OncoLog 2015年5月号◆乳がん脳転移の薬物療法を検討する3つの試験

MDアンダーソン OncoLog 2015年5月号(Volume 60 / Number 5)

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乳がん脳転移の薬物療法を検討する3つの試験

乳がんに高い効果を示す治療薬の多くは脳血液関門を通過できないことから、乳がんの脳転移治療は困難である。しかし、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者は3つの臨床試験でこの課題の克服に取り組んでおり、乳がんの脳転移に対する新たな全身療法(薬物療法/化学療法のこと)を検討している。

現在の標準治療では、患者の生存率が18カ月を超えることはあまりない。MDアンダーソンの臨床医と研究者の目標は、乳がん脳転移患者の生存期間を延長し、生活の質を維持する治療法を見つけ出すことである。

標準治療

一般に、乳がんの脳転移は外科的切除、定位放射線治療、全脳照射などで治療する。

乳房腫瘍科教授のNuhad Ibrahin医師は、「脳への転移が数カ所のみであれば、外科的切除か定位放射線治療の後に全脳照射を行ないます。しかし、脳に複数またはびまん性の転移がある場合には、全脳照射が治療手段となります」と述べた。全脳照射は神経認知機能を低下させる可能性があるため、疾患が進行したというエビデンスが得られるまでは治療が延期されることもある。

殺細胞薬や分子標的薬を用いた全身療法で乳がんの脳外部への転移を長期間コントロールすることはできるが、脳実質への薬剤デリバリーは脳血液関門で妨げられるため、脳転移に対するこれらの薬剤の効果は限定的である。

Ibrahim医師は、「全身療法は依然として脳転移の管理には非常に限られた役割しか果たせていません。脳血液関門を通過し、腫瘍に作用する薬を開発することが課題です」と話している。

Ibrahim医師は、このような課題の克服を目指し全身療法を検討する3つの臨床試験の試験責任医師である。

臨床試験

TPI287

tubulin阻害薬TPI287の第1相試験では、外科手術や放射線療法などの標準治療後に脳転移が進行した乳がん患者の登録を行なっている。MDアンダーソンのみで実施される本試験に参加するためには、未治療部位に新たな脳転移がなければならない。

Ibrahim医師は、「TPI287は新たなクラスの薬剤ですが、作用機序はタキサン系薬剤と同様です」と述べた。

前臨床試験では、TPI287は脳血液関門を通過し、タキサン系薬剤に感度が高い、あるいは、抵抗性が高い腫瘍のいずれにも効果を示した。また、前臨床試験では、脳転移を起こしやすいトリプルネガティブ乳がんにも効果を示している。ある臨床試験では、TPI287は神経膠芽腫に効果があることが分かり、本剤が脳血液関門を通過できることをさらに証明した。

ネラチニブ[Neratinib]

MDアンダーソンは、脳転移を有するヒト上皮成長因子受容体2(HER2)陽性乳がん患者を対象とした経口チロシンキナーゼ阻害薬ネラチニブ(HKI-272とも呼ばれる)の多施設第2相試験に参加している。

未治療患者および放射線療法や外科手術後に脳転移が進行した患者の登録を行なっている非ランダム化試験には、3つの治療群がある。進行性の脳転移が認められる患者はネラチニブ単剤投与群またはネラチニブとカペシタビン併用投与群に割り付けられる。外科手術に適した疾患を有する患者は、手術前の7-10日間はネラチニブで治療し、手術後は、疾患が進行せず重大な副作用が生じない限り永久にその治療を継続する。中枢神経外に進行性の転移疾患が認められるいずれの治療群の患者にも、トラスツズマブも投与できるかもしれない。

ネラチニブはHER2陽性乳がんへの効果が過去の臨床試験で示されている。同様にカペシタビンとの併用投与の有効性も示されている。前臨床試験では、カペシタビンとネラチニブはいずれも脳血液関門を通過することが示された。

ANG1005

他の多施設共同第2相試験では、乳がんの再発性脳転移患者を対象にANG1005の評価を行なっている。ANG1005は、LRP-1と呼ばれる受容体に結合する19アミノ酸ペプチド鎖にリンクしたパクリタキセルの3つの分子から成る。軟髄膜細胞上でのLRP-1の発現によりANG1005は脳血液関門を通過できるようになり、本受容体ががん細胞に発現することでパクリタキセルの腫瘍への薬剤デリバリーが高められる。

Ibrahim医師は、「ANG1005は乳がんの軟髄膜転移に効果を示すことから、本試験では、脳実質に転移がある患者の他に軟髄膜疾患が認められる患者も受け入れています。これにより、殺細胞薬が軟膜疾患や実質性疾患に有効であるという非常に数少ない事例の一つとなることがわかるでしょう」と述べた。

現在進行中の試験は、ANG1005が神経膠芽腫および乳がんや肺がんの脳への転移に効果があることを示す他の臨床試験の予備的データがもとになり開始された。Ibrahim医師は「本剤が果たす役割の可能性にとても期待を膨らませています」と話している。

患者の治療選択肢を増やす

3つの全臨床試験では、客観的奏効率を検討しており、今後は無増悪生存期間、生存期間、薬剤の安全性および忍容性も評価する。早期の臨床成績はまだ利用できないが、Ibrahim医師は、本治療が被験者にとって有益なものになるだろうと楽観的である。

同医師は、「乳がんが脳に転移した患者の治療選択肢に全身療法である薬剤を追加することは将来的に見込みがあります。外科手術と放射線療法は乳がん脳転移患者に有効な治療法ではありますが、効果の持続は常に限られています。これらの臨床試験は、このような患者に別の治療選択肢を与え、また、脳転移に対するわれわれの理解を深めてくれるものと期待しています。この知識は、ハイリスク乳がん患者における既存の転移性疾患コントロールや脳転移予防が可能な治療へとつながることでしょう」と述べた。

さらなる情報は、Nuhad Ibrahim医師(713-792-2817)まで。乳がん脳転移患者を対象とする現在進行中の全身療法に関する臨床試験のさらなる詳細は、 www.clinicaltrials.orgを閲覧し、臨床試験No.2010-0198、2013-1007、または 2014-0854を選択。

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翻訳担当者 宮武洋子

監修 原 文堅 (乳腺科/四国がんセンター)

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