転移トリネガ乳がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の効果予測ツールを開発
ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターおよびジョンズホプキンス大学医学部の研究者らは、転移を有するトリプルネガティブ乳がんにおいて、免疫療法薬の効果が期待できる患者をコンピュータツールを用いて評価する方法を開発した。計算科学の研究者と臨床医によるこの研究は、10月28日、全米科学アカデミー紀要で発表された。
免疫療法は、がん細胞を攻撃するために体内の免疫系を活性化させる治療であるが、治療に奏効する患者は限られている、と研究の筆頭著者であるジョンズホプキンス大学のポストドクトラルフェローArulra博士は説明する。「この治療は毒性が高いので、治療で効果を得られる患者を同定することが非常に重要なのです」。
それを明らかにするため、どういった患者が免疫療法で奏効するか、特定の細胞の有無や腫瘍内のさまざまな分子の発現によって予測が可能であるかを検証した。このように治療効果を予測する分子は予測バイオマーカーと呼ばれ、患者が適切な治療を選択する助けとなる、とジョンズホプキンス大学医学部の生体医用工学・腫瘍学教授で、本研究の上級著者であるAleksander Popel博士は説明する。
「残念ながら、既存の予測バイオマーカーでは、免疫療法が有効となる患者さんを同定する精度に限界があります」とPopel氏は言う。「さらに、治療奏効を予測するバイオマーカーの大規模評価には、多くの患者さんから腫瘍生検と血液サンプルを収集し、複数のアッセイを実施する必要があり、非常に困難です」。
そこで、研究チームは定量的システムファーモコロジー(Quantitative Systems Pharmacology:QSP)と呼ばれる数理モデルを採用し、転移を有するトリプルネガティブ乳がんの仮想患者を1,635人分生成し、免疫療法薬ペムブロリズマブによる治療シミュレーションを行った。次に、これらのデータを、統計や機械学習に基づく解析など強力な計算ツールに入力し、治療奏効を正確に予測するバイオマーカーを探した。治療に奏効する患者と奏効しない患者を同定することに注目した。
仮想臨床試験で得られた部分合成データを使用して、90のバイオマーカーについて、単独、および2倍、3倍、4倍の組み合わせによる性能を評価した。治療開始前に採取した腫瘍生検や血液サンプルで測定した値(治療前バイオマーカーと呼ばれる)では、治療転帰を予測する精度に限界があった。しかし、治療開始後に測定した値、つまり治療中バイオマーカーは、治療結果の予測因子としてより優れていた。驚くべきことに、PD-L1と呼ばれる分子の発現や腫瘍内のリンパ球など一般的に使用されているバイオマーカーは、治療開始前よりも開始後に測定した方が、より正確な結果が得られることもわかった。
また、治療転帰予測に関して、侵襲的な生検を必要としない測定(例えば血液中の免疫細胞測定)の精度についても調査したところ、血中バイオマーカーは、治療に奏効する患者群の同定において、腫瘍またはリンパ節中のバイオマーカーとほぼ同等の精度であることが明らかとなった。これは、奏効予測において、より非侵襲的な手段の可能性を示している。
腫瘍径の変化の測定値はCTで容易に得られるが、こちらも治療効果の予測が可能であろうとPopel氏は言う。「治療開始から2週間以内と非常に早期に測定された値は、治療継続によって奏効する患者の同定に大変有効でした」。
この検証には、治療開始から2週間後の腫瘍径の変化に基づいて選択した患者を対象に、仮想的な臨床試験が行われた。「シミュレーションによる奏効率は2倍以上で、11%から25%に増加しました。非常に驚くべきことです」とArulraj氏は言う。「これは、腫瘍生検サンプルの収集が困難な場合の代替案として、非侵襲的に得られるバイオマーカーが有力な候補であることを裏付けています」。
「トリプルネガティブ乳がんに対する最適な戦略の開発にあたっては、免疫療法に奏効が期待できる患者さんには過剰治療を行わず、奏効が期待できない患者さんには治療が不十分とならないよう予測バイオマーカーは極めて重要です」と、ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンター腫瘍学准教授、乳がん腫瘍内科医であり、乳がん免疫療法と免疫バイオマーカーの専門家である本研究の共著者、Cesar Santa-Maria医師は付け加えた。「腫瘍微小環境はその複雑性のため、臨床現場でのバイオマーカーの発見は困難を極めます。in-silico[コンピュータを用いた]モデリングを活用する技術は、そのような複雑性を解明し、患者さんの治療選択に役立つ可能性を秘めています」。
総じて今回の新たな知見は、転移を有する乳がん患者において、免疫療法が有用となる患者を同定する一助となった。研究者らは、今回の結果は今後の臨床研究の設計に役立つであろうと期待しており、他のがん種にも応用できる可能性があるとしている。
以前、この研究チームは、すでに腫瘍が体のさまざまな部分に広がっている進行した乳がんに特に重点を置き、独自に開発したモデリングフレームワークを用いて計算モデルを開発していた。これは昨年Science Advances誌に掲載され、この計算モデルの開発と綿密な検証には、複数の臨床研究および実験研究のデータが採用された。
本研究は米国国立衛生研究所(助成金番号R01CA138264)の支援を受けている。本研究の一部は、米国国立科学財団(助成金番号OAC1920103)の支援を受けているホプキンス大学先端研究コンピューティングコア施設にて実施された。
本研究の共著者は、ジョンズホプキンス大学のHanwen Wang、Atul Deshpande、Ravi Varadhan、Elizabeth Jaffee、Elana Fertig、およびカリフォルニア州サクラメント南部のカイザーパーマネンテのLeisha Emensである。
Popel氏はIncyteおよびJ&J/Janssenのコンサルタントであり、AsclepiX Therapeuticsの共同創設者兼コンサルタントでもある。また、メルク社から研究助成金も受け取っている。取り決めに関する条件は、ジョンズホプキンス大学の利益相反に関する方針に従って、同大学が管理している。
- 監修 下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立国際医療研究センター乳腺腫瘍内科)
- 記事担当者 平沢沙枝
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- 原文掲載日 2024/10/29
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