺伝子の大腸癌細胞株は成長しなかったのに対し、KRASまたはBRAF遺伝子に突然変異をもつ結腸直腸癌細胞株は成長した。突然変異をもつ細胞株のGLUT1遺伝子を取り除くと、この増殖に関する優位性はなくなった。

さらに、野生型のKRASあるいはBRAF遺伝子をもち、低ブドウ糖下で生き延びた癌細胞では、GLUT1遺伝子の発現が恒常的に増加していた。そして、これらの細胞の少数ではKRAS遺伝子に突然変異が生じた。

ジョンズ・ホプキンズ大学キンメルがんセンター内のルートヴィッヒ癌遺伝学・治療センター所長であるDr. Bert Vogelstein氏はプレスリリースにて、「われわれは、GLUT1遺伝子の増加は癌細胞がその領域に存在するどれほど少量の糖分でも効率良く集められるようにする生存順応であると考えている」と述べた。

本研究の主任研究者であるDr. Nickolas Papadopoulos氏は、「研究結果により、低ブドウ糖環境は、KRAS遺伝子の突然変異あるいはおそらく同じ経路中に存在する未確認の突然変異を起こしやすくしているだろう」と述べた。

最後に、KRASあるいはBRAF遺伝子に突然変異をもつ大腸癌の動物モデルでは、3-ブロモピルビン酸(3-bromopyruvate(3-BrPA))と呼ばれる解糖を阻害する実験段階の合成物を低用量投与することによって著しく腫瘍成長が妨げられたことを研究者らは示している。さらに、これらの遺伝子変異をもたない細胞株と比較すると、3-BrPAは遺伝子変異をもつ細胞株に対してはるかに強い毒性を有していた。この化合物は抗癌剤として現在研究されている解糖阻害剤の一つである。研究者らは、これらの研究結果によって、「生体内の正常組織へは毒性のない用量の解糖阻害剤によって、腫瘍成長を妨害することができるという原理の裏づけが得られた」と記した。

緑茶が癌を予防するという確固たる証拠は確認されず

コクランデータベース・システマティック・レビュー(CDSR)に先月発表された新しいレビューの著者らは、癌を予防するために緑茶を液体ないし抽出物として摂取することは、現在発表されている研究でのエビデンスからは推奨できないと示された。代表著者であるDr. Katja Boehm氏のチームによると、現在存在する研究から得られた相反する複数のエビデンスからは、「癌予防という面では緑茶の飲用は依然として立証されないが、適度な量を定期的・習慣的に飲用することは安全であると考えられる」と結論づけている。

約160万人を対象とした51件の研究が上記レビューに含まれ、それらの研究のうち45件は日本と中国で実施されたものであった。研究の約半数は消化器癌、主に上部消化管(例えば膵臓、食道、肝臓)の癌に着目したものであった。1件の症例対照研究では肝臓癌のリスクが減少するという緑茶を消費することの利益が示されたが、その他の消化器癌領域の研究からは「極めて矛盾した」結果が得られたと著者らは説明した。

本レビューが対象としたその他の癌には、肺癌、乳癌、卵巣癌、膀胱癌、前立腺癌そして口腔癌が含まれていた。

対象となった研究は方法論が質的に多岐に渡っており、大部分がアジア人に限定されていたことも含め、この調査自体に限界があることを著者らは認識していた。本レビューに利用できたランダム化臨床試験はたった1件であった(これは、前立腺癌予防のための試験で、高リスクの男性においてプラセボを投与された群より緑茶抽出物を投与された群の方が前立腺癌のリスクが減少したことがこの臨床試験によってわかった)。

「われわれのレビューでは、その他の交絡因子が介入するので、個々の症例対照研究またはコホート研究に基づいて緑茶の治療効果を測定することはほとんどできない」と著者らは述べている。緑茶の潜在的な予防効果を確立するためには、大規模で適切にデザインされたランダム化臨床試験が必要であると著者らは続けた。

この結果にもかかわらず、緑茶はさらに研究する価値のある食品アイテムである、とNCI癌予防部門の栄養科学研究グループ長Dr. John Milner氏は述べた。さらに同氏は「多くの環境的、遺伝的要因への暴露相互作用は、個人の緑茶への反応に影響を及ぼす可能性がある」と言及した。

※Cancer Incidence in U.S. Hispanics Varies by Country of Origin の訳は省略

SATURN試験において肺癌の生存期間にわずかな改善進行した非小細胞肺癌の患者に対してエルロチニブ(タルセバ)を投与した維持療法で、わずかではあるが全生存期間において統計学的に有意な改善がみられたことが、先週、報告された。多国籍SATURN試験から得られたこの最新の生存期間の結果は、サンフランシスコで開かれたWorld Conference on Lung Cancerで発表された。標準的な一次化学療法を行った後に、エルロチニブの投薬を無作為に割付けた患者群での平均全生存期間は12カ月であり、対してプラセボの投与を受けた患者群では11カ月であった。SATURN試験は進行した非小細胞肺癌の患者における維持療法のアプローチを検証するために最近行われている複数の試験のうちの一つである。

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齋藤 芳子、佐々木 了子 訳

関屋 昇(薬学)、榎本 裕(泌尿器科) 監修 

※枠囲記事:岡田 章代 訳/林 正樹(血液・腫瘍医/敬愛会中頭病院)監修 

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