乳がんの化学療法抵抗性に関する新原理

米国国立がん研究所(NCI)ブログ~がん研究の動向~

BRCA1またはBRCA2遺伝子に変異を有する乳がんについて、薬剤耐性を獲得する意外な過程が基礎研究により明らかになり、DNA損傷修復の再構築をせずにすむようになった。この知見は、国立衛生研究所の一部門、国立がん研究所(NCI)のAndre Nussenzweig博士、Shyam Sharan博士および共同研究者によって報告され、2016年7月21日にNature誌に掲載された。

正常細胞では、BRCA1およびBRCA2タンパク質は、DNA損傷を検出、測定し、損傷に対して反応して、損傷DNAの修復を促進する複雑な機能を果たすのに役立つ。BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異を受け継いだ個体はDNA修復に欠陥があり、乳がんおよび卵巣がんなどの発がんリスクが高くなる。

特に、BRCA1/2の変異は、遺伝性乳がんの20~25%、全乳がんの5~10%を占める。BRCA1/2変異のある細胞のDNA切断の修復能が低下すると、その細胞がDNA損傷剤に感受性を示すようになる。しかし、乳がんは最終的にこのような薬剤に対する耐性を獲得する。化学療法によるDNA切断を修復する正確なDNA修復経路が回復することによって、そのような腫瘍で化学療法抵抗性が発現することが裏づけられている。

過去10年間、正常な状態および病的な状態でDNA修復を制御する細胞機構を解明しようと試みてきた。「DNA修復はわれわれの研究の基礎であり、正確なDNA修復をせずにすむように腫瘍細胞が進化する機構は複雑なものです」とNussenzweig博士は述べている。「BRCA1またはBRCA 2変異腫瘍の薬剤耐性を高める過程に関する知識を深めることによって腫瘍特異的脆弱性を標的とした新しい治療法が生まれる可能性があります」。

この研究では、研究者らは、BRCA1/ 2変異乳がんおよび卵巣がんに関して、薬剤耐性を引き起こす主な機序としてDNA複製フォークの保護および安定化を関係づけた。複製とは、単一DNA分子から識別できない2つのDNAコピーを作成する細胞過程である。このDNAコピーの過程は細胞分裂に必須の段階であり、複製フォークと呼ばれる限定された部位にみられる。

複製フォークはDNA分子と共に移動するため、その動作は、総称して複製フォークバリアと呼ばれる多様なDNA構造およびタンパク質の存在によって妨げられうる。このような複製フォーク移動の阻害によってフォークの停止と呼ばれる状態になる。複製フォーク停止に関しては、DNAの新規合成鎖を保護するのにBRCA1/2タンパク質が必要とされる。この2つのタンパク質が欠損していれば、複製フォークが不安定になり、新規合成DNAが分解されて、ゲノムの不安定性およびDNA損傷剤に対する感受性が増す。

研究者らは、新規合成DNAを分解する酵素を用いて、複製フォークの不安定化を促進するTIP、CHD4およびPARP1などのタンパク質を特定した。このようなタンパク質が欠損すると、複製フォークでDNAが保護され、BRCA1/2変異細胞の薬剤感受性が著しく逆行し、その細胞が化学療法抵抗性になる。これまでの研究で、複合タンパク質の活動の阻害によって複製フォーク保護に関する評価項目が同じになったため、腫瘍細胞が化学療法的介入を回避し、薬剤耐性を得る複雑な方法が明らかになった。この結果は臨床現場で特に重要であり、このようなタンパク質の発現がBRCA1およびBRCA2変異がんの患者のDNA損傷剤を用いた化学療法に対する反応を示す指標となると考えられる。

このような結果は、BRCA1/ 2変異の観点から、総じてゲノムの不安定性および薬剤感受性を妨げる複製フォークバリアの重要性を強調するものである。また、この結果から、細胞内のこのようなタンパク質の濃度がBRCA1/2変異がんにみられる獲得耐性にかかわる予後因子として用いられる可能性があることが示唆されている。

「この分野に関する現在の定説では、DNA修復経路が回復した場合にかぎり、BRCA1/ 2変異細胞が化学療法抵抗性になるといわれています。われわれの研究では、この定説の発展だけでなく、再検討を始めています」との見解をNussenzweig博士は述べた。

翻訳担当者 木村 素子

監修 勝俣 範之(腫瘍内科、乳がん・婦人科がん/日本医科大学武蔵小杉病院) 

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