捕らえにくい膵臓がんのKRAS標的を阻止する方法を発見

膵臓がん患者の95%で腫瘍増殖を促進する遺伝子変異を間接的に阻止する方法が、3件の独立した研究によって示唆された。

KRAS遺伝子変異は、がん研究で最もとらえどころのない標的の1つであることがわかっている。

現時点で(変異したKRAS遺伝子から作られた)異常KRASタンパク質を直接標的とする承認薬はない。同タンパク質と相互作用するタンパク質を阻害することで間接的にKRASを標的にする薬剤はあるが、臨床試験で膵臓がんに対する有効性は示されなかった。

しかし、今回の新しい研究において、研究者らは、KRASと相互作用するタンパク質の働きを阻害する薬により、がん細胞がオートファジーと呼ばれるエネルギー産生方法に依存せざるを得なくなることを発見した。さらに、間接的にKRASを標的にする薬剤とオートファジーを阻害する薬剤を組み合わせたところ、マウスにおいて膵臓がん腫瘍が縮小したことが確認された。

「ひとつの薬剤で叩いても、がん細胞は適応できてしまいます。がん細胞に逃げられる可能性を減らすため、同時に2つの薬剤で叩くのです」と、臨床研究の1つでリーダーを務めるUNC Lineberger総合がんセンターのChanning Der博士は述べた。

この発見により、膵臓がん患者で同併用療法の効果を調べる臨床試験が2件行われることになった。1件についてはすでに参加者を募集しており、もう1件は近い将来に開始される予定である。

KRAS遺伝子変異は大腸がんの一部や肺がんをはじめとした全がん種の30%近くで確認されている。そのため、この治療法は多くの患者に適用可能かもしれないと、ニュージャージー州Rutgersがん研究所のEileen White博士は話した。同氏は、これら臨床試験のベースとなった重要な発見をした人物である。

KRASを間接的に阻害する薬は一部のがん種に対して効果的だが、ほとんどの場合、最終的にはがんが再燃してしまう。

「安価で忍容性が高い薬と併用できれば— 」研究で使用されたオートファジー阻害薬に言及して同氏はこう話した。「かつ、患者の一部で長期的に奏効させることができれば、大きな成果になるでしょう」。

KRASがとらえにくい理由とは

KRASが、がん治療における重要な標的と特定されたのは数十年前になるが、これまでずっと「創薬が困難な」タンパク質と考えられてきた。その理由は、KRASタンパク質には、小分子薬が結合して機能を阻害するための明らかな部位が欠如しているからだ。

しかし、複数の研究者(NCIが資金提供するRAS Initiative研究に参加する研究者らを含む)が異常RASタンパク質を標的にするという目標に向かって前進を続けている今、(創薬が困難だという)見方が変わりつつある。

違うアプローチとして、KRASが相互作用するタンパク質を標的とする方法もあった。異常KRASは継続的な増殖シグナルを出し、それがシグナル伝達経路と呼ばれる一種の連鎖反応でタンパク質からタンパク質へと伝達される。

KRASは6つ以上のシグナル伝達経路の出発点になっているが、そのうちの1つが阻害されても、他の5つがその分を穴埋めしたり回り道をつくることができると、臨床試験の1つで主任研究者を務める米国国立がん研究所がん研究センターのJi Luo博士は説明した。

1つのKRASシグナル伝達経路を阻害する薬物が、がん細胞の増殖を遅らせることはできても、通常は死滅させることができないのはこういう理由かもしれない、とユタ大学のHuntsmanがん研究所のMartin McMahon博士は述べた。

代わりに、研究者らは、KRASシグナル伝達経路と他の関連経路における複数の弱点を同時に叩く複合的な方法に目を向けた。

今回の研究は「このコンセプトの重要性を確立する一助となる大きな前進である」とWhite博士は述べた。

異常KRASがんにおける弱点の特定

最も効果的な組み合わせを特定するため、Luo博士のチームは、特定のタンパク質(siRNA)の産生を抑制する、実験室で作られた小さなRNA分子を組み合わせて、一度に複数のタンパク質を標的とする新しい戦略を考案した。

研究チームは、6つのKRASシグナル伝達経路に加えて、オートファジー経路等の、異常KRASからのストレスにもかかわらず細胞が生き残れるように助ける経路でタンパク質を阻害した。400近いタンパク質の組み合わせの効果が正常なヒト細胞とヒトのKRAS変異型の膵臓がん・大腸がん細胞で試験された。

最終的に、健康な細胞に害を与えずにがん細胞を死滅させる最適な組み合わせが発見された。それは、MAPK経路として知られるRASシグナル伝達経路においてオートファジータンパク質と2つのタンパク質を標的にする組み合わせである。

そして研究者らは、オートファジー経路を排除することで、KRAS変異がん細胞がトラメチニブ(メキニスト)による治療に対してより敏感になったことを示した。トラメチニブはMAPK経路のタンパク質を阻害する薬である。

2月1日にProceedings of the National Academy of Science誌に発表されたこの研究は、Luo博士の研究室とNCIのRAS Initiative研究との長年にわたる協業の一部として行われたものだった。

膵臓がん細胞はエネルギーを得るためにオートファジーを必要とする

Der博士らは、複数の別の方法を用いても同様の結論に達した。Nature Medicine誌に3月4日に発表された彼らの研究では、膵臓腫瘍で一般的に観察される高レベルのオートファジーが異常KRASに起因するものかを調べた。

驚くことに、KRAS変異型膵臓がん細胞において、KRASまたはMAPK経路の阻害は、他のエネルギー産生経路を遅らせ、オートファジーを速めることがわかった。

研究チームは、エネルギー産生のこの混乱が膵臓がん細胞のオートファジー依存を高め、それによって、オートファジーを標的にする薬に対する脆弱性を高めるかもしれないと推測した。

そこで着目したのがヒドロキシクロロキンと呼ばれるオートファジー阻害剤と、MAPK経路のタンパク質を阻害する薬剤だった。KRAS変異型ヒト膵臓腫瘍を移植したマウスでは、両方の薬を併用した治療は、どちらかの単剤による治療と比較して、腫瘍の成長を遅らせ、生存期間を延長した。

そのうえ、併用は相乗的だった。つまり、2つの薬のそれぞれの効果を単純に足すよりも大きい効果が認められた。

他のがん種や最初の患者におけるエビデンス

McMahon博士のチームは、この方法を裏付けするためにエビデンスを増やし、さらに仮説を前に進めた。この知見はNature Medicine誌3月4日号にも掲載された。

研究者らは、ヒドロキシクロロキンとトラメチニブの組み合わせがマウスのKRAS変異型膵臓腫瘍をほぼ完全に死滅させたことを発見したのだ。

それだけでなく、二剤併用療法は、別のRAS遺伝子やMAPK経路のタンパク質の遺伝子に変異を有する悪性黒色腫や大腸癌のマウスモデルにおいても腫瘍を縮小させた。

マウスで治療を行った際に認められた明らかな副作用は発疹と脱毛だけだった。いずれも、ヒドロキシクロロキンを減量すると軽減した。

これらの実験を実験室で行っている間もHuntsmanがん研究所の研究員であるConan Kinsey医学博士は転移膵臓がんが再燃したとみられる患者を診ていた。この患者は、手術と数種類の化学療法を受けていて、治療の選択肢を使い果たしていた。

ヒドロキシクロロキンとトラメチニブは、それぞれ、マラリアとメラノーマの治療のために食品医薬品局から承認されている。

倫理ガイドラインに則り、Kinsey医学博士はその患者に対し、コンパッショネート・ユースとトラメチニブとヒドロキシクロロキンによる適応外治療を提案し、患者は受け入れた。

2ヵ月以内に、この患者において、膵臓がんのマーカーであるCA 19-9の血中濃度が95%低下した。4ヵ月後、体内のがんの量が50%減少した。

「これは膵臓がんにとって、大変めざましい効果です」とMcMahon博士は述べた。

この治療で、患者に疲労と皮疹が発現した。この薬剤に関連した副作用を研究者らが注意深く観察したが、他には認められなかった。

患者は最終的に膵臓がんの合併症で死亡したが「治療の選択肢をすべて使い切った時点から6~7ケ月の間、質の高い生活を送りました」とマクマホン博士は述べた。

慎重な楽観主義で前進する

この新しい方法に対して3つのチームすべてが期待を表明しているが、実際の効果がわかるまでにはまだ長い道のりがあると警告もした。

たとえば、Luo博士は、彼のチームが試験したKRAS変異がん細胞株のうち、MAPKとオートファジー経路の組み合わせによる抑制に敏感だったのは一部の細胞株だけであることを指摘した。

しかし、これまでの結果をふまえて、ヒドロキシクロロキンとトラメチニブの併用が一部の膵臓がん患者にとって有効な治療法になることを期待しているとMcMahon博士は述べた。

McMathon博士のチームは、臨床試験参加者の腫瘍を分析して、どのような人が治療に奏効する可能性が高いか、生物学的特徴を特定しようと計画している。そのような分析がこのアプローチを改善するための方法を明らかにするかもしれないという。

翻訳担当者 関口百合

監修 畑 啓昭(消化器外科/京都医療センター)

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