KRAS標的薬MRTX1133が非臨床段階で膵臓がんに有望
膵臓がんは、治療抵抗性が高いことで知られる、急速に進行する疾患である。多くのがん種および膵臓がんのほとんどは、KRASと呼ばれる遺伝子の変異が引き金となることから、研究者らはこれまで、変異を生じた遺伝子によって作られる変異型KRASタンパクの作用を阻害する薬剤を探し求めてきた。
しかし、近年まで、変異型KRASタンパクの発がん促進作用を阻害する医薬品の開発は成功していなかった。
今回、マウスを用いた新たな研究の結果から、G12Dと呼ばれる特定のKRAS変異を有する膵臓がんを直接標的とする有望な治験薬が同定された。G12D変異は、膵臓がんでは最も多くみられ、膵臓がんと診断された患者の約35%に存在する。
MRTX1133と呼ばれる新規薬剤は、ヒトの疾患をかなり正確に再現したKPCと呼ばれる遺伝子改変マウスモデルを含め、KRAS G12D変異を有する複数のヒト膵臓がんマウスモデルにおいて、腫瘍を縮小または増殖を休止させた。NCIが助成した本研究の結果は、12月5日付のCancer Discovery誌に発表された。
MRTX1133は、これらの膵臓がんマウスモデルにおいて非常に有望な成績が得られた初めてのKRAS阻害薬であり標的治療薬であると、NCIがん研究センターのJi Luo博士(本研究には参加していない)は語る。
Luo博士は、「膵臓がんモデルでは最も再現性の高いとされる」KPCマウスにおける結果は、本剤がKRAS G12D変異型膵臓がん患者の腫瘍を縮小させる可能性があるのではないかと「慎重ながらも楽観的にみています」と語る。
「膵臓がんKPCマウスモデルは、これまでに検討したいずれの薬剤に対しても高い抵抗性を示し、ヒトにおける疾患にとてもよく似ています」と、本研究を共同で主導したペンシルバニア大学AbramsonがんセンターのBen Stanger医学博士は語る。
MRTX1133投与によって、KPCマウスの膵臓がんを対象に「複数の化合物を検討してきた10年間で、これまでにない程の腫瘍退縮が確認されました」と、Stanger博士は述べた。
投与によって、膵臓腫瘍への免疫細胞の進入が促進される
KRASタンパクは通常、オン・オフスイッチのような働きをする。ある種のシグナルに反応し活性化して、細胞の増殖および分裂を指示するが、シグナルが消失すると止まる。しかし、KRAS G12Dのような一部の変異型KRASは、増殖シグナルがない場合でも活性を維持し、無秩序な細胞増殖を引き起こす。
KRAS G12D変異は、膵臓がんでは3人に1人以上に、大腸がんでは約10人に1人に、そしてその他複数のがん種にも存在している。
KRAS G12Dに効率的に結合する化合物の開発は困難であると示されてきたが、MRTX1133の開発元であるMirati Therapeutics社の研究者らは、最近の研究で、本剤がKRASタンパクのG12D変異型の作用を特異的に阻害することを明らかにした。同研究では、本剤は、免疫不全マウスにヒト膵臓がん細胞を移植して作製したマウスモデルにおいて腫瘍を退縮させた。
重要な点は、ほとんどのヒトがそうであるように、今回の新たな研究で用いた膵臓がんモデルの免疫システムが正常なことであるとLuo博士は語る。このモデルには、KPCマウスだけでなく、実験室で培養されたマウス膵臓がん細胞を皮下または膵臓に移植して作製した腫瘍マウスも含まれていた。
KPCマウスは、正常な膵臓細胞ががん化し腫瘍が発生するように遺伝子が改変されているが、これは「既存のがん細胞をマウスに移植するのとは異なり、腫瘍が(ヒトにおいて)自然発生するような方法です」と、Stanger博士は説明する。
上記すべてのモデルにおいて、研究チームは、MRTX1133がKRAS G12D変異型膵臓腫瘍の増殖を阻害するばかりでなく、まだ完全には解明されていない間接的な効果によって、がん細胞の周囲の環境に変化をもたらすことを明らかにした。
膵臓がんの治療を難しくしている要因のひとつに、腫瘍細胞が自己の周囲にタンパクおよび非がん細胞のネットワークを隙間なく構築することが挙げられると、Stanger博士は説明する。このネットワークは、いわゆるがん微小環境と呼ばれるものの一部であり、腫瘍細胞の増殖および腫瘍細胞を攻撃する免疫系の能力減弱に一役買っている。
ある治療法が腫瘍細胞を極めて効果的に死滅させている場合、「がん微小環境に何らかのリモデリングをもたらすと同時に、微小環境の一部である免疫細胞に変化を生じさせていることが多いのです」とLuo博士は語った。
実際、Stanger博士のチームは、MRTX1133を投与してKRAS G12Dの活性を阻害すると、がん微小環境にいくつかの変化が生じることを発見した。最も注目すべき点は、MRTX1133による治療によって、「がんと戦う免疫細胞であるT細胞が腫瘍内へ進入できるようになる」点であるとStanger博士は述べた。「これはT細胞ががん細胞を認識できるようになることを意味するため」、この発見は心強いとStanger博士は説明した。
さらに、研究チームがマウスからT細胞を根絶させたところ、試験薬に対して腫瘍があまり縮小せず、治療を中止すると増殖スピードが一層速くなることが分かった。
免疫チェックポイント阻害薬とMRTX1133との併用を検討
上記結果は、MRTX1133は免疫系を味方につけて腫瘍を攻撃し、薬物の効果を増強することを示唆すると Luo博士は述べた。これは、T細胞によるがん細胞排除を促す免疫チェックポイント阻害薬と本剤とを併用することによって、一層の効果が得られることを意味している可能性があるとLuo博士は語る。
「一般に、膵臓がんでは免疫チェックポイント阻害薬は(単独では)十分に奏効しないため、これは素晴らしいことです」とLuo博士は述べた。MRTX1133によって、がんと戦うT細胞や他の免疫細胞が腫瘍内に進入できるようになれば、「免疫チェックポイント阻害薬が腫瘍中に入ってより効果的に作用するきっかけになります」とLuo博士は語る。
実際、次の計画として、研究チームは、マウスモデルを用いたMRTX1133と免疫療法との併用投与を検討するとStanger博士は述べた。
マウスを用いた研究では、G12Cと呼ばれるKRASの別種の変異型を阻害する薬剤を用いた同様の併用療法で有望な成績が示されている。さらに、非小細胞肺がん患者を対象に、KRAS G12C阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬との併用療法を検討する臨床試験が既に実施されていると、Luo医師は述べた。
攻撃困難ながんタンパクの標的化が進展中 がん研究において、KRASは極めて攻撃困難な標的のひとつである。しかし、この2年間で、KRAS G12C変異を有する非小細胞肺がんの治療薬として、ソトラシブ(製品名:ルマケラス)およびアダグラシブ(製品名:Krazati)という2種類の新薬が承認された。この変異は他のがん種では発現頻度が低く、膵臓がんのわずか約1~2%にしかみられない。それでも、研究者らは、KRAS G12C変異を有する他のがん患者を対象とした小規模臨床試験で、両剤の検討を開始した。 例えば、進行膵臓がん患者38人を対象とした試験では、ソトラシブ投与によって患者の約20%に腫瘍退縮が認められた。進行大腸がん患者を対象とした試験でも、アダグラシブ投与によって同様の結果が得られた。 |
KRAS阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬との併用がもたらす可能性のあるもう一つの利点は、これらの薬剤が「全く異なる機序で作用することです」とLuo博士は述べている。「ですから、これら治療戦略のいずれをも同時にすり抜けるような耐性が腫瘍に生じる可能性は低くなるわけです」。
しかし、MRTX1133の次の重要なステップは、膵臓がん患者を対象に単剤で試験を実施し、安全性を確認することだと、Luo博士もStanger博士も強調した。
「2023年には、本剤および各企業が開発している他のKRAS標的薬が臨床試験に進むと期待している」と、Stanger博士は述べた。
- 監訳 泉谷昌志(消化器内科、がん生物学/東京大学医学部附属病院)
- 翻訳担当者 菊池明美
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- 原文掲載日2023/01/12
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