遺伝性の遺伝子変異で発生するがんの割合は増える可能性

この記事は、サイエンス・サージャリーシリーズ3回のうちの3番目の記事です。

ビクトリアの質問:「遺伝性の遺伝子異常により発生するがんは、現在考えられているよりも多いのでしょうか」

この真相を探るため、遺伝学とがんリスクの専門家であるDouglas Easton教授に聞いてみたところ、シンプルな回答は「イエス」であることがわかりました。今後研究者たちが研究を進めるにつれ、まだ発見されていない遺伝子の異常が見つかる可能性があります。問題の核心に迫る前に、まず「遺伝する遺伝子異常」「遺伝しない遺伝子異常」の違いを説明し、今日の状況をひもときます。

遺伝子とは何か

一般的にDNAの変異とも言われる遺伝子の異常は、生殖細胞(精子または卵子)に存在するときのみ子孫に遺伝します。なぜなら生殖細胞は成長し、その人の子供と成る細胞だからです。一方、喫煙による肺の細胞の変化のような「生まれてから人体の生殖細胞以外の部位に出現した遺伝子変異」は子供に遺伝しません。

がんのリスクを高める遺伝子の異常が子孫に遺伝したとしても、遺伝した人が確実にがんに罹患するということではありません。リスクは遺伝子異常の種類によります。

「おおまかに言うと、3種類の遺伝性の遺伝子変異があります」とケンブリッジがんセンターのEaston教授は述べました。

「一つには、ある種のがん発症のリスクを高める遺伝性の遺伝子異常があります。有名な例はBRCA1遺伝子やBRCA2遺伝子の異常です」

これらの特定の「高リスク」遺伝子変異は、乳がんおよび卵巣がんのリスクを上昇させます。別の遺伝子異常は腸のがんなど他のがんのリスクを高める可能性があります。最近のBRCA遺伝子に関する報告でも述べられたように、遺伝子異常によるがん発症リスクは年齢にも大きく関係します。

「がんの中で、高リスク遺伝子異常によって発症したものが5%以上を占めることはないでしょう」とEaston教授は述べています。

「高リスク遺伝子の多くは発見されてからの歴史が長く、すでに充分研究されてきました。そのため高リスク遺伝子によるがんの発症割合はこれ以上増えない、とわれわれは考えます」

1つ目はすでに研究されており、残り2つがこれからの研究課題

前述のがんリスクの高い遺伝的変異は、全体的としては比較的まれにしかみられません。一方、より高い頻度で発生する第2番目のタイプの遺伝子変異があります。 DNAを構成する数十億の記号の中でたった一つの「綴り間違い(複製ミス)」とも言える微小な変異のことです。すべての人ではなくても、ほとんどの人には「綴り間違い」の遺伝子変異があります。

しかし、微小な変異があったからといって、それだけで警戒しないといけないわけではありません。Eaton教授によると、微小な遺伝子変異の有無そのものが問題ではないのです。それよりも「変異の数が問題です」とEaton 教授は言います。これらの「低リスク」変異の一つ一つは、がん発症の確率をほんの少し高めるだけです。しかし、一人の人に たくさんの変異があれば、それだけがん発症のリスクが高くなるわけです。

では、第3番目の遺伝子変異はどんなものでしょうか。「第3番目の遺伝子変異は、これまで述べた2つの遺伝子変異のちょうど中間の性質を持ちます」とEaton教授は言います。 第3番目の遺伝子変異によるがんのリスクは頻度の高い遺伝子変異(綴り間違いの遺伝子変異)より高くても、最初に説明した高リスク遺伝子異常ほどは高くありません。この 第3番目の遺伝的変異もあまり頻度は高くありません。

先に述べたように、研究者らの意見では、例えばBRCA1異常のような高リスク遺伝子はもう今後はあまり見つからない、とのことです。高リスク遺伝子とは、ある種のがんの病歴を持つ家族を追跡し共通の遺伝的特徴を探して見つかるような遺伝子異常です。現在考えられているより第2番目(綴り間違い)と第3番目の変異が数多く存在する、ということがそのうち判明するでしょう。

このことが判明するのに時間がかかる理由は、第2番目と第3番目のタイプを研究の早期に同定するのが難しいからです。研究者らは、また家族共通の遺伝子変異研究に戻るのではなく、がん発生に関係する微小変異を探すために、一人の人間が持つすべてのDNAを研究する必要があります。 さらに、その遺伝子の微小変異ががん発症に関連すること証明するため、数千人を対象にしたDNA研究も必要です。これは非常に労力のいる研究ですが、DNA解読機が改善され高機能になったために、速く容易に行なえるようなりました。

テクノロジーが進化し、今より大規模な研究が実現すれば、さらに多くの遺伝子変異が発見されるでしょう。

ここで覚えておきたいこと

Easton教授は、読者のためにわかりやすくまとめてくれました。

「もうすでに近年起こっていることですが、研究が進むほど遺伝性の遺伝子変異によって発症すると考えられるがんは増加し続けるでしょう」と語りました。

「もし遺伝子変異によるがんの割合自体が変化しなくても、発生原因が解明できたがんの割合が増えるでしょう。しかし、増えたとしてもそれには限界があります。人ががんになるかどうかを決める重要な要因には、遺伝的遺伝子変異だけでなく、生活様式や運もあるからです」

発生原因が解明されたがんの割合がどこまで増えるか、正確に予測するのは不可能です。研究者らがさらに研究を進めていけば、おのずとこの割合がわかってくるでしょう。今は成り行きをみるしかありません。

ジャスティン:ビクトリアが質問を送ってくれたことに感謝します。 何か質問したいことがあれば、メールでsciencesurgery@cancer.org.ukに名前と場所(場所は必須ではありません)をお送りください。

画像キャプション:DNAを構成する4つの文字はA、C、T、G (Flickr / CC BY 2.0)

翻訳担当者 山岸美恵野

監修 田原梨絵(乳腺科、乳腺腫瘍内科)

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原文掲載日 

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