特定の遺伝子変化を有する大腸がん治療が免疫療法のみへと変わる?
一部のがん患者にとっては、6カ月の免疫療法だけですむかもしれない、あるいは4週間の免疫療法薬の後に小さな手術をするだけで治療が終わるといった可能性はあるのだろうか。
局所進行がんを有する一部の患者にとっては、これらのシナリオが真に可能なものであることが、いくつかの小規模臨床試験の結果で示唆されている。局所進行がんとは、腫瘍の大部分が発生部位に限定されているが、近くのリンパ節にもがんが存在する可能性があるという状態である。
これらの臨床試験の責任者や他の専門家は、試験で行われた治療アプローチが一般的ながん治療の一部となるには、さらに多くの研究が必要であることを強調する。それでも今のところ、これら臨床試験の結果が非常に有望な知見であるという点では一致している。
最も新しい研究結果は、MDアンダーソンがんセンターで行われた35人の患者を対象とした臨床試験から得られたものである。この臨床試験に参加した患者のほとんどは局所進行大腸がんであった。しかしそれ以上に重要なのは、参加者全員の腫瘍がMSI-high(高頻度マクロサテライト不安定性)またはdMMR(ミスマッチ修復機能欠損)として知られる特定の遺伝子変化を有していたため、免疫療法薬に特に適した候補であったことである。
試験参加者の約半数は、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)であるペムブロリズマブ(販売名:キイトルーダ)を6カ月間投与され、その後、免疫療法後に残った腫瘍組織を切除する手術を選択した。このうち半数以上の患者は、手術で切除した腫瘍組織からがんが一切検出されず、病理学的完全奏効と呼ばれる状態になった。
その他の参加者は、最長1年間ペムブロリズマブによる治療を受けたが、それ以降の治療は行わなかった。このグループの18人の患者のうち1人を除き、免疫療法薬開始後24週間以内に少なくとも腫瘍の大きさが大幅に縮小したことが画像検査で示された。また多くの患者で、画像上はがんの存在が認められない状態だった。
全体として患者がどちらの治療法を選択したかにかかわらず、本試験の追跡調査期間中にがんの進行や再発がみられたのはほんの数人だったと、研究者らは1月9日付けJournal of Clinical Oncology誌で報告した。
他のいくつかの同様の試験の結果と合わせて考えると、本試験の結果は、一部の早期がん患者にとって、短期間の免疫療法薬が治療のすべてとなる可能性のある未来を示していると、NCI免疫腫瘍学センターの共同ディレクターであるJames Gulley医学博士は述べた。
Gulley博士はまた、この治療アプローチに最適な候補者をどのように特定するか、さらに治療を終えた後の患者の追跡調査をどのように行うか、頻度やその内容(例えば画像検査、血液検査)を含め、多くの重要な疑問に答えるためにさらなる研究が必要であると述べた。
しかし、結果としてプラスになる可能性は非常に大きいと同博士は続ける。「もし手術やその他の治療で起こりうる害をすべて避けることができれば、患者に大変革をもたらすことになります」
免疫療法薬を使う境界線を広げる
免疫療法薬は、もはやがん治療の新参者ではない。今や免疫療法薬は、拡大し続ける数多くのがんに対して腫瘍医が用いる標準的な治療法となっている。
MDアンダーソンの臨床試験を主導したKaysia Ludford医師は、過去数十年にわたる分子標的治療と同様に、がん治療における免疫療法薬の役割も急速に進化していると述べた。
当初、ペムブロリズマブのような免疫チェックポイント阻害薬は、標準治療が効かなくなった、非常に進行したがんの治療に限って使用されていた。現在では、肺がんや腎臓がんなど歴史的にも治療が困難ながんを含む、進行がんの初期治療として使用されているものもある。
「しかし今や免疫療法の使用範囲の境界線は、さらに早期のがんへと広がりつつあります」と、同医師は述べた。
研究者にとって特に興味深いのは、局所進行がん患者に対し手術前に免疫療法を行うネオアジュバント療法である。
免疫チェックポイント阻害薬を用いる術前療法は、新しいものではない。例えば、ペムブロリズマブと化学療法の併用は、早期トリプルネガティブ乳がんの一部の女性に対する術前療法(その後、手術を行い、さらにペムブロリズマブを投与)として、すでにFDA(米国食品医薬品局)によって承認されている。またニボルマブ(販売名:オプジーボ)は化学療法との併用で、早期肺がんに対する術前療法(その後に手術)として承認されている。
術前療法の根拠となっている主な部分は、治療で腫瘍が縮小すれば、手術の範囲が狭まり、より成功率が高まる可能性があることだ。さらに免疫療法薬の場合は、手術で腫瘍を取り除いた後よりも腫瘍が体内にあるうちに行った方が、腫瘍に対してより強力な反応を示すことがいくつかの研究で示唆されている。
また特定の人、特に腫瘍に特定の遺伝子変異や特徴がある人だと、手術前に免疫療法を行うことが特に効果的だと考えられる理由がある。MSI-highやdMMRの腫瘍を持つ人たちがそれに該当し、大腸がん患者の約15%がそうした腫瘍を有している。
MSI-highやdMMRのがん細胞は、他のタイプのがん細胞よりも、変異した遺伝子が多い傾向がある。これら変異した遺伝子によって、免疫系が異物と認識して攻撃する可能性のある変異タンパク質を有するがん細胞がより多く作られる。
言い換えれば、MSI-highおよびdMMR腫瘍細胞に変異した遺伝子が多数あるということは、「免疫系が狙うべき標的が山ほどあるということです」とGulley博士は言う。「そしてそのうちの少なくとも1つは臨床的に関連する可能性が高いのです」。
免疫療法薬単独または免疫療法後の手術を検証する臨床試験
MDアンダーソンの試験では、患者は医師と相談のうえで免疫療法後に手術を受けるか、免疫療法のみを継続するかを決定した。
全体として、27人の患者(82%)でぺㇺブロリズマブによる治療後に腫瘍が大幅に縮小した。手術を選択した17人のうち、10人が病理学的完全奏効となった。
手術を受けなかった18人の患者のうち、10人は1年間のペムブロリズマブの投与を完了し、ほとんどの患者が試験期間中の定期的な画像検査でがんの存在を認めなかった。数名の患者ではがんが再発または進行したが、そのほとんどが「サルベージ(救済)手術」で残存腫瘍を切除した。
Ludford医師とそのチームは試験結果について、MSI-highまたはdMMR腫瘍を有する局所進行の患者にとっては、短期間の免疫療法薬が「根治的なアプローチ」、すなわち唯一の治療となる可能性を示唆していると書いている。
昨年、スローンケタリング記念がんセンター(MSKCC)で行われた小規模の類似試験からは、さらに目覚ましい結果が報告された。この試験には、MSI-highまたはdMMRの直腸がん患者12人が参加した。
12人全員が、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)であるドスタルリマブ(販売名:Jemperli[ジェンペルリ])を使い6カ月間治療した。この免疫療法薬後に化学療法、放射線療法、手術が行われるはずだったが、実施されなかった。
その理由は12人の全患者が、研究者が臨床的完全奏効と呼ぶ状態を達成したためである。これは内視鏡検査を含むいくつかの異なる評価において、がんの存在が認められなかったということである。そのため、さらなる治療を選択した患者はいなかった。
本試験責任者のAndrea Cercek医師は2月9日、MSKCC試験の最新結果をFDAの抗がん剤諮問委員会に報告した。同委員会は、局所進行のMSI-high/dMMR直腸がんに対する根治的治療法としてのドスタルリマブのFDA承認可能性の根拠となる臨床試験案について議論するために開催された。
Cercek医師は同委員会で、MSKCC試験には合計30人の患者が参加し、30人全員が「完全な臨床的奏効を達成し、維持している」と報告した。4人の患者は、ドスタルリマブの最終投与から2年以上経過してもがんの所見が認められず、「病勢進行や再発を経験した患者はいない」と、同医師は述べた。
MSI-highまたはdMMR大腸がん患者を対象とした術前免疫療法の大規模試験の結果は、昨秋、欧州腫瘍学会(ESMO)年次総会で発表された。オランダで実施されたNICHE-2と呼ばれるこの試験では、大部分が結腸または直腸に限局しているがん患者112人が登録された。
この試験では、ICIのイピリムマブ(販売名:ヤーボイ)を1回投与し、ICIのニボルマブを4週間かけて2回投与した。治療終了後、全患者が残存腫瘍を摘出する手術を受けた。
ESMO総会でこの試験結果を発表したオランダがん研究所のMyriam Chalabi医師は、ウォーターフォールプロットと呼ばれる図を示した。この図では、上限の0から下限の100に向けて縦にひかれたそれぞれの線が、試験に参加した各患者をあらわしている。0が免疫療法薬に対する病理学的奏効なし(治療後に腫瘍が全く縮小しなかったことを意味する)で、100が完全奏効(画像診断に基づく)を示す。
一握りの例外を除いて、ほとんどすべてのラインが100に非常に近いか、100に達していた。試験参加者の3分の2が病理学的完全奏効を得たと、Chalabi医師は報告した。この発表に出席者は拍手喝采を送った。
標準的ながん治療の一部になるか
このような臨床試験から得られたエビデンスにより、Chalabi医師は大腸がん治療がまもなく変わる可能性があるとの考えを述べた。
「ネオアジュバント免疫療法は、dMMR大腸がん患者の標準治療となる可能性が非常に高いと思っています」と、同医師はESMO総会での発表で話した。
しかし有望なデータにもかかわらず、Ludford医師は、解決すべき重要な問題がまだいくつか残っていると注意を喚起した。
重要な問題は、術前免疫療法をどれくらいの期間行うべきかを見極めることだと、同医師は述べた。MDアンダーソンの試験で、1人の患者はペムブロリズマブを1サイクル投与しただけで完全奏効(内視鏡検査に基づく)したようだった。
「その患者は1年間(治療を)続ける必要があったのでしょうか」とLudford医師は問いかけた。「私たちはその答えを知らないのです」。
免疫療法薬のみのがん治療への道筋
他の研究者も、免疫療法薬に単独治療の可能性を見出すのは時期尚早だと考えている。
ボストンのブリガム・アンド・ウィメンズ病院で乳がん治療を専門とするElizabeth Mittendorf医学博士も、当面は「臨床試験の文脈で」のみ使用されるべきであると強調する。
NICHE-2のような臨床試験は、免疫療法薬が最も有効だと考えられる「高度に選択された」患者群を対象としているとMittendorf博士は述べた。また、悪性黒色腫(メラノーマ)のように「免疫原性」と考えられるがんもあり、このアプローチが特に有効である可能性があると同博士は述べた。
いくつかの研究結果に基づけば、確かにそうかもしれない。
例えば、2022年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会で発表されたNCIの資金提供による試験の結果では、局所進行悪性黒色腫の標準治療にネオアジュバント免疫療法薬を追加すると、がんの再発リスクが大幅に低下することが示された。
奏効の種類 完全奏効:画像診断でがんが確認されない状態。 臨床的完全奏効(MSKCC試験で使用):複数の検査(PET検査、内視鏡検査など)でがんを認めないが、病理学的な評価は行わないもの。 病理学的完全奏効:腫瘍部位から外科的に摘出した組織で病理学的にがんを示す所見がない状態。 病理学的著効(PRADO試験で使用):元の腫瘍に最も近いがんが存在する最大のリンパ節(「指標リンパ節」)でがんの量が90%以上減少した状態。 |
PRADOと呼ばれるメラノーマの術前療法に関する別の試験の結果も、ASCO総会で発表された。PRADO試験の99人の患者は、イピリムマブとニボルマブによる6週間の治療を数回受けただけで、そのうち60人は、試験責任者が病理学的著効と呼ぶ状態を得た。
これらの60人の患者において、免疫療法薬を受けた後の中央値で2年の時点で、元の部位またはその近くでがんが再発したのは3人、他の部位に再発したのは1人だけであった。
Mittendorf医師は、「免疫療法薬単独、あるいは免疫療法薬後に最小限の追加治療を行うという今回の研究や今後の研究において、免疫療法薬が患者の寿命をどれだけ改善するかを示すことが重要です」と述べた。
「それが研究者らに求められるハードルになるでしょう。そして、これまでの知見をもとに考えれば、そのハードルを超えられるだろうと、私は思います」と同医師は付け加えた。
監訳 中村能章(消化管悪性腫瘍/国立がん研究センター東病院)
翻訳担当者 片瀬ケイ
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原文掲載日 2023/02/23
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