OncoLog 2014年9月号◆深吸気呼吸停止は左乳癌の患者を放射線起因性心毒性から保護する

MDアンダーソン OncoLog 2014年9月号(Volume 59 / Number 9)

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深吸気呼吸停止は左乳癌の患者を放射線起因性心毒性から保護する

左乳癌の患者では、腫瘍摘出手術あるいは乳房切除術後の術後放射線療法により心臓障害のリスクが増す。

これらの患者において心臓への副次的な放射線照射から生じる心毒性を最小限にするために、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの放射線腫瘍医らは、放射線照射の間に「深吸気呼吸停止」と呼ばれる手技を用いている。

「心臓への放射線照射は良いことではありません。患者さんの治療において、合理的に目的を達成しうる限り低い線量を保つよう努めなければなりません」と、放射線腫瘍学の准教授であるBenjamin Smith医師は述べた。「深吸気呼吸停止は(心臓の)被曝線量を可能な限り低く保つためのすばらしい新技術です」。

放射線リスク

早期ステージで乳腺腫瘤摘除術を受けた乳癌患者の大多数と、疾患が広範囲のため乳房切除術を受けた乳癌患者は、術後放射線療法を受ける。

左乳癌患者では、標的体積(腫瘍床およびまたは局所リンパ節)に照射される放射線は同時に心臓も通過する。この副次的な心臓への放射線照射から生じる可能性のある合併症は、心臓のどの部位が照射されたかで異なる。可能性のある合併症としては、虚血性心疾患、心不全、弁膜症、あるいは心臓障害による死亡がある。術後放射線療法を受けた左乳癌患者においては、通常、心臓の表面部分(心膜および冠動脈)に、高放射線線量がかすめてあたる。心膜は一般的には放射線にかなり耐性があり、放射線起因性の心膜炎は左乳癌患者においては多くない。放射線の有害な効果に、より感受性が高いのは冠動脈である。

「動脈への放射線照射はアテローム性動脈硬化症のリスクを高め、それは晩期有害事象である可能性がある」とSmith医師は述べた。「放射線量反応関係の存在については十分な立証がなされてきました。血管への照射量が高くなれば、患者に晩期有害事象が生じる可能性も高くなります。ですから、血管への照射量を最小限に抑えようとする試みは、患者の長期にわたる心臓障害リスクを最小限にするために非常に意義があるのです」。

この点を説明するために、Smith医師は、1980年に初めて乳腺腫瘤摘出術と放射線治療を受けた患者のうちの1人を取り上げた。34年後に患者は、少なくとも部分的には放射線治療に起因する心臓発作に見舞われた。「つまり放射線は何十年も後に沈黙を破ってこのような心臓損傷を起こすことがあります。ただし、治療後の一定期間の後に患者は重大な転換期に達し、損傷の臨床的徴候を呈するようになります」とSmith医師は続けた。

既往の心リスク因子や冠動脈性心疾患を有する患者では、一生で晩発性の放射線起因性心臓障害を発症する可能性がさらに高まる。加えて乳癌治療に使用される全身性の薬剤の多くは心毒性の可能性がある。たとえば標準的な化学療法に使用されるドキソルビシン、標的薬のトラスツズマブ、ホルモン療法で使用されるタモキシフェンなどがある。これらの薬剤は放射線との相乗効果で心臓組織に損傷を与える働きをしている可能性がある。

放射線照射量を最小限にする

心臓への放射線照射量を最小限に抑える手法はいくつかある。一つの戦略としては心臓遮蔽物を使用することで、基本的には鉛の板を心臓の前に置き放射線から保護するというものである。現在では、放射線照射装置と統合されたMLC(多分割絞り装置)を用いて、乳房の上半分に腫瘍を有する患者のほとんどにおいて心臓保護は効果的に行うことができる。しかし下半分に腫瘍がある患者では標的体積に対する放射線照射量を優先させることがある。

もう一つの一般的な手法は、IMRT(強度変調放射線治療)を用いて標的体積に対する放射線ビームが心臓を避けるように調整するものである。しかしながら、この治療法は胸郭内の他の臓器に比較的高い放射線照射量リスクをもたらす結果となる可能性がある。

三番目の選択肢は、患者の呼吸と放射線照射を連動させる呼吸同期法を使用し、標的体積を超えて放射線を受ける正常組織の量を制限するものである。呼吸同期法の一つのタイプは深吸気呼吸停止であり、深く息を吸って左肺の舌区を膨張させるものである。膨らんだ舌区により心臓の位置は一時的に下後方へ移動する。これにより胸壁と心臓の間の距離が広がり、放射線ビームの通り道から臓器の位置をずらすことができる。Smith医師は左乳癌患者の大半にこの方法を用いていると述べた。

「他の手法を用いると、心臓を保護するか、あるいは再発リスクを最小限にするため腫瘍床へ適切な治療をするかを決断しなければならないことがあります」とSmith医師は述べた。「しかし、深吸気法を用いればこの両面において最善が尽くせるのです。心臓への放射線照射量を減らせるだけでなく(実際に心臓が受ける照射量は劇的に少なくできます)、腫瘍床を効果的に治療するために十分な放射線量を照射することができるのです」。

放射線治療の計画と照射

深吸気停止呼吸法を用いる場合、標的体積に対して十分な照射量を持たせる一方で、心臓への照射量を最小限にするように細心の注意をもって放射線治療を計画する。治療のシミュレーション(位置決め)の間、患者は仰向けになり、腹部に反射ボックスを取り付ける。治療用ベッドの足元に取り付けられた赤外線カメラが、患者の呼吸につれて上下するボックスの動きを追う。患者はビデオゴーグルを装着する。視界に見える黄色いバーが、ターゲットである青い三角形よりも下で、吸気の際に上へ、呼気の際に下へと移動する。患者が深吸気を行うと、黄色いバーが青い三角形の中まで上がり、三角形は緑色に変わる。そこで患者は15秒間息を止める。その間にCT(コンピュータ断層撮影画像)が撮られ治療計画を立てるために患者の人体画像を描き出す。

実際の放射線治療の間、患者は再び反射ボックスとゴーグルを取り付けられ、黄色いバーが目標の青い三角形の範囲内まで上がり、緑色に変わるまで吸気をするように言われる。そして放射線ビームがこの時点で作動する。ビームを作動させるためには、黄色いバーが青い三角形に入らなければならない。放射線は、患者が十分に吸気を行ったときにだけ照射されるため、患者は効果的に放射線の照射を管理することができ、咳やくしゃみに伴う動きが治療に干渉することはない。

「大多数の患者のために、私たちはよい放射線治療計画を立てることができます」と、Smith医師は述べた。「私たちが持っているデータは、放射線から受ける長期の心臓への副作用という患者のリスクを非常に低くできるはずだということを示しています」。

特別なシナリオによる利益

深吸気呼吸停止法は、多くのクリニカルシナリオ(治療戦略)において特に有益である。

「患者の生体構造には著しい差があります。心臓が胸郭の中に入っている患者もいます。その場合、深吸気呼吸停止をしなければ、心臓を避けつつ、治療が必要な腫瘍部位を狙うことは非常に難しいのです」とSmith医師は述べた。

乳房の下半分に腫瘍がある患者にも、深吸気呼吸停止は多くの利益があると思われる。そのような腫瘍に対して心臓への照射を避け効果的な治療を行うことは、この手法なしでは難しい。乳房の下半分に腫瘍がある患者に対しては、乳房を下向きにして体から離した腹臥位(うつ伏せ)で照射をするが、それでも心臓への照射を避けることが難しい患者がいる。

「腹臥位の場合、乳房と心臓の両方が前方に落ちるため、心臓が腫瘍床により近づく場合があります」とSmith医師は述べた。「腹臥位には一定の利点があります。しかし、腫瘍床に対して確実に十分な線量を照射できず、さらに毎回の照射で心臓を避けることができたかどうか確信を持てない患者もいるのです」。

心臓の近くにある胸骨傍リンパ節への照射が必要な患者に対しても、深吸気呼吸停止法は有益である。

「心臓に近い部位の乳癌に対して乳房温存手術を行った患者では、通常、平均心臓線量は1Gy未満です。また乳房切除術後に胸骨傍リンパ節に照射が必要な患者では、平均心臓線量は2-4Gyになります」とSmith医師は述べた。「息止めを行わない場合、平均心臓線量はより高くなります」。

安全な領域に心臓を動かすために深吸気呼吸停止法を行うことが禁忌になる事例はほとんどないとSmith医師は続けた。

「肺に問題があったり不安であったりするために息を止めることができない患者もいますが、多くの患者は上手に、かつ再現性をもって行うことができると思われます。80歳でもこの方法は実施できているので、年齢が禁忌条件になるとは思えません」とSmith医師は述べた。

慢性閉塞性肺疾患の患者は、深吸気呼吸停止が必要とならない場合が多い。慢性閉塞性肺疾患の特徴の一つは肺舌区の過膨張である。つまり、心臓は深吸気呼吸停止法と同様の動きをする。

深吸気呼吸停止は、主に左乳房に癌がある患者に実施するが、右乳房に癌がある患者に対しても肺への照射量を最小限にするために用いることもある。

欠点

深吸気呼吸停止法に欠点がないわけではない。深吸気呼吸停止を行う場合の治療シミュレーションは、行わない場合と比べて15分程長くなる。さらに治療計画の複雑さにより異なるが、治療時間そのものも5-10分程余分にかかる。深吸気呼吸停止法は余分な時間が必要であるため、すでに定員いっぱいで稼働をしている放射線腫瘍科の病院には重荷になるかもしれない。

「深吸気呼吸停止法では、患者のセットアップ時にまた別の不確実性が生じます」とSmith医師は述べた。「特に多くの異なる照射野を用いた複雑な計画の場合には、毎日同じ場所に照射できないかもしれないという多少の論理的な懸念があります」。

障害を克服する

MDアンダーソンでは心臓への照射を減らすために、毎年300-400人の左乳癌患者に深吸気呼吸停止法を用いているとSmith医師は概算する。しかしながら、主要ながんセンター以外でこの手法を広く採用しようとすると、余分な時間と器機(つまり費用)が必要となる。

「患者のセットアップを日々把握し、そのセットアップが正確であるかを確認するラーニングカーブもあります」とSmith医師は述べた。「MDアンダーソンには、組織的な処理を行う非常に優秀な治療の専門家や物理学者がいますが、ある程度の専門知識を構築するには時間がかかります」。

またこの手法の普及の別の障害として、深吸気呼吸停止法は、その手技を実施した際に医師に対する支払いを可能にする医療行為コード表に最近まで掲載されていなかった。しかしこのコードに導入されたことで、深吸気呼吸停止法に関係する追加費用の一部を放射線腫瘍医が回収することが認められ、より広く普及することが可能となると思われる。

結局のところ、患者に対して最善の治療選択を提示できることが重要であると、Smith医師は述べた。これは、深吸気呼吸停止法による放射線治療が可能な施設を紹介することも意味している。「もし私の家族が左胸に乳癌を発症したら、当然この手技を実施して欲しいと思います」とSmith医師は続けた。

この記事はBenjamin Smith医師が寄稿した。

【画像キャプション訳】
非浸潤性乳管癌を有する女性における全乳房照射の治療計画の例で、左の画像は標準の自由呼吸をした場合。右側は深吸気呼吸停止法を用いたもの。心臓への中間放射線照射量は、自由呼吸の場合1.8Gy(グレイ)、深吸気停止の場合は0.8Gy。線は最小放射線照射量を示している。赤50 Gy; 紫45 Gy; 緑 25 Gy; オレンジ, 5 Gy; 黄色, 2 Gy; アクアマリン 1 Gy
この図はThe ASCO Postの許諾を得て、2014年Smith論文より転載されたものである。

— Joe Munch

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翻訳担当者 岡田章代、野川恵子

監修 河村光栄(放射線腫瘍学・画像応用治療学/京都大学大学院医学研究科)

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