2010/06/01号◆癌研究ハイライト
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2010年6月1日号(Volume 7 / Number 11)
〜日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜
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◇◆◇癌研究ハイライト◇◆◇
・一部の高齢女性では乳癌手術後の放射線治療は不要とみられる
・ソラフェニブは重要な細胞生存経路を遮断することにより悪性神経膠腫細胞を殺す
・高悪性度乳癌のプロファイルがゲノム研究により解明
・サメ軟骨抽出物は肺癌に無効
一部の高齢女性では乳癌手術後の放射線治療は不要とみられる
先週発表された第3相ランダム化臨床試験の知見によると、70歳以上の早期乳癌女性では、乳房温存手術+タモキシフェンに放射線治療を追加しても利益が得られなかった。米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会に先立ち5月20日に公表された試験結果は、「小さい癌を有す「高齢」女性では乳癌による死亡はきわめてまれな事象であることを示した」と筆頭著者であるマサチューセッツ総合病院(ボストン)のDr. Kevin Hughes氏は述べた。この試験は3つのNCI共同臨床試験グループ(CALGB、ECOG、RTOG)により実施された。
1994〜1999年に636人の女性を試験に組み入れ、手術後に319人にはタモキシフェンの投与のみ、317人にはタモキシフェン+放射線治療を行った。全員が早期のエストロゲン受容体陽性(ER陽性)乳癌でリンパ節への転移はなかった。治療後10.5年間(中央値)にわたり追跡調査を実施した。
タモキシフェンに放射線治療を加えることにより、同側乳房での癌再発率は6%減少したが、全生存、乳癌特異的生存、癌転移、および再発による乳房切除の必要性に対しては影響が認められなかった。乳癌特異的10年生存率は、タモキシフェン単独投与の女性で98%、タモキシフェン+放射線治療の女性で96%であった。
「高齢女性は、リンパ節転移のないER陽性の小さい腫瘍を有することが多い。この試験はまさに実際の診療で確認するものであり、今後の診療を変化させる可能性を持っている」とASCOの会長Dr. Douglas Blayney氏は述べ、「多くの「高齢」女性は放射線治療の延期を選択する。医師がこの判断を支持する上で、この結果はわれわれに安心感を与えてくれる。医師の患者への提案が変化するかもしれない」と結論付けた。
ソラフェニブは重要な細胞生存経路を遮断することにより悪性神経膠腫細胞を殺す
癌細胞の生存を促進するATF5というタンパク質で制御される悪性神経膠腫(脳腫瘍の一種)の細胞シグナル経路が、研究者により確認された。マサチューセッツ大学医学部のDr. Zhi Sheng氏らは、細胞培養実験とマウスを用いて、(1)この経路がソラフェニブ(ネクサバール)によって遮断され、癌細胞が死に至ること、(2)悪性神経膠腫の治療に用いる化学療法剤テモゾロミドを追加すると癌細胞のソラフェニブに対する感受性が増加することを明らかにした。
Nature Medicine誌5月23日電子版に発表された研究で、研究者らはRNA干渉法を用いてマウス悪性神経膠腫細胞でATF5の発現に必要な遺伝子を同定した。ソラフェニブは同定された遺伝子の1つにより制御されるタンパク質を阻害する。悪性神経膠腫細胞をソラフェニブで処理すると、ATF5の発現が減少し細胞死が誘導された。これらの結果は悪性神経膠腫のマウスでも確認された。すなわち、マウスに癌細胞を注射すると腫瘍が発生したが、癌細胞と共にソラフェニブを注射したマウスでは腫瘍の発生を検出できなかった。
また悪性神経膠腫に加え、黒色腫、前立腺癌、肺癌、卵巣癌を含むさまざまなヒト癌細胞株で、ATF5阻害により細胞死が引き起こされることが示された。この殺細胞作用はヒト神経膠腫幹細胞でもみられた。この細胞は悪性神経膠腫を生じさせるといわれ、化学療法や放射線治療にきわめて抵抗性である。
23人の悪性神経膠腫患者から採取した腫瘍検体でATF5の発現を調べたところ、腫瘍にATF5が発現していた患者の生存期間は有意に短いことが判明した。
最後の一連の実験で、ATF5の発現を制御する細胞生存経路における他のたんぱく質やATF5を高濃度に発現するヒト神経膠芽腫細胞に対し、ソラフェニブとテモゾロミドを併用すると相乗的な殺作用を示した。「テモゾロミドを併用することで、患者で得られるソラフェニブ濃度が、効果的な反応に必要な濃度よりかなり高くなると考えられる」と著者らは結論づけた。
高悪性度乳癌のプロファイルがゲノム研究により解明
トリプルネガティブ乳癌のゲノム研究の予備的な結果は、珍しい遺伝的変異により悪性度の高い腫瘍と治療しやすい腫瘍を区別できる可能性を示唆する。コールドスプリングハーバー研究所でのゲノム生物学会議で、研究者らはこのように述べた。もし確認されればこの知見を利用して、とりわけ若い女性とアフリカ系アメリカ人に多いトリプルネガティブ癌に関連する遺伝子シグネチャー(遺伝子特性)を構築できるであろう。
エストロゲン、プロゲステロン、およびHER2受容体陰性の乳癌をトリプルネガティブと呼ぶ。これらの腫瘍の遺伝的な基礎をさらに解明する取り組みの中で、シカゴ大学のDr. Christopher D. Brown氏らは15のトリプルネガティブ腫瘍と11のエストロゲン受容体(ER)陽性腫瘍のタンパク質をコードする遺伝子塩基配列を調べた。ヒトでよくみられる多くの変異を含め、全部で3万5000を超える遺伝子変異を検出した。
ER陽性腫瘍にはなく、トリプルネガティブ腫瘍にのみみられる稀な変異を数千種同定するに至ったが、一般的な変異では腫瘍の種類を区別することはできなかった。
腫瘍組織を各人の対応する正常組織と比較することにより、多くの珍しい変異が癌の発生過程で現れるのではなく遺伝的に受け継がれていることを見出した。この知見は、この型の疾患の発生リスクの評価に女性のプロファイリングが有用になることを示唆する。「ただし、そのような検査はずっと先のことである」とBrown氏は指摘した。
「これらの癌における腫瘍多様性の遺伝学的な基礎を明らかにするうえでこれら初期の結果は有望だと考えており、現在シグネチャーを検証中である」と付け加えた。この研究は、DNA配列決定手法を研究中の癌に適用し、臨床的に重要な疑問に取り組む大規模プロジェクトの一環として実施された。
サメ軟骨抽出物は肺癌に無効
癌治療としてのサメ軟骨抽出物を厳密に評価する臨床試験で、非小細胞肺癌(NSCLC)患者に効果がないことが明らかになった。Journal of the National Cancer Institute誌5月26日電子版で発表された報告によると、化学療法および放射線治療と併用してサメ軟骨抽出物のAE-941またはNeovastat(ネオバスタット)を摂取した患者は、摂取しなかった患者に比較して生存期間が長くはなかった。否定的な試験結果は2007年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会で初めて報告された。
第3相ランダム化プラセボ対照臨床試験はNCIと国立補完代替医療センターが協賛して実施された。患者数の登録数増加が遅かったため試験は早期に終了した。379人の適格患者のみが最終解析に組み込まれた。「われわれの知る限り、この試験は今までに実施された最大のサメ軟骨由来物質の第3相試験であり、結果は明白だ」と研究者らは指摘した。AE-941の製造者であるカナダの製薬会社Æterna Laboratories社は、試験責任医師と緊密に協力して試験で使用した抽出物の純度の確保に努めた。
試験結果とは別の論説記事でNCI癌補完代替医療局の責任者Dr. Jeffrey White氏は、「この試験は適切に設計されて実施され、特定の製剤AE-941について重要かつ有用な知見を見出した」と指摘した。「サメ軟骨その他の天然物質が癌治療において有効でないことが試験により完全に証明された」と結論されたことに対して、White氏は「抗癌医療の一部としての天然混合物の潜在的価値は、いまだ多くの問題が未解決であり、高品質の研究で一歩ずつ解答を得ることができる」と注意を促している。
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榎 真由 訳
原 文堅(乳腺腫瘍医/四国がんセンター)
九鬼 貴美(腎臓内科)監修
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