乳がんの骨転移の過程がマウス実験で明らかに

米国国立がん研究所(NCI)ブログ~がん研究の動向~

研究者らは、マウスの乳がん細胞のひろがり方を追跡し、骨髄に出入りする乳がん細胞の動きを制御していると考えられる2つのタンパク質を同定した。

今回の研究によると、E-セレクチンと呼ばれるタンパク質は、乳がん細胞が骨髄のある領域に入るのを助け、もう一方のタンパク質CXCR4は、乳がん細胞が骨髄内にとどまるのを助けている可能性があるという。

5月25日発行のScience Translational Medicine誌において、デュークがん研究所のTrevor Price博士らは、今回の結果は、乳がん細胞の骨へのひろがり、つまりがんの転移の解明のための「分子骨格“molecular framework”」となるだろうと語る。さらに、この研究は、乳がん女性の骨転移の予防や治療のための新戦略となるだろうとも述べている。

転移のメカニズムを探る

ヒトにおける乳がんは治療後10年以上が経過してから再発することがあり、多くの症例で、がんは骨に転移する。

「私たちはこの研究で、乳がんが数年前に治癒したと思っている患者さんにも再発するという困難な臨床的課題に取り組んでいます」と、研究の代表者であるデュークがん研究所のDorothy A. Sipkins医学博士は説明する。

過去の研究によると、こういった遅発性の再発は、すでに骨にひろがり(微小転移として知られる)ながら休止状態を保つ乳がん細胞の発現によって起こるという。しかし乳がんが骨に転移するメカニズムはよく理解されていない。

E-セレクチンは接着タンパク質(細胞が、別の細胞や、細胞の周囲に結合するのを助けるタンパク質)で、血管を裏打ちする細胞表面に存在する。E-セレクチンは、骨髄中のある領域、すなわちニッチ(微小環境)への造血幹細胞のホーミング(移動・定着)と関連付けられ、ここではE-セレクチンが高発現していることから、研究者らは、乳がん細胞は自身の骨内への移動を仲介させるためE-セレクチンを選択しているのではないかと調査をしていた。

高解像度のリアルタイム顕微鏡観察法として知られる手法を用いて、研究者らは、骨に転移したヒト乳がん細胞を含むマウスの乳がん細胞の動きを個別に追跡した。「この手法により、骨髄内の乳がん細胞を視覚化でき、単細胞まで判別できます」と、Price医師は説明した。

研究者らは、乳がん細胞が、E-セレクチンに結合していると考えられる複数のタンパク質を発現していることを発見した。研究者らはマウスでの実験を通じ、乳がん細胞は、E-セレクチンを発現している血管に選択的にひろがり、E-セレクチンとの相互作用により骨髄内への侵入が可能となることを明らかにした。

「E-セレクチンは特定の血管に発現する粘着性のタンパク質で、骨髄への入り口の役割をしています」「骨髄は、乳がん細胞に保護する家を与えていると考えられます」と、米国国立心肺血液研究所、血液学部門のCynthia Dunbar医師(本研究には不参加)は説明する。

研究者らは、乳がん細胞は、類洞血管として知られる骨髄内のある特定のエリアに移動することを発見した。このニッチは、「化学療法から守られる避難所」となっているのでないかと著者らは述べている。いったん骨髄に入った乳がん細胞は、長期間そこに留まり続け、化学療法やそのほかの治療からの攻撃から守られると考えられる。

研究者らは続いて、レセプタータンパク質CXCR4は、乳がん細胞の骨髄内への定着を助けている可能性があると述べている。Plerixafor[プレリキサホル](商品名:Mozobil[モゾビル])と呼ばれる薬剤は、CXCR4レセプターの阻害や、幹細胞移植の際に幹細胞を採取するため、幹細胞を血流に動員させるのに用いられるが、この薬剤をマウスに投与したところ、休止状態の乳がん細胞の一部が骨髄の外に押し出された。

追加実験で、研究者らはGMI-1271と呼ばれるE-セレクチン阻害剤を使用し、血管を循環する乳がん細胞が骨髄に侵入するのを阻害した。Dunbar医師によると、この薬剤は、白血病と多発性骨髄腫において、腫瘍細胞を骨髄から、化学療法でより攻撃しやすい血液中に押し出す手段として、ヒトでの臨床試験で評価が行われているところである。

「これらの結果は、ニッチから細胞を押し出すCXCR4阻害剤と、骨髄転移を阻害するE-セレクチン阻害剤とを併用することで、細胞を血管系に追い込み、化学療法で死滅させることができる可能性を示しています」と、Science Translational Medicine誌の編集者は記事に付随する要約の中で記している。

次のステップに期待

研究者らは、マウスモデルと乳がん患者の組織を用いて、今回の研究で明らかになった機序の調査を続けていく予定である。「われわれは、乳がん細胞を臨床的休止状態のままかくまわれている環境から引き離すことで、この細胞の弱点をさらすことができないか知りたいのです」と、Sipkins医師は述べる。

今後の研究では、骨髄から出て動ける状態となった乳がん細胞に何が起こるのかということも検証していくことになるでしょう、とPrice医師は付け加えた。

骨髄から押し出された乳がん細胞は、血流を通って脳などの別の臓器に移動するのではないことを確認するためには、さらなる研究が必要である、とDunbar医師は述べる。現在の研究は、未来の研究の方向性を示すものとなるでしょう、とDunbar医師は続けた。

「乳がん細胞が骨にひろがる過程について知れば知るほど、骨転移の予防や治療の方法を探ることができるようになるでしょう」、とDunbar医師は述べた。

翻訳担当者 平沢 沙枝

監修 原 文堅(乳がん/四国がんセンター)

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