トラスツズマブ デルクステカンはHER2低発現転移性乳がんの生存を改善
2022年8月5日、米国食品医薬品局(FDA)は、外科的に切除できない、または体内の他の部位に転移しているHER2低発現乳がんの治療薬としてトラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ)を承認した。トラスツズマブ デルクステカンの投与を受ける患者は、以下の条件のいずれかを満たしている必要がある。
・転移性乳がんに対して化学療法を1回受けたことがある
・手術後の化学療法の期間中または終了後6カ月以内にがんが再発した
FDAは、以下の記事に記載されるDESTINY-Breast04試験結果を踏まえて、今回の承認を決定した。
新たな臨床試験の結果によって、腫瘍のタンパク質HER2レベルが高くない転移性乳がん患者に対して、有効性の高い治療法への扉が開かれる可能性がある。これらの患者は、転移性乳がんの約半数にあたり、治療選択肢がこれまで限られていた。
この試験において、HER2標的薬であるトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、販売名:Enhertu[エンハーツ])による治療を受けた転移性乳がん患者は、標準化学療法を受けた患者に比べ、無増悪生存期間がほぼ2倍となり、全生存期間は6カ月長くなった。本試験の参加患者は全員、腫瘍が「HER2低発現」に分類され、転移性乳がんに対して1種類以上の他の薬剤による治療を受けたことがある患者であった。
これまでにHER2標的薬が奏効することがわかっているのは、HER2陽性乳がん、すなわち、腫瘍細胞がHER2を高レベルに発現している乳がんの人々だけであった。しかし、HER2陽性乳がん患者は全体の約15~20%に過ぎない。残りの人たちは、HER2が検出されないか、低レベルである。
新たに対象となったHER2低発現転移性乳がんは、「これまで治療がかなり困難であった」とJane Meisel医師は述べる。エモリー大学ウィンシップがん研究所の乳がん専門医である同医師は、本研究には関与していない。
今回の研究結果で、HER2低発現転移性乳がんの治療法が変わることが期待され、「患者にとって大きな勝利です」と、Meisel医師は2022年米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会中に開かれた記者説明会で述べた。また、今回の知見によって、転移性乳がんの分類方法が「根本的に変わるだろう」とも言う。
同じく本研究に関与していない、NCIがん研究センター女性悪性腫瘍部門のAlexandra Zimmer医師も、今回の結果は重要であり、HER2低発現転移性乳がん患者の新しい治療選択肢となるだろうとの見方で一致している。
しかし、Zimmer医師は、この結果が現在または将来利用可能な他のHER2標的薬にどの程度あてはまるかなど、いくつかの疑問が残ると指摘した。
研究リーダーであるスローンケタリング記念がんセンターのShanu Modi医師は、6月5日にシカゴで開催されたASCO年次総会でこの研究結果を発表した。
トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)は、「HER2低発現転移性乳がん患者において、標準化学療法と比較して無増悪生存期間および全生存期間に臨床的に有意な改善をもたらすことが示された、最初のHER2標的治療薬です」とModi医師は総会で述べた。
この結果は、New England Journal of Medicine誌にも同時掲載されたが、会場では腫瘍専門医やがん研究者らは非常に興奮して、Modi医師に総立ちの拍手喝采が送られた。
化学療法薬を腫瘍細胞に送り込む薬物
T-DXdは、抗体薬物複合体という薬剤の一種で静注投与される。抗体薬物複合体とは、モノクローナル抗体(T-DXdではトラスツズマブ)と、細胞を殺傷する化学療法薬物(T-DXdではデルクステカン)を化学的に結合させたものである。
T-DXdのトラスツズマブという成分は自動誘導装置の役割を担い、表面にHER2がある腫瘍細胞に直接化学療法薬を送り込めるようにする。抗体薬物複合体T-DXdが細胞内に運ばれると、結合していた化学療法薬が外れて、細胞を殺傷する。
いったん結合が外れると、T-DXdの化学療法薬成分(デルクステカン)は、HER2がほとんどないか、まったくない腫瘍細胞も含めて、周辺の腫瘍細胞にも入り込んで殺すことができる。このT-DXdのユニークな「バイスタンダー効果」は、他のHER2標的薬が効かないHER2低発現腫瘍に対しても同薬剤が奏効する主な理由であると考えられると、 Modi医師は述べる。
T-DXdは、先に行なわれたDESTINY-Breast03臨床試験の結果に基づき、他のHER2標的薬による治療歴のある進行または転移性HER2陽性乳がん成人患者の治療薬としてすでに承認されている。
開発中の他のHER2標的抗体薬物複合体も、「初期段階の試験で(HER2低発現乳がん治療での)見込みが示されている」とModi医師は述べた。
試験参加者は転移性または手術不能の乳がん
DESTINY-Breast04と呼ばれるこの臨床試験には、転移性または手術不能のHER2低発現乳がんであり、1種類または2種類の化学療法による治療歴のある成人557人が登録された。参加者の90%近くがホルモン受容体陽性、つまりエストロゲンやプロゲステロンというホルモンの受容体を発現している乳がんであった。この試験は、T-DXdを開発した第一三共とアストラゼネカ社から資金提供を受けて行われた。
試験参加者の3分の2はT-DXdを受ける群、残りの3分の1は医師が選択した化学療法薬を受ける群に無作為に割り付けられた。T-DXdは3週間ごとに静脈内投与され、患者は中央値で約18カ月間追跡調査された。
T-DXd投与群では、がんが悪化せずに生存した期間(無増悪生存期間)の中央値が約10カ月であったのに対し、化学療法群では5カ月であった。T-DXd投与群の全生存期間中央値は23.4カ月、化学療法群では16.8カ月であった。
これらの数字は、ホルモン受容体陽性の試験参加者に限定しても同様であった。
本試験はトリプルネガティブ乳がん(つまり、腫瘍にホルモン受容体がなく、HER2レベルが低い乳がん)を主として調べるようにはデザインされていないが、予備的な証拠から、トリプルネガティブ患者にもT-DXdが奏効したことが示されている。DESTINY-Breast04試験に参加した患者のうち、悪性度が特に高く治療が困難とされるトリプルネガティブ乳がんである割合は10%に過ぎず、「もっとデータが必要であり、理想的にはこの疑問に答えるために特別にデザインされた臨床試験が必要です」とZimmer医師は述べている。
重症化し得る肺炎を監視
T-DXd群と化学療法群でみられた副作用の割合は同程度であった。T-DXdで最も多くみられた重篤な副作用は、白血球と赤血球の減少および疲労であった。
T-DXdはまた、間質性肺疾患と呼ばれる重症化し得る肺炎を引き起こす可能性もある。DESTINY-Breast04試験では、T-DXd群の45人(約12%)がこの副作用を発症し、そのために3人が死亡した。一方、化学療法群ではこの肺疾患を発症したのは1人のみで、しかも軽症であった。
T-DXdを投与した患者は注意深く観察し、肺炎の徴候が現れたら速やかに治療しなければならないとModi医師は述べた。
腫瘍専門医らはすでにT-DXdを一部の乳がん女性の治療に使用しているため、この合併症が起き得ることは以前より知られるようになり、「より早期に診断し、より良く治療する方法についての知識も深まっている」と、イェールがんセンターの腫瘍専門医であるPatricia LoRusso医学博士は話す。同医師は本試験に関与していない。
この知識により、T-DXd治療を受けた人々における重症間質性肺疾患の割合は、T-DXdが数年前に初めて使用されるようになって以降、減少したとLoRusso医師は述べる。
HER2レベルの新たな評価方法が必要
Modi医師による研究結果の発表後、LoRusso医師は、今後数年のうちにT-DXd以外のHER2標的抗体薬物複合体が利用可能になってくると予想されることから、「[腫瘍の]HER2状態を評価する、より正確で感度の高い新たな方法についても考え直さなければなりません」と公式にコメントした。
LoRusso医師によれば、免疫組織化学的手法によるHER2低発現乳がんとHER2陰性乳がんとを区別する場合、病理医の意見は必ずしも一致しないことが最近の研究で判明したと
のことである。研究者らによって、HER2低レベルを検出する新たな検査法が開発中であるが、これらはまだ日常の患者ケアに使用できるまでには至っていないと同医師は述べている。
「どんな治療を患者に提供すべきか[を決定する]という観点から、腫瘍のHER2レベルを分類する方法を再検討する必要があります」とZimmer医師は言う。そして、新しい「HER2低発現」区分の下限がどこになるかはまだ明確になっていないと言う。
今後の研究課題としては、HER2低発現転移性乳がんの治療に用いられる他の標的薬(がん細胞上のCDK4およびCDK6タンパク質の活性を阻害するものなど)とT-DXdの比較検討も含まれるとZimmer医師は述べる。「理想的には、どの治療薬がベストであるかに答えを出し、患者に提供すべき順序を明確にするための臨床試験が必要です」。
さらに、LoRusso医師は、「T-DXdに対する驚異的で[長期間持続する]反応にもかかわらず、転移性乳がんはいずれは進行するものであり、腫瘍がなぜ反応しなくなるのかを理解することが重要です」と述べる。
現在進行中の臨床試験では、T-DXdが早期乳がんに対して有効な治療法となるかどうか、また、T-DXdは単独で使用するよりも他の薬剤と併用する方が有効性が高まるかどうかが検討されている。
HER2低発現腫瘍とは、細胞表面に存在するHER2タンパク質の量が少ない腫瘍と定義される。このような腫瘍は、乳がん全体の約50~60%を占める。組織生検でHER2が低レベルであるかどうかを判断するために、免疫組織化学法と呼ばれる検査を行なう。
HER2陽性乳がんやHER2を過剰に産生する他のがんでは、腫瘍細胞上の過剰なHER2ががん増殖を促す。HER2低発現腫瘍におけるHER2タンパク質の役割はまだわかっていない。HER2が少ない腫瘍は、HER2を標的とする既存の薬剤が奏効しないという理由で、従来はHER2陰性に分類されていた。その結果、これまでHER2低発現がんは、HER2陰性として治療が行われてきた。
日本語記事監修 :尾崎由記範(腫瘍内科・乳腺/がん研究会有明病院)
翻訳担当者 山田登志子
原文掲載日
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