喫煙はいかにして乳がん放射線治療を複雑にするのか
放射線治療は基本的ながん治療のひとつであり、乳がんを含むさまざまながん種での治療に用いられている。
放射線治療は、放射線(通常はX線)を用いてがん細胞のDNAを損傷させ、がん細胞を破壊する。
しかし、放射線治療の欠点として、健康な細胞にもダメージを与える可能性があり、治療部位周辺に有害事象を引き起こすことがある。
このため臨床医は、放射線治療を勧める際にそのプラス面とマイナス面について天秤にかけて考える必要がある。われわれの最新の研究によれば、喫煙する乳がん患者ではそのバランスが大きく異なり、合併症のリスクが高くなる。
照射が困難
すべての乳がん患者に放射線治療が必要なわけではないが、放射線治療が必要な場合は通常、再発リスクを下げるため、手術後に放射線治療を受ける。
「放射線治療を行う際には、コンピューターソフトウェアを使って乳房に照射するのですが、肺のような近くの組織は、付随的に線量を受ける可能性があります」とオックスフォード大学腫瘍学のキャロリン・テイラー(Carolyn Taylor)教授は言う。「乳房の形に完全に合わせて照射することができないからです」。
つまり、乳がんの放射線治療が後に肺がんにつながることがまれにあるということである。
「タバコを吸わない人にとって、放射線誘発肺がんを発症するリスクは極めて小さいものです」「しかし、放射線治療時に禁煙しない長期喫煙者では、そのリスクが高くなります」とテイラー氏は説明する。
テイラー氏のチームが主導した今回の新しい研究では、英国の乳がん放射線治療のリスク増加について初めて数値化を行った。
研究者らは、英国で行われた数千人の女性の放射線治療について報告された14件の過去の研究から、放射線量を分析。この情報から、放射線治療の喫煙者と非喫煙者のリスクを推定した。
その結果、英国ではタバコを吸わない人が治療に関連した肺がんで死亡する確率は1%未満であることが明らかになった。彼女らにとって、乳がん放射線治療のメリットは、通常、合併症のわずかな確率を大きく上回っている。しかし、喫煙者にとっては、そのリスクは2倍以上である。テイラー氏の研究チームは、そのリスクを2%から6%と推定している。
これは喫煙者の治療を計画する腫瘍医にとって非常に重要な発見である。リスクがベネフィットを上回る可能性があるため、放射線治療を完全に省略することを勧めることさえある、とテイラー氏は説明する。
リスクを減らす
しかし、この研究では良いニュースも取り上げている。乳がんで喫煙している人が治療開始前に禁煙できれば、放射線治療による肺がん発症のリスクはずっと低くなる。実際、研究チームは、禁煙した人のリスクは、喫煙を全くしなかった人のリスクに近いだろうと考えている。
禁煙は決して容易なことではないので、この調査結果は、禁煙を支援するための簡単に利用できる禁煙サービスの重要性を強調している。
「乳がん診断時は、ストレスを本当に強く感じる時です」とテイラー氏は言う。「長期喫煙者に対して、がんと診断された直後に禁煙しようと言うのは、本当に難しい要求です。ですから、禁煙ができなくても罪悪感を感じないようにすることが大切ですが、禁煙を試みる覚悟があるのであれば、必要なリソースがあることも重要なのです」。
もし禁煙サービスが簡単に利用可能で、十分に資金を受けているサービスであれば、人々の命を救えるということである。
「喫煙の害や、いかにしてがんを引き起こすか、ということはよく知られていますが、このデータは喫煙ががんの治療をより困難にすることを示しています」と、政策担当最高責任者のイアン・ウォーカー(Ian Walker)博士は述べる。
「新政権のマニフェストで禁煙が強調されたことは期待できます。病院内であろうと病院外であろうと、禁煙を支援するための適切なサポートやサービスを確実に利用できるようにすることは、命を救うために不可欠です」
現在喫煙している人々の禁煙を支援するためには、政府の取り組みが欠かせないが、それだけではない。たばこ・電子たばこ(VAPE)法案を実施することで、新政権は人が喫煙を始めるのを未然に防ぎ、史上初の喫煙ゼロ世代を誕生させることができる。
「たばこ製品の販売年齢を引き上げることは、政府がたばこ規制の世界的リーダーになり、子供たち、孫たち、そしてその後すべての世代のための、より健康的な未来を築くチャンスとなるでしょう」とウォーカー氏は言う。
50年間の進歩
禁煙に資金を投入することは、乳がんの他多くのがん種の予防となると思われる。乳がんの患者数は過去最高を記録しているが、幸いにもこの病気を克服する人は以前より増えている。
英国では過去50年間に乳がんの生存期間が倍増し、現在では乳がん患者の4分の3以上が10年以上生存すると考えられる。
放射線治療の改善は、乳がんの生存率を向上させるために必要であり、それにはテイラー氏が行ったような最先端の研究が不可欠である。
22年前に乳がんの治療を受け、現在は患者アドボケートとしてキャロラインとともに働いているマレイドは、こうした変化の重要性を知っている。彼女は診断後、5週間の放射線治療を受けたが、今は同じ治療がわずか5日間で、より標的を絞ったものになった。
「当時は5週間も毎日病院に通い、疲れ果てていました」とマレイドは言う。「今はとても良くなっていますし、今日の女性にとって、リスクもずっと小さいものです」。
私たちの研究を支える人たち
患者アドボケートであるマレイドとヒラリーは、10年以上にわたってテイラー氏と研究チームを導いてきた。
患者代表として、マレイド・マッケンジーさん(左)とヒラリー・ストバートさん(※写真は原文参照)は、乳がん患者にとって重要な疑問を、研究者に提示する手助けをしている。
「ヒラリーとは12年ほど前に知り合い、治療のリスクとベネフィットについて話すようになりました」とテイラー医師は言う。「ヒラリーは、放射線治療のリスクとベネフィットに関する情報があればいいと。すべてはそこから始まったのです」
「ヒラリーとマレイドは、本当に優れた示唆に富むアイデアを提供してくれます。私たち研究者では思ってもみなかったようなことです」。
ヒラリーも同意する。「私達は科学者でも臨床医でもありませんから、適切な質問ができないことがよくあります。しかし私たちが質問をすると、研究者や臨床医が話を始めることがあるのです。最終的な結果は私たちが言った通りではないかもしれませんが、議論が始まったということです」とヒラリーは言う。
「研究のあらゆる段階で患者さんに参加してもらうことの利点のひとつは、患者さんがわれわれの答えを導き、われわれが出した分析の解釈を助けてくれることです」とテイラー氏は付け加えた。
「結局のところ、私たちの研究の目的は患者さんのためになることなのです」。
- 監修 山﨑知子(頭頸部・甲状腺・歯科/埼玉医科大学国際医療センター 頭頸部 腫瘍科)
- 記事担当者 平沢沙枝
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- 原文掲載日 2024/10/18
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