糖尿病の診断が膵臓がんの早期発見に役立つ可能性
54歳のBob Aronsonは、息子のTomいわく「非常に健康」だった。
「だから年に一度の眼科の定期検査で、医師から糖尿病の疑いがあると言われた時には、誰もが驚きました」とTomは振り返る。
糖尿病と診断されたBobは通常の日常生活に戻ったが、毎日血糖を測定することになった。しかし、その眼科診のわずか1年後、転移性膵臓がんと診断され、9カ月後に死亡した。
Bobががんと診断をされた2005年ころ、新規発症糖尿病とも呼ばれる新たに診断された糖尿病と膵臓がんとの間に関連性があるかもしれない、と一部の医師たちの間で言われ始めていることをTomは耳にした。つまり、糖尿病の原因が、膵臓がんである可能性がまれにあるということだ。
Bobの家族は、彼の糖尿病の原因ががんであったかを知ることはできないが、「糖尿病になってすぐにがんの検査をしていたら、どうなっていただろうといつも考えているのです」とTomは述べた。
ここ数年で、新規発症糖尿病と膵臓がんとの関連を裏付けるエビデンスが蓄積されている。そして家族の希望は現実に近づいている。NCIが支援する数件の大規模試験では、糖尿病が生命に関わる問題の兆候である可能性を示す患者を見分ける方法を試している。この研究は、膵臓がんをより治療効果が期待できる早期に発見する目的で進められている、より大規模な研究の一環である。
「ここ5年ほどで、大きく進歩しています」。 「クリニックで検査を受けられる段階には至っていませんが、徐々に実現に近づいているのです」ダナファーバーがん研究所で膵臓がん早期発見プログラムを先導する公衆衛生学修士であるBrian Wolpin医師は述べた。
膵臓癌と糖尿病の相互リスク
膵臓がんは米国内で11番目に多いがんではあるが、がんによる死亡原因としては3番目に多い。乳がんや大腸がん、肺がんと違い、早期に発見するための検診が存在しない。
膵臓がんは80%以上の確率で、近くの組織まで浸潤したり、他の臓器に広がってから診断される。診断後の5年以上生存する膵臓がん患者は全体の約10%に過ぎない。しかし、がんが膵臓の外へ広がる前に診断された患者の約40%は5年後も生存しており、早期発見の重要性が強調される。
膵臓の重要な役割は、インスリンを分泌することである。このホルモンは、糖を細胞内へと移動させ、体内でエネルギーとして利用できるようにすることで、血中の糖の量をコントロールする。比較的まれな1型糖尿病では、免疫系がインスリンを産生する膵臓の細胞を攻撃し、破壊してしまう。
2型糖尿病は、米国人口の約10%が罹患しており、通常、体内で産生したインスリンを適切に利用できないことが原因である。45歳以上であること、糖尿病の家族歴があること、体重過多であることなどが2型糖尿病発症のリスクファクターとなる。
運動不足、人種、高血圧などの特定の健康問題も2型糖尿病の発症に影響する。
「長期にわたり糖尿病を罹患したまま生活することは、膵臓がんのリスク因子になることが知られています」と、多様な人々の膵臓がんのリスクについて長期研究を主導している南カリフォルニア大学のV. Wendy Setiawan博士は述べた。理由は完全には明らかになっていないが、平常よりも高いインスリンの血中濃度、高血糖、2型糖尿病による長期の炎症などいくつかのメカニズムが考えられると同博士は説明した。
しかし一部の人々は、糖尿病が長期的に膵臓にダメージを与えるのではなく、膵臓の問題が原因で糖尿病を急速に発症することがある。これらの問題には、慢性膵炎、膵のう胞性線維症、膵臓がんなどがあげられる。
「膵臓のダメージはどのようなものであっても、十分なインスリンを産生することができなくなる原因になります」とSetiawan博士は述べた。このダメージの結果、膵性糖尿病、あるいは3c型糖尿病とよばれるまれな種類の糖尿病になる可能性がある。
この種類の糖尿病は非常にまれなものであるとテキサス大学MDアンダーソンがんセンターのAnirban Maitra医学学士は説明した。「新たに糖尿病と診断される患者のうち99%を超える圧倒的大多数は普通の2型糖尿病です」と同氏は述べた。しかし残りの1%の膵性糖尿病は、膵臓がんにより引き起こされたものであるリスクがある。
恐ろしいことではあるが、この最後のシナリオはまれであり、推定ではがんによる新規発症糖尿病は100例のうち1例にも満たない。また膵臓がんと診断された患者のうち約4人に1人は最初に糖尿病と診断されている。
「それでは、一部はがんによるものかもしれない膵性糖尿病患者の小さな集団を見分けるには、どうすれば良いのでしょうか」Maitra博士は問いかけた。
最もリスクの高い患者をみつける
今のところ、その質問に対する良い答えはない。すべての新規発症糖尿病患者に膵臓の画像検査を行うと、画像にみられる異常所見ががんではなかった場合、あまりに多くの不必要な外科治療を追加で実施することになり、むしろ危害を加えるかもしれないとMDアンダーソンがんセンターのSuresh Chari医師は説明した。
不必要な手術や診断を受けることによる恐怖感などの危害を抑えながら、このようなまれな膵性糖尿病患者の発見を手助けするためにChari博士と Maitra博士は、NCIと国立糖尿病研究所および消化器・腎臓病研究所が資金提供している、新規発症糖尿病(NOD)研究と呼ばれる全国的規模のプロジェクトを主導している。
このプロジェクトには、新規発症糖尿病あるいは高血糖症(前糖尿病ともいう)10,000人の登録を進めており、今後膵臓がんの検査が必要になる可能性がある少数の患者を特定することができる血液検査を開発しようとしている、とMaitra博士は説明した。
「100人の新規発症糖尿病患者の中に、さらに精密検査や画像検査が必要な患者がいると知らせてくれるような、血液中のバイオマーカーを特定することができないものでしょうか」同博士は問いかけた。
Chari 博士とMaitra博士は10,000人の患者のうち、約85人が研究期間中に膵臓がんを発症すると推定している。
患者は最長3年間、定期的に血液サンプルを提供する。NOD研究者は、サンプルの中で後に膵臓がんを発症する患者としない患者との間で全く異なるタンパク質や他のバイオマーカーを探す。彼らは膵臓がんのリスクが高い新規発症糖尿病をみつけるために、今後利用できる血液中の特定のバイオマーカー群をみつけたいと望んでいる。
このようなマーカー群は「新規発症糖尿病患者が来院した際に、膵臓がんの追加の検査を受けるべきだという警告を促すことができる検査」の基礎として使用できる可能性があると、Maitra博士は述べた。このような検査によって、がんが膵臓を越えて広がるずっと前に特定されるようになることが理想である。
「長く待たされれば待たされるほど膵臓がんの臨床診断に近づき、早期発見の絶好の機会が失われていくのです」とMaitra博士は述べた。
最もリスクの高い患者を対象とした試験
15年以上前のBob Aronsonの診断以来、研究者はいくつかの臨床上の因子、特に膵臓がんのリスクが高い新規発症糖尿病患者の集団を特定するのにも利用できる可能性があることを認識するようになった。
同時に認められる傾向がある3つの重要な違いによって、このようなリスクの高い患者をほかの新規発症糖尿病患者と区別することができるとMaitra博士は述べた。「一つは年齢です」。膵臓がんの影響により糖尿病を発症した患者は年齢が高い傾向があると同博士は説明した。
「二つ目は、がんによる糖尿病の患者では血糖値が急速に上昇する傾向があること、そして三つ目は体重減少です」「通常、2型糖尿病では糖尿病になると患者の体重は増加します」とMaitra博士は説明した。膵臓がんによる糖尿病の患者は糖尿病の診断前後に予想外の体重減少を経験する可能性がある。
2018年、Chari博士らはこれらの3つの臨床上のリスク因子を提言した。Enriching New-Onset Diabetes for Pancreatic Cancer (ENDPAC) score(訳者注:膵臓がんによる新規発症糖尿病を増加させるリスクスコア)と呼ばれ、血液検査が開発されるまでは、追加検査が必要な患者を特定するのに有益である。
まもなく、このアイデアを試したいと希望するあるグループがみつかった。
「もしENDPACスコアが高い新規発症糖尿病患者が実際に膵臓がんになりやすいのであれば、提言団体として私たちは『今、このような患者を救うことができるのか』ということに関心があります」と、膵臓がんアクションネットワーク(PanCAN)科学主任責任者 Lynn Matrisian博士は述べた。
PanCANでは最近、NCIおよびシアトルのフレッドハッチンソンがん研究センターと協力し、膵臓がん早期発見計画(Early Detection Initiative [EDI] for Pancreatic Cancer)を進めている。この取り組みでは、ENDPAC スコアが高いことだけを基に腹部CTを受けるように紹介した患者が、不必要な追加処置、不安、過剰診断を最小限に抑えながら、早期の膵臓がんを発見できるかを検証している。(過剰診断とは、症状を起こすことのないがんが発見され、不必要な診断処置や治療に至る可能性があることを意味する。)
EDIの一環としてCT画像は保管される。この資料は膵臓がんの画像処理を向上させるための、人工知能を基にした方法を用いた将来の研究に使用できる可能性があるとPanCAN’s科学イニシアチブ責任者 Eva Shrader氏 は説明した。
さらにEDIは患者の血液サンプルをNOD研究へ提供している。「私たちは主に臨床上の疑問に答えたいと思っているのです。ENDPACスコアが高い患者の早期発見に画像診断は有効でしょうか」とMatrisian博士は述べた。
糖尿病以外のリスク
糖尿病に加えて、膵臓がんの家族歴や膵のう胞など他にも膵臓がんのリスク因子が立証されているとWolpin博士は説明した。米国内で膵臓がんを発症する患者は毎年およそ60,000人いるが、その大多数は既知のリスク因子を知らない。
「研究は、早期に発見できれば膵臓がんの生存率は何倍にも向上させることができることを示唆しています」NCIがん予防部門(DCP)のSudhir Srivastava博士は述べた。2016年以来、DCPの膵臓がん検出コンソーシアム(PCDC)は、これまで実現できないと考えられていたもの、すなわち膵臓がんのリスクが高いとされていない患者でも膵臓がんの早期発見ができるような検査を開発するために、研究チームに資金提供してきた。
一般の集団で、早期の膵臓がんを見分ける血液検査を開発するには、多くの困難に直面するとWolpin博士は説明した。その一つは、膵臓がん患者のおよそ80%が末期に診断されているので、大規模に膵臓がん患者から採取した血液サンプルは、病状が進行した生物学的所見を反映しているということである。
早期の膵臓がん患者から採取した血液サンプルはまれであると同博士は付け加えた。そのため、同博士らは米国内のがんセンターと協力して、新たに診断された早期膵臓がん患者から血液を採取している。
「この方法でより多くの患者さんを把握することができます」「PCDCの組織のおかげで、協働して取り組むことができるのです」と同博士は述べた。
PCDCは、膵臓がんの家族歴を持つ患者や膵のう胞を持つ患者など、膵臓がんのリスクが高い患者の大きなグループを長い時間をかけて追跡し、定期的に血液および組織を採取している。
「不幸なことに、この患者の中には将来的に膵臓がんと診断される人もいます」「そうなった場合、がんと診断を受ける前、つまり症状が出る前に採取したサンプルが実際にバンクにあることになります」とWolpin博士は述べた。
そのようなサンプルで、一般の集団を対象とした膵臓がんのスクリーニング検査の基礎を形成するようなマーカーを特定できる可能性がある。
すでに、そのような可能性を支持するエビデンスがいくつか出ている。最近の関連するプロジェクトで通常膵臓がん治療の反応を追跡するために用いる、CA19-9というタンパク質の濃度の変化が、診断前、後に膵臓がんを発症した患者の血液サンプル中にみられることがわかった。
しかしCA19-9だけでは、膵臓がんを発症したすべての患者を特定するのには感度が低かった。Wolpin博士のチームは現在、膵臓がん診断前に同様の変化を示す他の血液中のマーカーを探している。
いつかは膵臓がんを検出する血液中のマーカーを、多種類のがんを同時に検査する全がんスクリーニングテスト(pan-cancer screening tests)に組み込むことができるかもしれないと説明した。
他のPCDCチームは、早期発見に役立つ可能性がある血液中の別のタンパク質や別のマーカーの他の組み合わせ、および膵臓の画像処理を向上させる方法を調べている。医師がより小さな腫瘍を探すことになれば、従来のCTスキャンではますます確認が困難になるとChari博士は説明した。
研究者は、1ミリほどの小さな腫瘍を可視化できる超音波や、膵がん細胞が特異的に発現するタンパク質に的を絞るPET画像など、腫瘍細胞の小さな病巣をみつけ出すことができる可能性がある別の方法を研究している。すべてのプロジェクトには、組織を越えて連携を求めた多くの専門分野にわたるチームが参加している。
「膵臓がんの早期発見は、協力が欠かせない分野です」「科学者は自分の研究室で一人で働いていて、互いに話もしないと思われていることがあるようですが、特にこの分野ではまったく違います。PCDC、NODコホート、早期発見研究ネットワーク(Early Detection Research Network )はこの困難な問題を解決するために、大規模な共同事業体が実際に協力した良い例です」Wolpin博士は述べた。「膵臓がんは早期に発見できないので、非常に致死的です」「だからこそ、今行われているすべての研究にワクワクしています。将来、膵臓がんに罹患した多くの患者さんがステージ4で診断されることのないよう、そして患者さんや家族が希望を持てるようになることを願っています」とTom Aronsonは語った。
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