トリネガ乳がんにおける5種類の分子サブタイプの解明

マルチオミクス総合解析により、いくつかの標的候補を同定

欧州臨床腫瘍学会(ESMO)

ベルギー、ブリュッセルにあるInstitut Jules BordetのChristos Sotiriou医師の研究グループは、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の分子サブタイプを特徴づける実質的な生物学的不均一性を明らかにし、抗がん療法開発のための標的候補をいくつか同定した。特に、トリプルネガティブ乳がんを5種類の安定な転写サブタイプに分類できることをこの研究グループは示した。この研究は、Molecular Taxonomy of Breast Cancer International Consortium(METABRIC)およびThe Cancer Genome Atlasが収集したコピー数異常、体細胞変異、および遺伝子発現のデータを用いて行われた。合計550の乳がん検体をLehmannによる分子サブタイプに従って分類した。この発見はAnnals of Oncology誌に公表される。

著者らは研究の背景で、近年の全ゲノム遺伝子発現プロファイリング解析によってトリネガ乳がんの生物学的複雑性と多様性の理解が深まったと述べた。トリプルネガティブ乳がんの分子サブタイプは、BL1(basal-like 1、基底細胞様)、BL2(basal-like 2、基底細胞様2)、IM(immunomodulatory、免疫調節系)、M(mesenchymal、間葉系)、MSL(mesenchymal stem-like、間葉系幹細胞様)、およびLAR(luminal androgen receptor、管腔アンドロゲン受容体)の少なくとも6種類が報告されている。しかし、各サブタイプを生じる原因となりうる分子現象や、生存や治療に対する反応の違いは、ほとんど解明されていない。

本研究では、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)オンラインサブタイプ分類ツールを用いて、Lehmannの分子サブタイプに従ってトリネガ乳がんの検体を分類した。各サブタイプは、臨床病理学的特徴について有意な差異を示した。

多変量モデルを用いたところ、IMサブタイプはより良好な予後との関連(HR = 0.68; p = 0.043)が示されたが、LARサブタイプは最悪の予後との関連が示された(HR = 1.47; p = 0.046)。

BL1サブタイプはゲノムが最も不安定なサブタイプで、TP53変異(92%)、およびDNA修復メカニズムに関わる遺伝子(BRCA2, MDM2, PTEN, RB1およびTP53)のコピー数減少が高いことがわかった。

LAR腫瘍は、高い変異荷重と関連があり、特にPI3KCA(55%)、AKT1(13%)およびCDH1(13%)遺伝子では変異が多かった。

MおよびMSLサブタイプは、血管新生のシグネチャースコアが高いことと関連していた。

IMは、免疫シグネチャーとPD1、PDL1、CTLA4などの免疫チェックポイント阻害遺伝子の発現レベルが高かった。

トリプルネガティブ乳がん(TNBC)特異的変異の特徴を詳細に明らかにする最大規模の試験

BL1、IM、およびM腫瘍は基底細胞様(basal-like)型に、大半のLAR腫瘍およびMSL腫瘍はそれぞれHER2過剰発現型(HER2-enriched)およびnormal-like腫瘍に分類される。LAR腫瘍はPI3K経路にクラスター形成する変異を顕著に過剰発現する高い変異荷重との関連が認められ、MSL腫瘍は最も低い変異荷重を示すものであり、それぞれ、遺伝子発現プロファイル検査PAM50によるHER2過剰発現サブタイプおよびnormal-likeサブタイプとに関連があることを部分的に説明できると考えられる。

この一連のトリネガはほとんどが浸潤性乳管がんだが、LARサブタイプとIMサブタイプとにはある程度の差違が認められ、LAR腫瘍は浸潤性小葉がんを、IM腫瘍は髄様がんを多く含んでいた。LAR腫瘍と同様に、小葉がんはPIK3CA遺伝子、AKT1遺伝子およびCDH1遺伝子の変異頻度が高く、IM腫瘍のような髄様乳がんは、高発現レベルの免疫チェックポイント遺伝子および免疫応答シグネチャーによって捕捉される腫瘍浸潤性リンパ球を多く含む。

この研究チームは、トリプルネガティブ乳がんの各分子サブタイプを特異的に特徴づける変異およびコピー数プロファイルの違いを発見した。この発見から、トリネガ患者のための新しい治療法が示される。

たとえばBL1腫瘍は、高いゲノム不安定性、TP53、BRCA1/2およびRB1遺伝子の高いコピー数減少、ならびにPPAR1遺伝子の高いコピー数増加が特徴であることが実証され、この腫瘍がPARP阻害薬に感受性をもつ可能性が示唆された。さらに、BL1腫瘍の90%に、KRAS、NRASおよびBRAFに、それぞれの遺伝子のmRNAの有意な過剰発現を伴うコピー数増加が認められたことから、BL1腫瘍はMEK1/2阻害薬の治療対象候補になる可能性もある。高い割合のBL1に、PIK3CA、AKT2、およびAKT3遺伝子が有意に過剰発現するPIK3CAコピー数増加が高頻度に認められることから、BL1にはPI3K/AKT阻害剤が有効である可能性もある。

さらに、LARおよびMSL腫瘍はRB1を保持する一方でCDK4およびCDK6 mRNA発現レベルが有意に低いことを、この研究チームは明らかにした。RB1、CDK4、およびCDK6の発現は、CDK4/6阻害薬に対する反応に関連していることが示されているので、LARおよびMSL腫瘍と診断された患者はCDK4/6阻害薬の対象候補になるかもしれない。さらに、LAR腫瘍の75%にPI3Kシグナル伝達経路に体細胞変異が認められており、非臨床モデルにおいて以前報告されたとおり、PI3KおよびAKT阻害剤が有効である可能性が示唆された。

MSL腫瘍は、遺伝子の安定性が高いにもかかわらずPDGFRおよびVEGFRに有意なmRNA過剰発現を示しており、無選別のトリネガ群とは対照的に、抗血管新生療法が有効である可能性が示唆された。

MサブタイプにはEGFRおよびNotchシグナル伝達経路が多く認められ、EGFR、NOTCH1、NOTCH3にmRNAの発現レベルが高く、EGFRおよびNotchシグナル伝達経路はこの腫瘍の標的候補になる可能性が示唆される。抗VEGF阻害薬と同様に、EGFR阻害薬も無選別のトリネガ乳がんには生存の優位性は認められなかった。

IMはほかのトリネガ乳がんサブタイプと異なり、免疫関連シグネチャーの発現レベルが高く、さらにPD1、PDL1およびCTLA4などの免疫チェックポイント阻害遺伝子のmRNA発現レベルも高かった。したがって、この腫瘍にはチェックポイント阻害薬がほぼ奏効するのではないかと考えられる。

MYCは、MSL以外のほぼすべてのTNBCサブタイプにおいて最も高い頻度で増加/増幅される遺伝子で、BL1およびMサブタイプにおける有意なmRNA過剰発現と関連している。CDK1/2およびスプライセオソーム核成分BUD31の選択的阻害によって、MYCが過剰発現しているTNBC腫瘍の人工的死滅が誘発されることがわかり、したがって、特にBL1およびMサブタイプにおいてCDK1/2およびスプライセオソームの阻害に有効である可能性が示唆されることが、最近明らかになった。

結論

無選別のトリプルネガティブ乳がん患者では分子標的治療の臨床効果が限定されていることから、分子サブタイプの分類によって治療効果を最大限に引き上げることを目的とした研究が行われている。トリネガ乳がんの治療標的を調べる臨床試験は過去から現在にかけて数多く行われているにもかかわらず、いまだに化学療法が唯一の標準治療である。今回、公開されているデータベースを用いてコンピュータによる総合解析を行った結果、Lehmannによるトリプルネガティブ乳がん(TNBC)分類を再現することができた。この解析によっていくつかの標的候補を同定することができた。

本研究チームはTélévie、the Fonds National de la Recherche Scientifique(F.R.S.-FNRS)の支援、およびthe Région Wallonneの助成金による支援を受けた。本研究は、乳がん研究基金(Breast Cancer Research Foundation(BCRF))の助成金による支援を受けた。

参考文献

Bareche Y, Venet D, Ignatiadis P, et al. Unravelling triple-negative breast cancer molecular heterogeneity using an integrative multiomic analysis.Annals of Oncology, Published online 22 January 2018. https://doi.org/10.1093/annonc/mdy024

翻訳担当者 粟木瑞穂

監修 小坂泰二郎(乳腺外科/彩の国東大宮メディカルセンター)

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