遺伝子とタンパク質の研究で大腸がんに新たな光

大腸がんの遺伝子研究とタンパク質研究を合わせた知見により、新しい治療戦略を導く可能性がある新たな大腸がんの特徴を発見した。 

遺伝子研究とタンパク質研究を統合した研究はプロテオゲノミクスと呼ばれ、遺伝子のみの研究では得られないことを生物学的により良く理解できるようにすることを意図した非常に新しい研究分野である。

研究者らは100人を超える人々からの大腸腫瘍の遺伝子およびタンパク質の「プロファイル」を徹底的に調査し、大腸がんの成長を推進していると考えられ、薬のターゲットになる可能性がある数種のタンパク質を特定した。

5月2日付のCell誌に掲載された本研究は、NCIのClinical Proteomic Tumor Analysis Consortium(CPTAC)のメンバーにより主導され、数種類のがんで「原因となる主要なプロテオゲノム変化の発見」のために共同で取り組んでいる、とNCIがん臨床プロテオミクス研究室室長Henry Rodriguez博士は述べた。

2014年CPTACチームは大腸がんの最初の大規模プロテオゲノミクス研究を完了した。それは大腸がんの基本的特徴に焦点を定めたものであった。

「この新しい研究の主な焦点は、プロテオゲノミクスの統合を利用して治療法を導くことができるかということでした」と主任研究員であるヒューストンベイラー医科大学のBing Zhang博士は述べた。

タンパク質を研究する理由

遺伝子の研究から、多くのがんの生物学的情報が明らかになったことに疑いない。たとえば無制御な細胞増殖のようながん細胞の挙動に対し、DNAの変化がどのように影響する可能性があるかを予測するために、腫瘍の遺伝子データが用いられてきた。 

しかし、DNAはRNAを生み出し、そしてタンパク質を生成するが、実際に細胞の挙動を操作するのはタンパク質であるとZhang博士は言及した。

遺伝子研究の重要な注意点の1つは、遺伝子データから細胞挙動への展開は常に単純なものではないことである。なぜなら「遺伝子変異は、いつも類似タンパク質で予測された結果になるわけではありません。さらに他にもタンパク質の活性に影響を及ぼし、腫瘍動態に関与する数多くの因子があります」とRodriguez博士は説明した。

加えて研究では「ほとんどのケースにおいて、個々の患者の腫瘍を治療するための抗がん剤の決定に際し、DNAとRNAのデータだけでは最善の選択をするのに不十分であることがわかった」とマサチューセッツ工科大学コッホがん総合研究所Jung-Kuei Chen博士とMichael Yaffe医学博士はCell誌の付随論評に記している。

さらに、大多数の抗がん剤は遺伝子ではなくタンパク質をターゲットにしているため、タンパク質研究は、新しい薬のターゲットを明らかにするのに最も適しているかもしれないとZhang博士は気づいた。

しかし最近までタンパク質の大規模試験(プロテオミック研究という)は不可能だった。というのは、「プロテオミクス技術はゲノム技術に遅れをとっている」からであると同博士は説明した。

CPTACは2011年、がん研究の技術的および計算的アプローチに関して新たに前進するために組織された。CPTACのパイロット試験の成功を基に、その後戦略は拡大した。「この新しい研究は、戦略の拡大によるものです」とRodriguez博士は述べた。

大腸がんの新たな理解

CPTACチームは110人の大腸がん患者から血液、腫瘍組織、周囲の正常組織のサンプルを採取することから開始した。

その後、各サンプルからすべてのDNA、RNA、microRNA、タンパク分子の配列を決定した。加えて各遺伝子のコピー数(遺伝子コピー数)、各タンパク質の相対的な量(タンパク発現)、タンパク質の化学修飾の有無(タンパク質リン酸化)を調べた。

計算的アプローチを用いてこれらのデータを統合した後、患者の腫瘍組織と正常組織の分子プロファイルを比較検討した。

何千もの違いを確認したが、ある所見が注目された。

たとえば、RB1というタンパク質は、細胞増殖を抑制することが知られている。RB1遺伝子は、多くのがん種で欠失する傾向があるが、大腸がんでは正常組織よりも遺伝子コピー数が多かった。大腸がん細胞に、より多くの細胞増殖を予防するタンパク質が存在する理由に、科学者は何年もの間困惑してきた。

CPTACの研究者らがデータを解析すると、答えが明らかになった。大腸がんのサンプルのRB1タンパク質は、細胞増殖をコントロールしないよう化学的に修飾されていた。データでは、この修飾された RB1が、ある種の細胞自殺、いわゆるアポトーシスを阻止し、がん細胞に別の利益をもたらしている可能性も示唆された。

さらにCDK2という酵素がRB1の化学的修飾の原因であるらしいという証拠も見つけた。CDK2の活性を阻害する薬はすでに存在しており、そのような薬が大腸がん患者に効果があるかもしれないと著者らは気づいた。

免疫療法を改善するアイデア

研究者らは別にマイクロサテライト不安定性陽性(MSI-H)という大腸がんのサブタイプに関して興味深い発見をした。大腸がん患者の20%がMSI-H腫瘍を有している。

免疫療法薬ペムブロリズマブ(キイトルーダ)は一部のMSI-H大腸がん患者の治療薬として米国食品医薬品局により承認されたが、約60%の患者には効果がなく研究者らはその理由を解明しようとしている。

MSI-H以外の腫瘍と比較し一部のMSI-H大腸がんには、細胞がエネルギーを生産する方法である解糖作用をコントロールする、多数の酵素が存在していることを発見した。 

さらにその酵素が高レベルで存在するMSI-H腫瘍には、抗がん免疫細胞がほとんど存在していなかった。腫瘍の中に免疫細胞がなければ、免疫療法は効果がないだろうとZhang博士は説明した。

解糖と免疫細胞とのこの意外な関係は、免疫療法抵抗性MSI-H大腸がん患者に対する新しいアプローチの可能性を高めていると著者らは明言した。

さらなる研究

CPTACチームが興味深い関係を発見する一方、調査すべきデータがまだ多く存在すると同博士は指摘した。

本研究は、明らかに試験可能な仮説を示し、さらに注目すべき疑問に対する有益な大腸がんに関するリソースとして示したものであるとChen博士とYaffe博士は記している。

さらなる研究を可能にするために、本研究やCPTACの別の研究によるデータが無料で公開されている(データ使用同意書を必要とする)とRodriguez博士は説明した。実際に現在までに19000人以上の人々がデータベースを利用している。

「データを共有することで幅広いグループの研究者がCPTACの発見を再現することができ、思いがけない方向に研究が広がり、加速していくことは重要です」同博士は述べた。

また、大腸がんだけがCPTACの焦点ではない。乳がん、卵巣がん、子宮がん、腎臓がんのプロテオゲノミクス研究も完了しており、さらに今後数年間で3つの他のがん研究を終了する予定であると記した。

それが多くの作業に見えるのは、その通りだからである。

「CPTACのチームワークがこの結果をもたらしたのです」Zhang博士は強調した。「この共同体の力が、いくつもの難題に答えるために、さまざまな分野の専門知識を持つ研究者らを集めたのです」と付け加えた。

翻訳担当者 白鳥理枝

監修 中村能章(消化管悪性腫瘍/国立がん研究センター東病院 消化管内科)

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