前がん病変治療でHIV感染者の肛門がんリスクが低下
HIV感染者を対象とした大規模臨床試験から、肛門の前がん病変である高度扁平上皮内病変(high-grade squamous intraepithelial lesions:HSIL)の治療により、肛門がんの発症率が半分以下に減少することが明らかになった。
肛門がん/HSIL転帰調査(the Anal Cancer/HSIL Outcomes Research:ANCHOR)試験の結果は、New England Journal of Medicine誌6月16日号に掲載された。ANCHOR試験は、米国国立衛生研究所の一機関である米国国立がん研究所(NCI)の資金提供を受けた。
「このたび、HIV感染者という非常にリスクの高い人々において、肛門HSILの治療が肛門がんの発生を抑制する効果があることを初めて明らかにしました」とJoel Palefsky医師(カリフォルニア大学サンフランシスコ校、ANCHOR試験を主導)は述べた。
「ANCHOR試験は高度扁平上皮内病変(HSIL)の治療が HIV肛門がんのリスクを低減することを示すことで、HIV感染者における肛門HSIL検診の科学的根拠にもなっています」とRobert Yarchoan医師(NCI HIV・AIDS悪性腫瘍局長)は述べた。ANCHOR試験は、NCIが支援するAIDS悪性腫瘍コンソーシアムを通じて実施された。
肛門がんは一般集団では比較的まれだが、HIV感染者の間では4番目に多いがんである。肛門がんの発生率は、HIV男性との性交渉歴があるHIV感染男性では10万人あたり89人、HIV感染女性では10万人あたり18.6~35.6人と推定される。一方、一般集団における肛門がんの発生率は、10万人あたり1.6人である。
肛門がんのほぼすべては、肛門細胞が発がん性ヒトパピローマウイルス(HPV)に感染することで生じる。免疫系がその感染を撃退しなければ、感染が長引くことで、細胞の異常が進行し、最終的には高度扁平上皮内病変(HSIL)、そして、症例によっては肛門がんに進行する可能性がある。このような進行は、同じくHPVが原因の子宮頸がんで認められるものと同様である。
HPVワクチン接種は新たな肛門HPV感染を予防できるが、肛門高度扁平上皮内病変(HSIL)の検診と治療の指針となる、科学的根拠に基づく推奨事項は現在のところ存在しない。
HPV検査やパップ テストによる子宮頸がんの定期検診と子宮頸部HSILの切除は、子宮頸がんの発症の多くを予防することが示されている。しかし、検診で発見された肛門HSILの治療が同様に肛門がんを予防できるかどうかは、これまで不明であった。また、肛門HSILの治療は子宮頸部HSILの治療と比較して難易度が高く、再発も多い。
ANCHOR試験は、肛門HSILの治療がHSILの肛門がんへの進行の抑制を目的とする安全かつ有効な治療戦略であるかどうかを調べる、最初のランダム化比較試験である。
全米25施設で実施された第3相試験では、35歳以上のHIV感染者10,723人が高解像度肛門鏡検査(肛門・直腸の内壁を調べる検査)によるHSIL検診を受けた。このうち、4,459人がHSILと診断された。次に、HSIL患者は、治療群と無治療の積極的監視(現行標準治療)群にランダムに割り付けられた。治療群のほとんどの患者は診察室で電気メス切除(電流による熱で異常組織を破壊するために使用される術式)を受けた。
中央値で2年強の追跡調査の後、積極的監視群では21人が肛門がんと診断された一方、治療群では9人で、57%減少した。治療群の副作用の大半は疼痛や出血などの軽度なものであった。
「このデータは、35歳以上のHIV感染者の標準治療として、肛門HSILの治療を裏付けるものです」とPalefsky氏は述べた。
ANCHOR試験の結果はHIV感染者における高度扁平上皮内病変(HSIL)検診の推奨につながる可能性もあり、また、肛門がんのリスクは低いとはいえ増大している他の集団(例.男性との性交渉歴があるHIV陰性男性、他のHPV関連前がん病変やがんの病歴がある女性、臓器移植やその他の理由で免疫抑制状態にある人)に対する標準治療を変更する可能性もあるとPalefsky氏は指摘した。
ANCHOR試験に参加した臨床医は、高解像度肛門鏡検査とHSILの治療について十分な訓練を受けていたとPalefsky氏らは指摘し、「訓練と臨床的支援が不十分な臨床医によって高解像度肛門鏡検査と治療が行われた場合には、ANCHOR試験の結果は再現されないかもしれません」と記した。
「ANCHOR試験の結果は、臨床医に対するさらなる訓練の必要性、および、HSILの検診と治療に対する効果的な手法に関するさらなる研究の必要性を強調するものです」とPalefsky氏は述べた。
「治療により肛門がんの発生が統計学的に有意に減少したとはいえ、すべてのがんの発生を予防したわけではありません。このことは、たとえ治療を受けたとしても、肛門HSILを発症した人全員に対する継続的な追跡調査の必要性、および、使用する治療法を改良する必要性を示唆しています」とPalefsky氏は指摘した。
「ANCHOR試験における次の段階として、試験参加患者由来組織検体のバイオレポジトリーが開発されました」とPalefsky氏は述べた。こうした組織検体を解析し、高度扁平上皮内病変(HSIL)検診対象者のバイオマーカー候補の特定を促し、かつ、HSILが肛門がんに進行する生物学的背景を調査することになる。
「ANCHOR試験は、肛門がんに関する確かで豊富な情報をもたらすことになります」とYarchoan氏は述べた。
参考文献
Palefsky JM, Lee JY, Jay N, et al. Treatment of Anal High-Grade Squamous Intraepithelial Lesions to Prevent Anal Cancer. NEJM 2022 June 16. DOI: 10.1056/NEJMoa2201048.
日本語記事監修 :中村能章(消化管悪性腫瘍/国立がん研究センター東病院)
翻訳担当者 渡邊 岳
原文掲載日
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