高リスク、転移性乳がんを対象とした免疫療法の臨床試験に期待が高まる

MDアンダーソン OncoLog 2015年7月号(Volume 60 / Number 7)

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高リスク、転移性乳がんを対象とした免疫療法の臨床試験に期待が高まる

この数十年、乳がんの治療成績は改善し続けているものの、再発および転移性の乳がんの治療は引き続き困難である。転移性乳がんの治療とリスクの高い乳がんの再発予防に向け、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者らは、患者の免疫を活性化するさまざまな手法に取り組んでいる。免疫療法に関する数多くの臨床試験もすでに始まっている。

最近の研究知見から、乳がん治療における免疫療法に対する関心が再燃していると、外科腫瘍学准教授のElizabeth Mittendorf医学博士は話す。「乳がんは長年、免疫原性を持たないと考えられてきましたが、過去2年間に発表されたデータをみると、乳房の腫瘍にT細胞を含む免疫細胞があることが示されています。つまり乳がんは免疫原性を持つということです」と、同医師は言う。

他のタイプのがんで免疫療法が飛躍的前進を遂げたことで、乳がん向け免疫療法の研究にも期待が高まっている。「がんに対する免疫学の理解は急速に進歩しています」と、乳腺腫瘍科教授のNuhad Ibrahim医師は述べる。悪性黒色腫(メラノーマ)および前立腺がんに対する免疫療法薬剤やワクチンの最近の成功をあげ、「乳がんではこうした飛躍的な進歩はまだありませんが、進歩につながる糸口はすでに見つかっています」と、同医師は話す。

研究者らは、こうした糸口から複数の可能性を模索している。「以前から免疫系を活性化させるというのは魅力的でしたが、その一方で、インターフェロンやインターロイキン‐2といった古い免疫療法では、乳がん患者が利益を得るだけの十分な免疫反応が出ませんでした」と、乳腺腫瘍科教授のDebu Tripathy医師は言う。しかしワクチン療法や免疫チェックポイント阻害剤、その他の免疫療法の進歩を得て、「ついにわれわれは新たな段階に入りました」と、Tripathy医師は述べた。

ワクチン

抗MUC1ワクチン

「転移性乳がん患者に対してワクチンを使う以前の免疫療法の試験は、患者の全生存を改善するという主要目的を達成しませんでした。しかしそうした過去の研究から、われわれは多くのことを学んだのです」と、Ibrahim医師は言う。同氏は1990年代に、乳腺腫瘍科教授のJames Murray III医師とともに、sialyl-Tn-keyhole limpet hemocyanin(STn-KLH、市販名Theratope)ワクチンを使ったランダム化臨床試験を実施した。STn-KLHワクチンは、乳がん細胞を広く覆う表面に発現するMUC1と呼ばれるムチンに由来する。この臨床試験は転移性乳がん患者の無増悪生存を延ばすという目標を達成しなかった。しかしながら事後解析により、このワクチンは、以前にタモキシフェンによる治療を受けていた患者の生存転帰を改善する可能性があることがわかった。

Ibrahim医師は、米国国立癌研究所と共同で、このほど抗MUC1、抗がん胎児性抗原ワクチン、共刺激分子をドセタキセルとともに投与する臨床試験を完了した。同試験の報告は現在、査読中である。

OPT-822

OPT-822はSTn-KLHワクチンと類似の構造を持つ炭水化物ワクチンである。過去の臨床試験でOPT-822は、一部の転移性乳がん患者、特に低用量のシクロホスファミドの投与を受けていた患者の全生存を改善した。これらの知見から、多施設臨床試験が計画され、最近、患者の登録を終えた。本試験では、低用量のシクロホスファミドの投与を受けた転移性乳がん患者に、免疫補助剤のOPT-821脂質とともにOPT-822ワクチン、またはプラセボを投与する。主任研究者はMDアンダーソンのMurray医師である。現在、試験結果を解析中である。

E75

乳がんワクチンのなかでも、E75(nelipepimust-S, 商品名NeuVax)は、最も進んだ段階にある。これはヒト上皮成長因子受容体2(HER2)に由来するペプチド・ワクチンである。Murray医師はE75を顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GMCSF)と組み合わせ、転移性乳がんまたは卵巣がん患者を対象とする小規模の第1相臨床試験を行った。ほとんどの患者でHER2に特異的な免疫反応が起きたものの、抗腫瘍反応は見られなかった。これは本試験に登録した患者の腫瘍が大きかったことが理由である可能性が高い。

「MDアンダーソンでは、乳がんに対してワクチンが効果を示すには、小さい病変を有する患者に投与すべきというだという考えでおおむね一致しています。つまり転移した段階よりも、むしろ術後補助療法として使うのです」と、以前のE75ワクチンの臨床試験で主任研究者だったMittendorf医師は言う。

Mittendorf医師は今回、再発リスクの高いHER2陽性乳がん患者にE75ワクチンを投与する2つの多施設臨床試験の主任研究者を務めている。第3相試験は登録を終え、一方、E75ワクチンとトラスツズマブ併用の第2相試験は現在、登録患者を受け付けている。

GP2とAE37

これ以外にも、HER2に由来するペプチドワクチンにGP2とAE37の二つがある。両方とも、術後補助療法としての臨床試験で患者登録を終え、現在、試験が行われている。外科腫瘍学非常勤教授のGeorge Peoples Jr.医師が率いる研究から生まれたGP2ワクチンは、E75より高い免疫原性を持ち、ヒト白血球抗原(HLA)-A2と、HLA-A3に結合する。AE37は10以上のアミノ酸を含んでおり、患者に広く免疫刺激を与える。AE37は前臨床試験でHER2特異的なCD4陽性「ヘルパー」T細胞を顕著に強化することが示された。

現在進行中の術後療法の試験に含まれる患者は、リンパ節転移陽性や、HER2過剰発現など、再発リスクが高い患者を含む。しかしながら、HER2免疫組織化学スコアが、HER2陰性または境界線を示す患者も本試験の対象者に含んでいる。2つのワクチンが異なる主要組織適合性遺伝子複合体分子と結合するため、試験に登録した患者はHLAの状態に応じて振り分けられた後に、ランダム化された。HLA-A2/A3陽性だった患者はGM-CSFをGP2と併用で、あるいはGP2なしで投与される群に無作為に割り付けられた。またHLA-A2/A3陰性だった患者は、GM-CSFをAE37併用で、あるいはAE37なしで投与される群に無作為に割り付けられた。

Mittendorf医師は、2014年の米臨床腫瘍学会の乳がんシンポジウムと年次総会で、GP2とAE37群の予備解析をそれぞれ発表した。「両方のワクチンともに安全で、免疫反応を刺激しました」と、Mittendorf医師は述べた。「AE37は、トリプル・ネガティブの乳がん患者で最も強い効果を示しました。われわれはトリプル・ネガティブ乳がんの患者を対象にした臨床試験を開発しています。GP2はトラスツズマブの投与を受けたHER2陽性患者で、最も強い反応を示しました」。

E39とJ65

E39ワクチンは、ほとんどの乳がん、卵巣がん細胞の表面に発現している葉酸結合タンパク質に由来する。MDアンダーソンが行った研究では、E39で卵巣がん患者は強い免疫反応を起こしたが、この反応が免疫機構を疲弊させてしまい、非生産的な結果となるのかどうかは明らかになっていない。このワクチンを最も有効に使う戦略を見極めるため、Mittendorf医師らはMDアンダーソンで臨床試験を開始した。本試験では、乳がんまたは卵巣がん患者に、E39と、E39の弱毒化版であるJ65を、様々な投与量で投与する。患者は次の3つのレジメンに無作為に割り付けられる。一つはE39の注射6回、もう一つはE39の注射3回の後にJ65の注射、そしてJ65の注射3回のあとにE39の注射3回である。

「この試験では、最初にE39を使って、その後、J65でやわらげた方が良いのか、穏やかなJ65から始めて少しずつE39に強化していった方が良いのかを見ます」と、Mittendorf医師は述べた。

免疫チェックポイント阻害剤

免疫チェックポイント(細胞傷害性Tリンパ球抗原(CTLA-4)、プログラム細胞死タンパク質1(PD-1)、PD-1リガンド(PD-L1)など)を阻害する比較的新しいタイプの薬剤によって転移性悪性黒色腫患者の生存期間が改善しており、乳がんをはじめ他のがんにも有効であることが明らかになった。

乳腺腫瘍内科の准教授Jennifer Litton医師は、抗PD-1抗体および抗PD-L1抗体それぞれの早期試験のほか、転移性乳がん患者を対象とする抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の併用療法に関する2試験でも試験担当医を務めた。「他の乳がん治療でみられたようにぼう大な人数が反応したというわけではありませんが、反応がみられた少数の患者では長期間にわたり奏効しました」と同氏は話す。「いくつかの全国的な試験では、効果が数年続いたトリプルネガティブ乳がんの患者さんも何人かいらっしゃいました。まさに革新的な治療です」。

Tripathy医師の話では、トリプルネガティブ乳がん患者は治療選択肢が限られているため、この患者集団でチェックポイント阻害薬が奏効したことは特に有望である。トリプルネガティブ乳がんは、他のタイプの乳がんよりも遺伝子変異の数が多い傾向にある。その変異により異常なタンパク質が産生されたりタンパク質が過剰に発現し、そのタンパク質が免疫療法の標的となる。たとえば、Mittendorf医師とLitton医師らによる新しい試験では、トリプルネガティブ乳がんの20%がPD-L1を発現していることがわかった。「トリプルネガティブ乳がんは、他のタイプの乳がんよりも免疫原性(免疫反応を引き起こす性質)が多少高いため、それがチャンスになります」とTripathy医師は述べた。

Litton医師もこれに同意し、「計画段階にあるわれわれのチェックポイント阻害薬に関する試験のほぼ全部がトリプルネガティブ乳がん患者を対象にしています」と話した。そのような試験のほとんどが転移性乳がんの患者を対象としているが、それ以外でもチェックポイント阻害薬が一役を果たすことができるかどうかが研究者らの注目するところである。

特に関心が高いのは、初期治療としての標準的な術前補助療法に反応しなかったトリプルネガティブ乳がんの患者を対象としている、抗PD-L1抗体 MPDL3280Aと、アルブミンを結合させてナノ粒子化したパクリタキセル製剤との併用療法の臨床試験である。この試験の責任医師であるLitton医師の話によれば、同試験はMDアンダーソンの新プログラムの一環であり、標準化学療法に反応しないがんの患者を特定し、代替療法を提供することを目的としている(下記の「トリプルネガティブ乳がんのためのトリアージプログラム」を参照)。

また、トリプルネガティブ乳がん患者でも、術前補助化学療法後に乳房またはリンパ節に残存腫瘍細胞がある患者を対象に、補助療法としての抗PD-1抗体ペンブロリズマブの大規模試験も計画されている。「このタイプの患者さんは、転移性乳がんになって、死亡するリスクが高いです」とTripathy医師は言う。試験参加患者は、標準的なフォローアップ治療にペンブロリズマブを併用する群としない群に無作為に割りつけられることになる。

さらに、ペンブロリズマブのある臨床試験では、まれではあるが高悪性度の炎症性乳がん患者の登録がまもなく始まる。この試験は、ペンブロリズマブが標準化学療法によって始まった抗腫瘍免疫応答を維持できるかどうかを検討することを目的としており、乳腺腫瘍内科教授兼モーガンウェルチ炎症性乳がんプログラム長の上野直人医学博士が主導する。

チェックポイント阻害薬の乳がん患者に対する生存効果はほとんど明らかになっていないものの、Litton氏は楽観視しており、次のように述べている。「われわれはまだ、本質には触れていないと思います。今後、さまざまな免疫療法薬の併用療法のほか、さらに多くの乳がん患者で免疫応答が誘発される方法を検討していくと思います」。

その他の免疫療法

「免疫療法に関するわれわれの試験は、単なるワクチンから、チェックポイント阻害薬をはじめ、免疫療法でも他の方法を使うようになりました」とMittendorf医師は話した。「また医療機関として、もっとやれる機会があります」。

たとえば、Ibrahim医師は、HER2陰性転移性乳がん患者を対象とする、経口免疫刺激薬indoximod(インドキシモド)とタキサンベースの化学療法の併用療法に関する進行中の多施設共同試験のMDアンダーソンでの試験責任医師である。Indoximodは、T細胞の活性を抑制するインドールアミン-2,3-ジオキシゲナーゼ経路を阻害する。

他にも研究対象となっているのが、インターロイキン-8(CXCL8)の作用を阻害する薬剤である。CXCL8には免疫調節作用があり、乳がんの増殖と転移の起因となる。このような薬剤のひとつで、CXCL8 の受容体 CXCR1に結合する reparixin (レパリキシン)に関する試験がMDアンダーソンのほか、多施設で実施されている。

有望な治療薬の予備試験もいくつか実施されている。Mittendorf医師の話では、たとえば、小児科部門の教授Laurence Cooper医学博士がトリプルネガティブ乳がんに対して、キメラ抗原受容体によって改変したT細胞の使用を検討している(OncoLog 2014年5月号「T細胞を改変し、B細胞性悪性腫瘍を治療する–Sleeping Beauty(眠れる森の美女)療法」を参照)。

また近いうちに、抗ホスファチジルセリン抗体の試験もある。この抗体によって、乳がんに対するタキサン製剤の活性が改善されることが示されている。同様に、ナチュラルキラー細胞の活性を刺激することによって、トラスツズマブやToll様受容体拮抗薬など乳がんの標準治療薬への反応を強化させる可能性のある製剤の試験も計画が進んでいる。

今後のこと

研究者らによって乳がんに対する免疫療法の役割が明らかにされるにしたがい、転移性乳がん患者や再発リスクが高く治療が困難なタイプの乳がん患者が臨床試験にますます参加できるようになってきている。「トリプルネガティブ乳がん患者が参加できる、または参加できる手続きをしている臨床試験がいくつかあります。この分野は急速に進展しているため、免疫療法によって再発を防ぐことができるようになることを願っています」とTripathy医師は語った。

For more information, contact Dr. Nuhad Ibrahim at 713-792-2817, Dr. Jennifer Litton at 713-792-2817, Dr. Elizabeth Mittendorf at 713-792-2362, Dr. James Murray at 713-792-2817, or Dr. Debu Tripathy at 713-792-2817. To learn more about ongoing clinical trials at MD Anderson for patients with breast cancer, visit www.clinicaltrials.org.

トリプルネガティブ乳がんに関するトリアージプログラム
トリプルネガティブ乳がん(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびHER2のいずれも発現していない乳がん)が標準的な術前補助化学療法に反応する確率は約50%である。がんが治療に反応せず再発のリスクが高い患者のために、MDアンダーソンがんセンターでは、試験段階にある適切な治療薬を見つけるためのトリアージプログラムを作った。

MDアンダーソンでは、トリプルネガティブ乳がん患者は遺伝子検査を受けてから、標準の術前補助化学療法を開始する。Litton医師の話によれば、トリアージプログラムの設計は、遺伝子検査の結果が出るまで2~3週間ほど待つことなく患者の治療をすぐに始める以外は、I-SPY2試験(OncoLog 2015年4月号「新しい試験デザインにより乳がんの治療開発が効率化―ISPY2試験」参照)とほぼ同じである。検査結果が届く頃には、がんが標準化学療法に反応しているかどうかを示す臨床データも医師の手元にある。

「トリアージのプロトコルでは、早期の反応を見ることができ、腫瘍が反応している患者さんには標準療法を続けて経過を観察します。そのような患者さんは治療が奏効する可能性が高いということです」とLitton医師は言う。「ただ、腫瘍が一次治療の初期投与に反応しない患者さんの場合、標準の二次治療に対して病理学的に完全奏効を得られる確率がわずか5%であることがわかっているので、遺伝子検査の結果をもとに臨床試験にまわっていただきます。トリプルネガティブ乳がんに対して、免疫療法を含め、新しい治療薬の一連の第2相試験を始める手続きをしているところです」。

Litton医師の話では、米国でトリプルネガティブ乳がん患者のためにそのようなプログラムを提供する医療機関はMDアンダーソンのみである。

【グラフ内語句およびキャプション訳】
グラフ内
縦軸 全生存(%)
横軸 月
青線 STn-KLH+内分泌療法
赤線 コントロールベクター

標準化学療法のあとSTn-KLHワクチン療法と内分泌療法(タモキシフェン)併用療法を受けた転移性乳がん患者は、標準化学療法のあとコントロールベクターを受けた患者より全生存の中央値が長かった。Ibrahim NK, et al.J Cancer 2013;4:577-584から抜粋。

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翻訳担当者 片瀬 ケイ、ギボンズ 京子

監修 下村 昭彦(腫瘍内科/国立がん研究センター)

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原文掲載日 

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