難治性乳がんの原発腫瘍と転移腫瘍では遺伝子変化が異なる

薬剤抵抗性のエストロゲン受容体陽性乳がんでは、原発巣から転移した腫瘍はしばしば原発腫瘍と異なる遺伝子変化を有することが、ダナファーバーがん研究所が行った大規模な腫瘍組織分析で明らかになった。2016年サンアントニオ乳がんシンポジウムで本日発表されたこの遺伝子変化の違いに関する知見は、新たな薬剤標的の探索に指針を与え、がん転移の際に患者が受ける治療に影響を与える可能性がある。

「エストロゲン受容体(ER)陽性乳がんの治療ではエストロゲン受容体を標的とした治療を行いますが、その飛躍的な進歩にもかかわらず患者が治療に対する抵抗性を獲得する場合が多いのです」と、本研究の筆頭研究者であり、ダナファーバーがん研究所のがん高精度医療センターの副部長およびマサチューセッツ工科大学・ハーバード大学ブロード研究所の準会員であるNikhil Wagle医師は述べる。「耐性腫瘍は現在でも乳がんで最も多い死因ですが、どのような機序で耐性が発生するかはよくわかっていません」。

ダナファーバーがん研究所およびブロード研究所の博士研究員であり計算生物学者のOfir Cohen博士は本研究の筆頭著者である。Cohen博士の説明によれば、未治療の乳がん原発腫瘍のゲノムを調査したこれまでの研究とは異なり、本研究では難治性がん患者の転移巣の腫瘍標本に焦点を当てている。「現在われわれが行う研究は多くの研究者が着手し始めた取り組みのひとつであり、転移と耐性の状態の遺伝的根拠をよりよく理解することで両者の溝を埋めることを目的としています」。

本研究では、Wagle医師、 Cohen博士および共同研究者らが、ダナファーバーがん研究所のSusan F. Smith Center for Women’s Cancersの130人の難治性ER陽性転移性乳がんの腫瘍標本を分析した。また、そのうち34人の原発巣の未治療腫瘍標本も分析した。研究者らはこれらの乳がん標本に対し大規模な並列シーケンス(次世代シーケンシングとしても知られる)を全エクソーム(がん細胞の全タンパク質の遺伝情報)とトランスクリプトーム(細胞タンパク質の生産に関する全遺伝的指示)について行った。

「われわれは薬剤耐性、ER受容体陽性、転移性乳がんのゲノムの状態が、原発巣のER受容体陽性乳がんのそれと大きく異なることを発見しました」と、Cohen博士は述べる。「さらに、われわれは転移巣の腫瘍検体から臨床に関わる遺伝子および分子の変異を複数個特定することができました。これは次の治療の選択、臨床試験への参加資格、新たな薬剤標的などに関して示唆を与えるものです」。

全エクソーム解析の結果、乳がんの転移巣の腫瘍標本ではESR1、ERBB2、 PIK3CA、 PTEN、RB1、 AKT1遺伝子の変異が他の変異と比べ多く見られた。また、トランスクリプトーム解析では特定の薬剤に対する耐性の原因となる細胞状態を特定した。

「原発腫瘍と転移腫瘍の両方に発生する遺伝子異常は、どの種の腫瘍が転移しやすいかを示すサインかもしれません」と、Cohen博士は述べる。「主に転移腫瘍標本に見られる異常は、どの薬剤が耐性を克服または防止する傾向があるかに関するヒントとなる可能性があります。これらの発見は血液のセルフリーDNA検査(液体細胞診)などの技術を使い、腫瘍のゲノム構成を定期的に監視することの潜在的な重要性を強く示しています」。

Wagle医師によれば、解析の結果腫瘍に患者の治療へ影響を与える異常があった場合、その結果は医師および患者に送付され、臨床の意思決定に用いられているという。

研究者らは本研究の機能面および臨床面での発見をER陽性転移性乳がんの総合的な“抵抗性アトラス(Resistance Atlas)”に統合することを計画しており、このアトラスは、個々の患者に対して治療の決定に関する情報を提供し、疾病に対する新たな併用療法戦略の開発を促進するであろう、とWagle医師は述べている。

本研究の制約としては、ほとんどの腫瘍標本が転移性かつ治療抵抗性を有していたため、転移に関する変異が薬物耐性に関する変異と混ざりあっていた点があげられる。転移性による事象を抵抗性による事象と切り離すため、研究者らはいくつかの機能分析を行っている。

本研究は以下より助成を受けた:the National Cancer Institute, the National Human Genome Research Institute, the Department of Defense Breast Cancer Research Program, Susan G. Komen, The V Foundation, The Breast Cancer Alliance, the AACR-Landon Foundation, the Friends of Dana-Farber Cancer Institute, and the Breast Cancer Research Foundation。Cohen博士には申告すべき利益相反はない。Wagle医師はFoundation Medicineの株主であり、Novartis社の顧問であるとともに、Novartis社、Genentech,社、Merck社から研究助成を受けている。

翻訳担当者 高橋多恵

監修 原 文堅(乳がん/四国がんセンター)

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