FDAがツカチニブ+トラスツズマブ併用を進行性結腸直腸がんに承認

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

大腸がんのうち、外科的切除不能あるいは体の他の部分に転移のある患者の一部に対する新たな治療選択肢が登場した。米国食品医薬品局(FDA)は1月19日、HER2というタンパクを過剰に発現する進行した大腸がんに2種類の標的薬、ツカチニブ(Tukysa)とトラスツズマブ(ハーセプチン)の併用療法を迅速承認した。

この新しい併用療法を受ける条件は、患者の腫瘍にRASと呼ばれる遺伝子群の変異がないことと、前治療として化学療法を含む少なくとも2種類の標準治療を受けていることである。

迅速承認につながった臨床試験、MOUNTAINEER試験では、この薬剤の併用投与を受けた患者の38%で腫瘍が縮小または消失した。また患者の33%で腫瘍の成長がしばらく停止した。昨年7月に試験結果が公表された時点では、薬剤を投与された患者の半数以上が治療開始後2年経過しても生存していた。

標準治療を受けた後に転移大腸がんが再発したり、再び増殖を始めた場合に使用できる治療はあまり有効ではない、と本試験を主導したデューク大学のJohn Strickler医師は言う。

「このような場合の奏効率は5%未満であり、一般的に病勢コントロール期間は2〜4カ月である」とStrickler医師は述べた。「したがって今回の併用療法は、腫瘍が再び増殖し始めたり再発したHER2陽性患者にとって、かなり大きな進展となる」。

HER2陽性腫瘍は大腸がんのごく少数であり、全体の約3%に過ぎない。NCIのがん治療評価プログラムに携わるCarmen Allegra医師は本試験には関与していないが、標的治療で、しかもより少ない患者群に焦点を当てることは、臨床試験を実施するに十分な人数を集めることを困難にすると言う。

「しかし、少数の患者群に有効な治療法が発見された時、このように非常に素晴らしい結果が得られることが多い」とAllegra医師は述べた。


がん細胞の燃料を断つ

HER2は、正常細胞の増殖に関与している。多くのがん種では、腫瘍細胞がHER2タンパクを作る遺伝子のコピーを余分に産生している。これが遺伝子増幅である。

その結果、HER2タンパクが過剰となり、がん細胞は制御不能なまでに増殖する。しかし、逆にがん細胞はこの余分なHER2に依存するようになり、タンパクの流れを断つことで、がん細胞の成長を止めたり、死滅させたりすることができる。

HER2の役割は乳がんで最もよく理解されている。乳がんでは30%の腫瘍がHER2を過剰に発現しており、HER2を標的とした治療が一般的に行われている。ここ数年、研究者はHER2が一部の胃がんや食道がんでも過剰に発現していることを発見し、他の癌種への寄与を解明しつつあるとStrickler医師は言う。

転移を有する大腸がんと新たに診断された人は、特定のタイプの遺伝子検査を受けることがますます増えている。この遺伝子配列解析によって、承認薬の標的となる遺伝子変異を調べたり、特定の治療法に対する耐性を予測できる変異を調べる。

「遺伝子変異を探すために腫瘍のシークエンスを行ったとき、偶然にHER2の増幅が見つかることが多くなった。しかし、HER2を標的とするFDAに承認された大腸がんの治療薬がなかった」とStrickler医師は述べた。

彼とその共同研究者はHER2陽性乳がんの基本治療薬であるトラスツズマブと、乳がんに対しトラスツズマブとの併用が特に有効であることが証明されている新薬ツカチニブという、HER2を標的とする2つの薬剤の小規模な試験を開始した。

マウスを用いた研究では「これらの薬剤は一緒に投与した方が効果が高いことが繰り返し示されていた」とStrickler医師は述べた。「大腸がんでは、それぞれの薬剤が単独でもある程度の抗腫瘍効果を示すが、一緒に投与すると、その効果は、1+1=3と呼ぶにふさわしい効果をもたらしていた」。

研究チームは臨床試験の参加者にも同様の現象を経験した。ツカチニブのみを投与したところ、一部の被検者の腫瘍はしばらくの間成長が停止したが縮小することはなく、結局トラスツズマブを追加することになった、と同氏は説明した。

腫瘍抑制効果が持続する人も

ツカチニブを製造するSeagen社は、より大規模なMOUNTAINEER試験を実施するチームに資金を提供した。この試験は、前治療後に再発あるいは前治療で腫瘍が縮小しなかった進行大腸がん患者84人を対象にツカチニブとトラスツズマブを併用投与するものであった。参加者の転移部位は肝臓と肺がほとんどであった。

また、参加者は遺伝子検査を受け自分のがんにRAS変異がないことを示す必要があった。それはRAS変異があると、HER2を遮断してもがん細胞は成長し続けることができるため、薬剤の治療効果が妨げられると考えたからである、とStrickler医師は説明した。

MOUNTAINEER試験の参加者は、がんが再び増殖し始めるか、あるいは副作用が出るまでツカチニブとトラスツズマブを投与された。

2022年欧州臨床腫瘍学会(ESMO)世界消化器がん会議で発表された時点では、参加者の腫瘍に対する治療効果は中央値1年余り持続していた。

Allegra医師はMOUNTAINEER試験の生存患者をしばらく追跡することが重要になると述べた。「奏効が得られた患者は、効果が比較的長く持続した。しかし、その奏効率が、他の治療法と比較して生存期間を優位に延長することを意味するかどうかはまだわからない」。

MOUNTAINEER試験の全生存期間中央値は2年超であった。これまでのいくつかの大規模臨床試験では、すでに複数の治療歴のある進行大腸がん患者の全生存期間は約7カ月程度であった。しかし、腫瘍がHER2を過剰発現しRAS変異がない患者は、どのような治療を受けても生存期間が長い傾向があるかもしれない、とAllegra医師は付け加えた。

MOUNTAINEER試験で特に多く認められた副作用は、下痢、疲労、皮疹、悪心、発熱、悪寒など、トラスツズマブの注入に伴う反応であった。最も頻度の高い重篤な副作用は高血圧であった。参加者84人のうち6%が副作用によりツカチニブの投与量を減量または投与中止した。

しかし、今回、標的薬の併用により発現した副作用の重症度や頻度は、この患者群に通常使用される化学療法薬で見られるものよりも低かったとStrickler医師は述べた。

併用療法は奏効期間を延長するか?

MOUNTAINEER試験のこれらの結果から、MOUNTAINEER-03と呼ばれるフォローアップ試験が現在進行中である。このランダム化臨床試験は、転移を有するHER2陽性大腸がんの初回治療として化学療法や他の標的薬を用いた標準治療レジメンに、ツカチニブとトラスツズマブを追加することを検証する。

また、他の試験では、前治療歴のある進行大腸がん患者を対象に、ツカチニブとトラスツズマブのように、他の標的薬の併用がより効果的であるかどうかを検証している。

例えば最近では、前治療を少なくとも2回受けた進行大腸がん患者を対象に、ベバシズマブ(アバスチン)とトリフルリジン/チピラシル合剤(ロンサーフ)の併用療法を検証する第3相臨床試験を実施している、とAllegra医師は述べた。これらの参加者の治療開始後の生存期間中央値は1年近くであった。この試験では、患者は腫瘍の遺伝子変異の有無に関わらず試験薬の併用投与を受けることが許容された。

進行したHER2陽性腫瘍に対して、抗体薬物複合体と呼ばれるタイプの薬剤であるトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)など、タンパクを標的とする他の治療法の試験に関心が集まっている。

もし、再発後にこれらを使って化学療法をさらに遅らせることができれば、「患者さんの選択肢が増え、生活の質も向上するでしょう」とStrickler医師は述べた。

  • 監訳 泉谷昌志(消化器内科、がん生物学/東京大学医学部附属病院)
  • 翻訳担当者 武内優子
  • 原文を見る
  • 原文掲載日 2023/02/10

【この翻訳は、米国国立がん研究所 (NCI) が正式に認めたものではなく、またNCI は翻訳に対していかなる承認も行いません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】"

大腸がんに関連する記事

高用量ビタミンD3に遠隔転移を有する大腸がんへの上乗せ効果はないの画像

高用量ビタミンD3に遠隔転移を有する大腸がんへの上乗せ効果はない

研究要約研究タイトルSOLARIS(アライアンスA021703): 治療歴のない遠隔転移を有する大腸がん患者を対象に、標準化学療法+ベバシズマブにビタミンDを追加投与す...
リンチ症候群患者のためのがん予防ワクチン開発始まるの画像

リンチ症候群患者のためのがん予防ワクチン開発始まる

私たちの資金援助により、オックスフォード大学の研究者らは、リンチ症候群の人々のがんを予防するワクチンの研究を始めている。

リンチ症候群は、家族で遺伝するまれな遺伝的疾患で、大腸がん、子宮...
マイクロサテライト安定性大腸がんに第2世代免疫療法薬2剤併用が有効との初の報告の画像

マイクロサテライト安定性大腸がんに第2世代免疫療法薬2剤併用が有効との初の報告

ダナファーバーがん研究所研究概要研究タイトル再発/難治性マイクロサテライト安定転移性大腸がんに対するbotensilimab + balstilimabの併用:第1相試...
PIK3CA変異大腸がんでセレコキシブにより再発リスクが低下する可能性の画像

PIK3CA変異大腸がんでセレコキシブにより再発リスクが低下する可能性

ステージ3の大腸がん患者を対象としたランダム化臨床試験のデータを解析したところ、PIK3CA変異のある患者が手術後に抗炎症薬であるセレコキシブを服用すると、変異のない患者よりも有意に長...