ワクチンはリンチ症候群患者での大腸がん発生を予防できるか

研究者らは、リンチ症候群(大腸がん、子宮内膜がんなどのがんの発生リスクを高める遺伝性疾患)を有する人々での発がんを予防するワクチンの開発へ第一歩を踏み出した。

リンチ症候群マウスにおいて、がん予防ワクチンが、ワクチンを使用しなかった場合と比較して、大腸がん腫瘍の増殖を抑制し、生存期間を延長したというがん予防ワクチン試験(米国国立がん研究所[NCI]による資金提供)の結果が、ワイル・コーネル医科大学Steven Lipkin医学博士らにより、過日行われた集会で報告された。

アトランタで開催された米国がん学会年次総会の4月1日の記者会見でLipkin博士は、このアプローチは単純なので、ヒトへのワクチン実用化の可能性は十分あると述べた。

遺伝子検査の費用が低下し、遺伝性がん症候群の検査を受ける人が増えるにつれ、リンチ症候群はこれまで考えられていたよりも患者数が多いことがわかってきている。現在、280人のアメリカ人に1人、約110万人がリンチ症候群に罹患していると推定される。

現在、リンチ症候群患者のがんを予防する方法としては、前がん状態や早期のがんを検出するための頻回のがん検診、大腸がん予防のための低用量アスピリン、およびリスク低減手術がある。

がん予防ワクチンという方法により、より効率的に発がんを抑制できるようになるかもしれない。

「がんの治癒は聖なる杯です。しかしさらに聖なるは予防です」とがん免疫学専門家Louis M. Weiner医師(ジョージタウン大学ロンバルディ総合がんセンター所長)が記者会見で述べた。

リンチ症候群における共通の変異

リンチ症候群は、細胞分裂時に生じるDNAエラーの修復を妨げる、ミスマッチ修復欠損と呼ばれる欠陥をもった遺伝性の遺伝子変異が原因で起こる。

「例えるなら、DNAのスペルチェック機能が欠落しているようなものです」と、米国国立がん研究所がん予防部門(DCP)のAsad Umar獣医学博士は述べた。この防御機能が働かないと、細胞内でDNAエラーが蓄積し、さまざまながんを引き起こしてしまう。

特にDNAミスマッチエラーを起こしやすいものとして、マイクロサテライトという短いDNA断片の繰り返しがある。ミスマッチ修復機能欠損のある腫瘍は、これらのマイクロサテライトに変異の蓄積をきたす(マイクロサテライト不安定性)。

マイクロサテライト不安定性にも、望みを持つことはできる。それは、もともと体内に存在しないネオアンチゲンと呼ばれる新規タンパク質が作り出される潜在的可能性である。ネオアンチゲンが免疫システムを発動し、これらの新規タンパク質を産生する細胞に攻撃を開始する。

さらに、リンチ症候群患者に発生する腫瘍は、マイクロサテライトに共通した変異がみられることが多い。例えば、ミスマッチ修復機能欠損のある大腸がん患者の60%~80%でTGFBR2遺伝子に特定のマイクロサテライト変異が生じる。

近年得られたデータによると、マイクロサテライト不安定性の高いがんを有する患者の一部で、こうしたいくつかの共通のネオアンチゲンに対する免疫反応が引き起こされるという科学的根拠が認められる。

リンチ症候群患者に共通の腫瘍ネオアンチゲンがあるということは、「1種類のワクチンを開発すると、何百万という人々に効果を発揮するワクチンができる可能性があるということです」とWeiner博士は述べた。

さらに、「これまでのがんワクチン開発では、正常より高い発現量でがん細胞に認められるタンパク質が利用されていたが、こうしたタンパク質は正常細胞によっても産生されるため、意図しない副作用の懸念がありました」。

「ネオアンチゲンを利用したワクチンではこのような問題はありません」と同博士は述べた。

がんワクチンの開発と最適化

2011年、ドイツ、ハイデルベルグのドイツがん研究センター(DKFZ)の研究者らは、マイクロサテライト不安定性の高い進行大腸がん患者を対象に、あるネオアンチゲンワクチンの臨床試験を開始した。

米国国立がん研究所がん予防部門による、がん予防のための非臨床医薬品開発プログラム(以下、PREVENT)は、民間部門で対応しきれないがん予防のアンメットニーズに取り組んでいる。プログラムは、このワクチンが、リンチ症候群患者でのがんの発生を予防するのではないかと考えた。

Lipkin博士とドイツがん研究センターの研究者らは、共にPREVENTプログラムからの資金提供を受け、マウスでのがん予防ワクチンの開発およびワクチンの有効性を高めるための治療法の研究を行った。

まず、リンチ症候群マウスで発現した32個の大腸腫瘍のDNAを調べ、13の共通する変異を特定した。

そして、共通する変異のどれがネオアンチゲンを作り出すのか予測するため、アルゴリズムを用いて候補の数を10に絞った。このようにして絞られた10のネオアンチゲンをマウスに接種したところ、4つのネオアンチゲンが強い免疫反応を引き起こした。

これら4つのネオアンチゲンを組み合わせてマウスに投与するワクチンを作った。ワクチンと免疫増強剤をリンチ症候群マウスに併用投与したところ、大腸腫瘍の発生が減少し生存期間が延長した。

「これは、DNAミスマッチ修復機構の欠損から作られたと予測されるネオアンチゲンを使用した、草分け的ながん免疫予防ワクチンです」とUmar博士は述べた。

次に、ワクチンを他の治療と組み合わせることで有効性を高めることが可能かどうか検討した。

アスピリンとともに、鎮痛・抗炎症剤として一般的に用いられているナプロキセン(Naprosyn[ナプロシン])が、がんを予防する可能性があることが、マウスを用いた研究で明らかにされた。ナプロキセンがリンチ症候群患者での発がんを予防する可能性を検討する臨床試験が、米国国立がん研究所の資金提供のもと、現在進行中である。

Lipkin’s博士の研究チームは、ナプロキセンは、アスピリンまたは対照治療よりも大腸がんの発生を抑える効果が高いことを、マウスモデルで実証した。

また、ナプロキセンはワクチンの有効性を高める可能性があると考えられた。ワクチンとナプロキセン併用投与群のマウスは、ワクチン単剤投与群またはワクチンとアスピリン併用投与群のマウスよりも生存期間が長かった。また、ワクチンとナプロキセン併用投与群のマウスでは、ワクチン単剤投与群またはワクチンとアスピリン併用投与群のマウスよりもワクチンのネオアンチゲンを認識した免疫細胞の数が多かった。

リンチ症候群の診断

がん予防ワクチンが臨床開発された場合、リンチ症候群の人が、がん予防ワクチン接種の対象者となるはずである。しかし、自分がリンチ症候群と認知している人は、推計110万人のリンチ症候群患者のうち、5%に満たない。

現在のガイドラインでは、大腸がんと子宮体がんの患者に対して、マイクロサテライト不安定性検査が推奨されている。マイクロサテライト不安定性検査の結果が陽性だった場合、リンチ症候群の検査が推奨されている。

他の専門組織は、大腸がんと子宮体がんと診断された患者全員に対して、リンチ症候群の検査を推奨している。患者がリンチ症候群と診断された場合、一親等血縁者にもリンチ症候群検査が推奨されている。

リンチ症候群の遺伝子検査費用は、メディケアなどの保険が適用されることが多いが、保険が適用されない場合の自己負担費用は、大手の遺伝子検査会社で249ドル以下程度だとLipkin博士は述べた。

しかしながら 、リンチ症候群の遺伝子検査を普及させるには、まだ多くの課題が残っていると専門家らは口をそろえる。

ワクチン実用化へ向かって

ヒトでのネオアンチゲンワクチンの実用化に向けた開発のため、Lipkin博士らはリンチ症候群患者の早期大腸腫瘍に発現する共通のネオアンチゲンを特定しようとしている。このプロジェクトは、がんムーンショットがん免疫療法橋渡しネットワーク(Cancer MoonshotSM Immuno-Oncology Translational Network)を介し、米国国立がん研究所の資金提供を受けた。

がん予防ワクチンの臨床試験が前進した場合は、ワクチンの効果が判定されるまで数年を要するであろうと、Lipkin博士は述べた。

その間に、Lipkin博士のチームは、マウスモデルを用いて、ワクチンの正確な作用機序およびがん細胞増殖過程で起こり得るワクチンに対する耐性獲得の機序について解明しようとしている。

翻訳担当者 竹原順子

監修 廣田 裕(呼吸器外科、腫瘍学/とみます外科プライマリーケアクリニック)

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