胃がんの遺伝的リスクがある人の予防的胃切除術の影響は長期に及ぶ

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

ある若い女性にとって、その診断を受けたことで「悲しみ、不安、恐怖 」がつきまとった。別の一人は、「毎日(そのことを)考えたわけではないと言えば嘘になる 」と記している。

二人とも、死亡率の高いタイプの胃がんを発症するリスクが非常に高い遺伝子変異を受け継いでいることがわかった時の心境について語っている。そして、二人ともに、胃を外科的に切除することで、本質的に発症リスクをなくすという難しい決断を下した。

彼女らのように、胃全摘術と呼ばれる予防手術を受けた人は、自分たちはその手術で命拾いをしたと受け止めている。また、胃なしでも充実した生活を送れることを学んだ。

今回、この種の研究としてはもっとも大規模な研究の結果から、胃全摘手術を受けることを選択した人々にその手術が与える影響がより明らかになった。胃全摘手術は、長期的には有害な結果をもたらし、術後数回の検診を受けるだけでなく、管理のためさらなるサポートが必要になる可能性がある。

本研究は、遺伝性びまん性胃がん(CDH1と呼ばれる遺伝子の変異によって引き起こされる致死率の高い胃がん)を予防するために、NIH臨床センターで胃全摘術を受けた126人を対象とした。研究者らは、この遺伝子の有害な変異がある参加者の約半数を、手術後も2年以上追跡調査した。

Journal of Clinical Oncology誌に最近発表された調査結果によると、術後2年以上追跡調査された参加者の90%以上が、この期間に1つ以上の慢性合併症を経験し、約4分の1はその合併症が人生を左右するものであったと答えた。

「われわれは、がんを予防し、人々を助けるためにこの『手術』をします」と、本研究の主任研究員Jeremy Davis医師(NCIがん研究センター)は言う。「患者はクリニックに戻り、大丈夫だと言いますが、少し一緒に座っているだけで、いろいろな問題がみえてきます。例えば、家族との関係とか、症状のために仕事を1日やり切ることができないといったことです」。

胃の摘出手術を受けた患者と話をすればするほど、その手術が患者の人生に与える影響について知ることができた、とDavis医師は説明する。そして、その情報は、手術が無事に終わると以後は患者と会わないことが多い外科医にとっては驚くべきことかもしれない、と彼は続けた。

今回のような長期観察研究は、臨床試験とは異なる種類および質の情報を提供することを目的としている、とDavis医師は述べた。この研究結果を利用することで、臨床医は胃全摘術を検討している人に対して、術式や短期的な回復についてだけでなく、長期的に生活にどのような影響を与えるかについても、より適切なアドバイスをすることができる。

このような情報が得られることで、医師は、胃切除による長期的な影響について患者を支援できる医療専門家のチームを編成することができる。また、新たな経過観察の選択肢や予防的治療法が出現すれば、遺伝性びまん性胃がんのリスクがあり、胃切除を検討している人々は、あらゆる選択肢の潜在的な有害性と有益性を比較検討することができる。

「『手術』は、人生を変えるかもしれないのではなく、人生を変えるのです」とDavis医師は強調した。今、外科医は、「この手術の本当の影響について、患者ともっと慎重に話し合ってもよい 」と同医師は言う。

スローンケタリングがん記念センターのDaniel Coit医師は、高リスクのCDH1遺伝子変異がある人々に対する現在の治療ガイドラインの作成に貢献したが、この研究には関与していない。

Coit医師は、今回の研究と結果は 「非常に重要である 」と述べた。

「マイノリティ・リポート」的胃がん診断

2002年に公開された映画『マイノリティ・リポート』は、警察が犯罪予測技術を持ち、「犯罪予備軍 」を逮捕できるようになった近未来を描いている。今日、現実の世界では、遺伝子検査によって、がんリスクが非常に高い人を特定し、がんが発症する前に予防的な治療を行うことができる。

このような予防措置の最もよく知られた例のひとつが、BRCA1BRCA2、または乳がん発症のリスクを劇的に増加させる他の特定の遺伝子の有害な変異体を受け継いでいる人に対する予防的乳房切除術である。

同様に、CDH1に特定の遺伝的変化がある人は胃がんを発症する可能性が高く、予防的胃切除を選択することができる。このような人々には現在、胃切除が推奨されている。なぜなら、一般的なタイプの胃がんは腫瘍が一つ生じる場合が多いが、この遺伝性のタイプの胃がんは通常、胃を包む組織全体に広がるからである。このような増殖パターンの結果、がんは通常、体の他の部分に広がるまで発見されない。

Davis医師によれば、危険なCDH1変異体がある人は、生涯に胃がんを発症する確率が約40%である。一方で、その数字が80%に達するという研究もある。胃がんと診断された人のうち、5年後に生存しているのは3分の1程度である。

同医師は「そのことが、胃の摘出を考えるきっかけになる」と言う。

多くの人が想像するとおり、胃切除は複雑で、食道と小腸を再結合させる必要がある。胃がなければ、患者は食事の量や回数を変更しなければならず、ほとんどの場合、ある種の栄養成分をを生涯にわたって補充する必要がある。

胃全摘術後の短期経過観察の先へ

今回の研究における胃全摘術の短期的影響に関する患者の報告は、過去の報告と一致していた。その中には、食道と腸が外科的に接続された部分からの漏出、出血、感染症などの管理可能な外科的合併症が含まれており、これらはすべて治療可能であった。ほぼすべての患者が最初の1年以内に体重が減少したが、これは術後に食事制限が必要であることから予想された結果である。

しかし、これまで、胃全摘術が生涯にわたって患者にどのような影響を与えるかを理解するために、「綿密かつ体系的な方法」で患者を追跡調査した研究はなかった、とCoit医師は述べた。

研究参加者の約半数(126人中68人)は、手術から2年以上経過していた。包括的な臨床アンケートとこれらの参加者との1対1の面談を行った結果、Davis医師らは、胃切除後の長期的な問題がその患者グループで非常に多く認められることを発見した。

「手術は安全に行えますが、1年後、2年後、人々は日常生活に支障をきたすような結果に直面しているのです」。

胃全摘術の長期的(慢性的)結果

全体として、手術から少なくとも2年以上経過した患者の94%が、食道への胆汁の流入、嚥下困難、特定の栄養素の吸収障害など、1つ以上の慢性合併症を報告している。

腹痛、胸焼け、吐き気を引き起こす胆汁逆流が最も一般的な慢性合併症であった。患者のほぼ4分の3がこの症状を訴えており、患者の約4分の1が日常生活に支障をきたしていた。

Davis医師とその研究チームは、胃切除による身体的な不調に加えて、ライフスタイルの変化や心理的な負担についても記録した。

QOL(生活の質)調査によると、患者の社会的・感情的幸福度は術後1カ月は低下したが、6カ月後には術前のベースラインまで改善した。しかし、Davis医師によると、これらのQOL調査は患者の生活がどのように変化したかの全体像を捉えていないことが明らかであった。

1対1の面談で初めて、参加者は胃切除が生活に与えた真の影響を明らかにし始めた。例えば、患者の約4分の1が、胃全摘術に直接関係する理由、例えば吐き気、疲労、仕事中に頻繁に食事をとることができないなどの理由で、仕事を変えた。手術の影響でアルコール依存や離婚に至ったという人もいた。

「患者さんが何年も経ってから私のところに来て、この手術の精神的、心理的な側面について、手術前に十分な話をしなかったと言いました」とDavis医師は話す。「この手術によって誰もが何らかの結果を経験し、場合によってはその結果が日常生活に支障をきたすこともあります」と加えた。「それについて話し、説明することだけでも重要なのです」。

現在、Davis医師は新規患者と面談する際、手術の内容や感染症などの短期的なリスクだけでなく、その手術が患者の人生全体にどのような影響を与えうるかについても話す。「全体像」と彼は言う。

予防的胃切除術の完全回避

このような大規模な外科手術は、ほとんどの人が直面することのない途方もなく大きな決断である、とCoit医師は言う。

CDH1に有害な変異を有する人の中には、がんに関連した大きな不安によって胃全摘術を決断する人もいる、と彼は続けた。彼らにとって、胃を切除することは安心感をもたらす。

これとは対照的に、胃の摘出手術の長所と短所を比較検討した結果、胃がんの徴候がないか頻繁に監視する(サーベイランスと呼ばれる)予防的処置を選択する人もいる。

映画で予言された犯罪のように、CDH1変異のいずれかを有する患者に致死的ながんが発生するかどうかは、最終的には不明である。この不確実性が、予防的治療の決定を厄介にし、特にその治療が患者のQOLを悪化させる場合はなおさらである。

今回の研究で報告された経験は、このような議論や決断の指針になる、とDavis医師は言う。また、同医師が最近行った他の研究も同様に役立つだろう。

2023年初め、Davis医師とNCIの数人の同僚は、内視鏡検査(食道まで届く長くて柔軟なチューブを用いて、医師が胃の内部を観察し、胃組織のサンプルを採取する検査)による6~12カ月ごとの経過観察が、有害なCDH1遺伝子変異を有する患者において、胃切除術の代替となる可能性があることを報告した。

がん細胞の浸潤を事前に食い止める

現在、Davis医師と彼のチームは、患者の生検サンプルや血液中のマーカーなど、予防的手術やサーベイランスの決定に役立つ他の情報を特定しようとしている。

胃切除術が最善の選択である場合もある。しかし、他の人にとっては、「経過観察が妥当な選択肢かもしれない」。

彼らが研究しているもうひとつの可能性、それはまったく新しい予防戦略である。しかし、この場合、患者と面談するのではなく、研究室でがん様の細胞を調べるのである。

Davis医師が行う胃切除術では、印環細胞のような胃粘膜の細胞などを含め、胃がんの初期段階の兆候を見ることができる。

遺伝性のCDH1変異を有する人のほぼすべての胃には、このような奇妙な形をした細胞が少なくとも数個含まれている。これらの細胞が存在するからがんが発生した、とは言えないが、この種の細胞は成長して浸潤がんになる可能性がある。

これらの細胞を研究することで、Davis医師は、CDH1の変異がどのように胃がんにつながるかを知り、がんの発生を阻止する薬剤の潜在的標的を特定できるようにしたいと考えている。

「わたしの希望は、基礎科学の研究を通じて、胃がんを予防する何らかの『他の』方法を見つけて、胃を摘出する必要がなくなることです」と彼は言う。

  • 監訳 泉谷昌志(消化器内科、がん生物学/東京大学医学部附属病院)
  • 翻訳担当者 佐々木亜衣子
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  • 原文掲載日 2024/1/12

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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