「アスピリンによりがん患者の生存率が2倍に」と結論するのは時期尚早

英国医療サービス(NHS)

「アスピリンでがん患者の生存率が2倍近くになる可能性がある」とDaily Mail紙が報じ、さらに多くの新聞も同様の主張を掲載した。

Daily Mail紙は次のように伝えた。「大腸がん、胃がん、咽頭がんの患者の4分の3が5年後も生存していた。アスピリンは『特効薬』であり、がんとの診断があればただちに処方するべきである」。

残念ながら、同紙に掲載された主張は、ある専門家会議で発表された研究の抄録とプレスリリースだけに基づいたものである。つまり、報道された結果や結論は中立な立場の専門家によって検証される予定もなければ、このような研究を正しく評価する情報もまったく存在していない。そのため、同研究結果は注意してみる必要がる。

これらの報道に対して疑問が深まるのは、主張を組み立てるのに使われた情報源の間に明らかな矛盾が存在しているためだ。たとえば、現時点で入手可能な情報では検証できない生存に関する数字が含まれていたりする。

また、はっきりさせておく必要があるのは、今回のようなタイプの研究ではアスピリンそのものが消化器がんの患者の生存率を改善したかどうかを検証することは不可能であるということである。

こうした注意事項を踏まえた上ではあるが、さらに詳しい情報が公表されれば、今回の研究によりアスピリンが、がん患者の生存期間の延長を目的とした安価で入手の容易な薬となる可能性はある。

しかしながら、今回の研究でアスピリンの服用が、がんの予防になることが示されたわけではないということに留意してほしい。さらに、アスピリンを常用すると内出血といった副作用の危険性も生じる。アスピリンの有用性をはっきりさせるには、がん患者の生存に対する効果がこうしたリスクを上回ることを確認する必要があるだろう。

研究の出典

今回の報道は2015年の欧州がん会議(The European Cancer Congress)で発表が予定されていた研究の抄録や付随して公表されたプレスリリースに基づいてなされた。

同会議は革新的ながん研究について発表する欧州最大の国際会議であり、臨床医療を変える発表の場であるとの呼び声が高い。

今回発表された研究は、オランダのライデン大学のメディカルセンターとその他の腫瘍学関連の研究センター所属の研究者グループによるものである。研究者らによると利益相反はないとのことである。

しかし、新聞報道は現時点で得られる限られた情報、しかも論文として公表されていない研究に基づく情報を強調することによって利益を得ていると言えよう。

研究の種類

今回の研究は後ろ向きのコホート研究で、消化管(口腔、食道などから直腸まで)のがん患者のがんに関連する記録を過去にさかのぼって調べたほか、診断後のアスピリンの服用状況がどのようであったか、またそれが生存率とどう関係しているかを調査している。

アスピリンとがんに対する予防効果および治療効果との間に関連があることは、以前の研究から示唆されていた。しかし、アスピリンにこうした効果をもたらしうる生物学的なメカニズムについては議論が絶えない。また、従来の研究が腸管のがんだけに焦点を当てていた一方で、今回の研究は消化管のすべてのがんを対象にしている。

今回の研究は後ろ向きの観察研究であり、アスピリンを服用する人とそうでない人を無作為に振り分けて比較する前向きの試験ではないため、アスピリンが生存率の違いを生んだ要因であると判定することはできない。

しかしながら、同研究について入手可能な情報は今のところ、会議の抄録がすべてであり、研究の完全な報告が査読付きの学術誌でなされるまでは、研究のデザインや手法、研究の意味するところについて十分に批評することはできない。

研究内容

研究者らによると、地域住民を対象とした「アイントホーフェンがん登録(Eindhoven Cancer Registry)」を利用して、1998年から2011年までに消化管のがんと診断された住民をすべて特定したという。その後、そうした人々をPHARMO データベースネットワークから得た調剤記録と関連させて、がんと診断された後にアスピリンを使用していたかどうかを特定した。

研究者らは、こうした人々がそれぞれ特定の期間にアスピリンを服用していたか、またはそうでなかったのかについて言及している。また、同集団の全生存率を通常の集団の期待生存率と比較している。

結果

同研究では、13,715人の消化管がん患者が対象となった。そのうち3分の1弱の患者が、がんと診断される以前にアスピリンを服用しており、3分の2弱の患者が全期間でアスピリンを服用しておらず、10分の1弱の患者が、がんと診断された後にアスピリンを服用していた。

分析は全期間で服用しなかった患者と、診断後に服用した患者との比較だけに絞られていた。対象の全集団で多数を占めていたのは腸管のがん患者と直腸がん患者で、残りの10%の患者は食道がんに罹患していた。

抄録によると、全患者の平均経過観察期間は2年強である。研究者らは5年生存率を56%と報告しているが、アスピリンの使用者と不使用者との間でどのような違いがみられるのかについては報告がない。相対生存率についての詳しい情報は会議で発表するとしている。

関連のプレスリリースにはもう少し詳しい情報が掲載されているものの、抄録に含まれる情報との矛盾がみられる。

プレスリリースの中で研究者らは次のように述べている。「[平均の]経過観察期間は全患者で48.6カ月で、生存期間が5年以上の患者は28%であった。がんと診断された後にアスピリンを服用していた患者では、同じ状況でアスピリンを服用していなかった患者に比べ生存率が2倍高かった」。

「アスピリン服用による生存率への有用な効果は[消化管の]腫瘍を持つ患者集団で確認された。この比較にあたっては、性別や年齢、がんの病期、手術や放射線療法の有無、化学療法歴、その他の医学的状態または疾患などの潜在的な交絡因子に対して調整を行った」。

結果の解釈

研究者らの結論はこうだ。「消化器がんと診断された後にアスピリンの服用を開始したことと、高い全生存率および高い相対生存率との間には関連がある」。

結論

2015年の欧州がん会議で発表されている今回の大規模な観察研究は、公式のデータを利用し、消化器がんと診断された後にアスピリンを使用したことが地域住民の生存率に影響を与えたかどうか調査した。

研究の結果が会議の短い抄録とプレスリリースからでしか得られないことと、これらの間に明らかな矛盾がみられることから、この結果をさらに詳しく評価、解釈することはできない。同研究の強みや限界について理解するためには、査読付きの学術誌での発表が求められる。

大きな限界は、同研究が観察研究でしかないという点だ。しかし抄録によれば、研究の規模は大きく、また潜在的な交絡因子を考慮しているものと思われる。とはいえ、生存に対するどんな効果であれ、それをアスピリンの服用に付随する他の因子ではなく、アスピリンそのものの作用であると判定するのは困難だと言えよう。

ランダム化対照試験であれば、新規にがんと診断された患者を、アスピリンを服用する群と服用しない群とに無作為に分けることで、試験集団内にみられるさまざまな差異による影響を少なくすることも、またより高い信頼性を持ってアスピリンの直接の効果を判定することも可能である。

研究者らによると、高齢の大腸がん患者を、毎日アスピリンを服用する群とプラセボを服用する群とに分けて行うランダム化試験がオランダで実施中であるという。この試験によって、アスピリンの服用による利益について、より説得力のあるエビデンスが得られるかもしれない。

責任研究者のFrouws医師は、もし今回の研究が正しければ、「アスピリンが安価で比較的副作用の少ない薬であることを考えると、患者のみならず医療システムにも大きな影響を与えるでしょう」と言う。

欧州がん学会(ECCO)の科学共同議長であるPeter Naredi教授は、今回の研究には関与していないものの、プレスリリースで次のように述べている。「アスピリンの頻繁な服用は集団内の[大腸]がんの発症を何例か予防しうるという、確かな証拠が得られています・・・アスピリンの有用性を支持するデータをさらに蓄積していけば、がん診断後のアスピリンの服用を広く医療の現場で勧めていくことを検討する必要が出てくるでしょう」。

がんに対するアスピリンのエビデンスが有望なようであっても、こうしたエビデンスすべてが論文化されていないという現状を鑑みれば、アスピリンを消化器がん患者の生存を改善する「特効薬」とするのは時期尚早である。
Analysis by Bazian. Edited by NHS Choices. Follow NHS Choices on Twitter. Join the Healthy Evidence forum.

【キャプション】アスピリンは有効な薬だが、がんに対する治療効果はまだ実証されていない。

翻訳担当者 筧 貴行 訳

監修 辻村信一(獣医学・農学博士、メディカルライター/メディア総合研究所)監修 

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