乳がんHER2阻害薬ツカチニブとT-DXdに関する2試験

新規分子標的薬が進行HER2陽性乳がん患者を対象とした2つの臨床試験で有望な結果を示し、結果はサンアントニオ乳がんシンポジウムおよびThe New England Journal of Medicine(NEJM)誌で発表された。

ダナファーバーがん研究所の医師が主導した試験において、ツカチニブおよびトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)による病勢進行の抑制が認められた。

最初に1つの薬剤が脳転移のあるHER2陽性乳がん患者を対象とした臨床試験で効果を示した。

標準治療が無効なHER2陽性乳がん患者を対象とした、ダナファーバーがん研究所および他の施設の医師が主導した2つの臨床試験で、有望な結果が得られた。この試験には脳転移がある患者も含まれていた。

試験の結果は、12月11日、サンアントニオ乳がんシンポジウムおよびNEJM誌で同時に発表された。この2つの試験において、複数の治療に対して耐性を示すHER2陽性乳がん患者を対象に2つの分子標的薬が評価された。両試験において、多くの患者で新たな分子標的薬による病勢進行の休止と改善が認められた。1つの試験では、試験薬により病勢進行のリスクが約半分、死亡リスクが3分の1減少した。

「HER2タンパクを標的とした薬剤の開発により、HER2陽性乳がん患者の転帰は劇的に改善しました。しかし、HER2陽性転移乳がん患者のほとんどが最終的にこれらの薬剤に対して耐性を示すようになるため、新たなよりよい治療が必要となります」と、ダナファーバーがん研究所の婦人科がんSusan F. Smithセンター、乳腺腫瘍学部門の主任であり、これら試験の論文の上席著者であるEric Winer医師は述べた。「これら試験の結果は、分子標的薬が脳転移のあるHER2陽性乳がん患者の生存期間を改善するという初めてのエビデンスであり、この目標に対し大きな進捗をもたらしました」。

HER2陽性乳がん(成長促進タンパクであるHER2に対するがん検査で陽性となること)は乳がん患者の15〜20%を占める。HER2タンパクを標的とするトラスツマブ(ハーセプチン)やペルツズマブ(パジェータ)、あるいは抗体薬物複合体(抗体を利用して化学療法剤を直接がん細胞に到達させる薬剤)であるT-DM1などの登場により、患者の予後は劇的に改善した。しかし、これらの薬剤に対する耐性発現は、結果的に新規薬剤の必要性を生んだことになる。NEJM誌に掲載された論文はこちらを参照のこと。

これら2つの試験では、標準治療に耐性を得たHER2タンパクに対して、新たな攻撃方法を採用した。両試験において、多くの患者で薬剤の臨床効果が認められた。

新規分子標的薬を用いた国際共同臨床試験

2試験のうちの1試験、HER2CLIMBと名付けられた国際共同試験では、トラスツマブ、ペルツズマブまたはT-DM1治療を受けたHER2陽性転移乳がん患者を対象に、経口薬剤であるツカチニブについて検討された。ツカチニブはHER2の分子標的薬であるが、他の類似薬とは異なるHER2タンパクの部位またはドメインに結合する。この試験には北米、欧州、アジアおよびオーストラリアから15カ国、155施設が参加し、615人が組み入れられた。無作為に410人がツカチニブ+トラスツマブ+化学療法であるカペシタビンの投与を受ける群、202人がトラスツマブ+カペシタビン+プラセボ投与を受ける群に割り付けられた。

治療開始1年後、無増悪生存率が対照群で12%であったのに対し、ツカチニブ群では33%であった。2年後の全生存率(治療開始2年後の生存者の割合)は、ツカチニブ群で45%、プラセボ群で27%であった。

脳転移のある患者において、1年後の無増悪生存率が対照群で0%であったのに対し、ツカチニブ群では25%であった。

ツカチニブ群で最も高頻度に認められた副作用は、下痢、手掌足底発赤知覚不全症候群(手のひら、足の裏に発赤、疼痛、浮腫などがみられる状態)、悪心、疲労および嘔吐であった。

「本試験の結果から、標準治療による効果が著しく限られている患者に対し、トラスツマブとカペシタビンにツカチニブを追加することにより、病勢進行および死亡のリスクにおいて臨床的に意味のある低下が認められました」と、試験の上席著者であるWiner氏は述べた。「最も重要なのは、ツカチニブが死亡リスクを3分の1下げたことです。これは複数の治療を受けた患者集団においては前例のないことです」。

「この併用療法は、全てのトラスツマブ、ペルツズマブおよびT-DM1治療を受けたHER2陽性乳がん患者に対する標準治療となる可能性があります」。

新規抗体薬物複合体

DESTINY-Breast01と名付けられたもう1つの試験では、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd、販売名:ENHERTU)というT-DM1の様に抗体が抗がん剤に結合している薬剤について検討された。T-DM1では抗がん剤は、細胞内の重合形成を阻害することにより、殺細胞性を示すが、T-DXdでは分裂する前のDNAを複製する過程を阻害する。

この国際共同試験には、T-DM1既治療のHER2陽性転移乳がん患者253人が組み入れられた。組み入れられた患者は転移乳がんに対して、中央値6種類の前治療を受けていた。

184名が推奨用量のT-DXdを投与され、61%が治療に奏効し、そのうち6%が完全奏効(がんの徴候がすべて消失すること)、55%が部分奏効(腫瘍サイズまたは全身への転移が縮小すること)であった。無増悪生存期間(病勢が進行するまでの生存期間)中央値は16.4カ月であった。

「この試験で得られた有効性に関する指標値は、既治療HER2陽性転移乳がん患者を対象とした他の試験で得られた値と比較して、大幅に高い値でした」と、ダナファーバーがん研究所 乳腺腫瘍学部門 の副主任であり、本試験の上席著者であるIan Krop医学博士は述べた。

184人の病勢コントロール率は97%であった。「これは、この層の患者のほとんどがこの療法に少なくとも何らかの奏効を示すことを示唆します」とKrop博士は言及した。「T-DM1および他の治療でがんが進行した患者において、トラスツズマブ デルクステカン療法は持続的な奏効が高い割合で認められたことは、この療法がこの患者集団の新たな治療選択肢となりうることを示唆します」。

ほとんどすべての患者に治療に関連した有害事象(TEAE)が認められ、57%に好中球数の減少、悪心、貧血、リンパ球数の減少、疲労を含むグレード3以上のTEAEが認められた。15%の患者がTEAEにより治療を中止した。間質性肺疾患(ILD)は25人に認められた。

「ILDは、T-DXd治療を受けた患者において、深刻な問題です」と、Krop氏は述べた。「認められたILDの多くはグレード1または2でしたが、残念ながら4人(2.2%)の死亡が認められました。この潜在的な毒性があることから、早期発見のためILDの兆候や症状を注意深くモニタリングすることが推奨されています。ILDが疑われた場合、高分解能CT、呼吸器専門医への相談、呼吸器機能検査およびその他の検査を用いて診断をする必要があります。ILDと診断されたら、治療を中断し、速やかにグルココルチコイドを投与することが推奨されます」。

資金提供者

HER2CLIMB試験は、Seattle Genetics社の助成を受けている。T-DXd試験は第一三共およびアストラゼネカの資金提供を受けている。Winer氏はCarrick Therapeutics、Genentech/Roche、Genomic Health、GSK、Jounce, Leap、Lilly、MerckおよびSeattle Geneticsの各社から資金提供を受けている。

Krop氏は、Genentech/Rocheおよびファイザーから支援助成金および研究助成金を、第一三共、Macrogenics、アストラゼネカ、Genentech/Rocheの各社から謝礼を受けている。

翻訳担当者 後藤若菜

監修 小坂泰二郎(乳腺外科・化学療法/医療社会法人石川記念会 HITO病院)

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