タモキシフェンはPI3Kシグナルを活性化させ、乳がん患者の子宮がんリスクを高める可能性

PI3K経路阻害薬との併用が高リスク患者に有効である可能性

タモキシフェン(販売名:ノルバデックス)投与患者に発生した子宮がんには、PI3K経路の変異はほとんど認められないが、タモキシフェン誘因のPI3K経路活性化が認められるという研究結果が、2021年12月7-10日に開催されたサンアントニオ乳がんシンポジウムにおいて発表された。

前臨床試験において、PI3K経路の活性化は、PI3K阻害薬アルペリシブ(Piqray)の投与で緩和されることが認められた。

タモキシフェンは、多くの患者に投与されており、特に、乳房腫瘍の増殖を促進する、エストロゲン受容体の発現がある閉経前患者に投与される薬剤である。タモキシフェンにより、乳腺内のエストロゲン受容体活性は阻害されるが、子宮などの他の組織に存在するエストロゲン受容体を活性化させてしまう。このことにより、タモキシフェンに関連した子宮がん(TA-UC)として知られる稀な副作用が発生する可能性がある。

本試験の著者であり、ダナファーバーがん研究所とハーバード大学医学部内科・腫瘍内科准教授であるRinath Jeselsohn医師は次のように述べた。「タモキシフェンの投与は安全であり、タモキシフェンに関連した子宮がんの発生が稀であることをみなさんに理解していただきたい。われわれがこの稀な事象の機序を解明することで、他の付随するリスクファクターにより子宮がんリスクが上昇している患者を救うことができるのです」。

がん治療で二次腫瘍のリスクが高まるのは、通常、他の組織で制御不能な増殖の原因となる変異が引き起こされたり選択されたりすることによる。発表者のKirsten Kübler医学博士(マサチューセッツ工科大学・ハーバード大学ブロード研究所共同研究者、マサチューセッツ総合病院研究スタッフ、ハーバード大学医学部講師、最近ドイツのシャリテーにあるベルリン医学研究所に所属)は、次のように語った。「例えば、化学療法後に二次がんが発現する仕組みを調べるモデルでは、細胞がドライバー変異を獲得し、クローン性増殖を起こしています。今回の研究結果により、薬剤が経路を活性化させるような変異を作り出すのではなく、薬剤が直接シグナル経路を活性化するという意味でその見解が進展しました」。

タモキシフェン関連子宮がんの変異状況を明確にするため、Küblerをはじめ、Gad Getz医学博士、Agostina Nardone医学博士、Yosef Maruvka医学博士、Wilbert Zwart医学博士らは、タモキシフェン投与患者における二次がん発生率を評価したTAMARISK試験で得た21個のTA-UCのサンプルに対して全エクソームシーケンシングを行った。その結果を、The Cancer Genome Atlas(TCGA、がんゲノム・アトラス)参照によるタモキシフェン投与関連ではない原発の子宮がんと比較した。大半のゲノム変化は、タモキシフェン関連子宮がんと原発の子宮がんとの間で、同様に生じていることが認められた。

主要な例外としては、子宮がん発生要因として知られるホスホイノシチド3キナーゼ(PI3K)シグナル経路に変異をもたらす頻度は、タモキシフェン関連子宮がん患者のほうが有意に低いことが認められたことである。

PI3K経路の2つの重要な構成要素に影響が及んでいた。PIK3CA遺伝子は、タモキシフェン関連子宮がんで14%、原発子宮がんでは48%に変異が認められ、PIK3R1遺伝子は今回調べたタモキシフェン関連子宮がんでは変異が認められず、原発の子宮がんでは31%に変異が認められた。

研究者らは、TAMARISK試験で得た別の40個の独立サンプルについて、ドロップレットデジタルPCR検査を用いてPIK3CA多発変異を調べ、AACR Project GENIEの原発子宮がん患者群のデータと比較して、前述の結果を検証した。ここでも、PIK3CA変異の発現率は、タモキシフェン関連子宮がんサンプル(7.5%)のほうが原発子宮がん(21%)よりも低いことが認められた。

TA-UCにおいてPI3K経路の変異が減少する機序を解明するため、研究者らはタモキシフェンを投与したマウスの子宮組織を調べ、タモキシフェンにより細胞増殖マーカーであるKi67の発現が増加することを見出した。また、子宮組織からRNAシーケンスを行い、経路活性化を示すため、IGF1R、AKT、およびS6などのPI3K経路内リン酸化たんぱく質を染色した。これらのデータにより、PI3K経路の活性化は、タモキシフェン投与マウスのほうが対照群マウスよりも有意に高いことが判明した。

タモキシフェン誘因PI3K経路シグナルの活性化が事実上、PIK3CAやPIK3R1の変異の代わりに子宮がんの発生を促進する可能性をKübler医師およびJeselsohn医師は示唆した。

「今回の結果について特徴的なことは、治療関連腫瘍の発生に関して、私たちの知る限りこれまで発表されたことがない新たな機序説明を見出せたことです」と、Kübler医師は付け加えた。

研究者らは、PI3K阻害薬のアルペリシブをタモキシフェンと併用投与したマウスを用いて、タモキシフェンが誘因するPI3K経路活性化を緩和させようと試みた。併用治療を行うことで、Ki67染色やPI3Kシグナルのマーカー増加が抑制されることが判明した。

Jeselsohn医師はこう語る。「乳がんに対してタモキシフェンを服用している女性で、子宮がんリスクが高い人には、予防戦略としてPI3K阻害薬を投与できる可能性があります」。

さらにこう続ける。IBIS-1試験の長期的データから、子宮がんの過剰リスクはその治療期間に限定されることがわかっている。タモキシフェン関連子宮がんが、腫瘍発生の多段階プロセスの一部としてある経路の非変異活性化に依存している可能性があるという本結果は、この臨床知見を部分的に説明できるかもしれない。

本研究の限界は、利用可能な患者サンプルが比較的少なかったことである。タモキシフェン関連子宮がんは一般的な疾患ではないうえ、サンプルはホルマリンで固定したパラフィン包埋組織であったため遺伝的特性を調べるうえで困難を伴った。

本試験は、ダナファーバーがん研究所の婦人科がんSusan F. Smithセンターにより資金提供を受けた。Jeselsohn医師は、ファイザーおよびEli Lilly and Company社から研究の資金提供を受けており、Carrick Therapeutics およびLuminex社のコンサルタントを務めている。Kübler医師は、利益相反のないことを宣言している。

翻訳担当者 平 千鶴

監修 小坂泰二郎(乳腺外科・化学療法/医療社会法人石川記念会 HITO病院)

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