HER2陽性進行乳癌治療に対する2種類の新診療ガイドライン

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米国臨床腫瘍学会(ASCO)は5月5日、HER2陽性進行乳癌患者治療に対応する2種類の診療ガイドラインを発表した。第1のガイドラインでは、進行乳癌と新たに診断された女性および早期乳癌から進行乳癌に増悪した女性に対する適切な全身療法について列記している。第2のガイドラインでは、脳転移を有するHER2陽性進行乳癌患者治療に対する推奨事項が提供されている。

第1のガイドライン:HER2陽性進行乳癌に対する全身療法のガイドラインで、エビデンスに基づいた初めてのものである。

ASCOの新ガイドラインでは、進行(手術不能な局所進行および転移)したHER2陽性乳癌の治療において分子標的薬による全身療法の使用をエビデンスに基づき推奨している。この推奨により、治療法の標準化およびHER2標的療法で得られる利益の最大化が促進される。

「進行したHER2陽性乳癌には、いくつかの治療法がありますが、そのすべてで生存率の向上がみられています」と語るのは、今回のガイドラインを策定したASCO専門家委員会の共同議長であるEric P. Winer医師である。「今日、より新しい薬剤のあるべき使用法を明快に指し示してくれる多数の研究が存在します。このことはまさに幸運と言えるでしょう」。

乳癌患者の約15~20%はHER2陽性である。陽性とは患者のHER2タンパク質の量が多いということであり、これが原因で癌細胞の増殖・分裂速度はより速くなる。さらにHER2陽性乳癌患者の約半数はホルモン受容体も陽性である。現在、米国食品医薬品局(FDA)は、HER2陽性進行乳癌の治療薬として、4つの分子標的療法薬、ラパチニブ、トラスツズマブ、ペルツズマブ、トラスツズマブエムタンシン(T-DM1)を承認している。これらの治療薬(他剤と併用されることもある)から治癒は期待できないが、適切に使用すれば癌と共に生きる人々の余命を大幅に延長することができる。またこれらの分子標的療法薬による副作用発生率は、標準的化学療法と比較して低い。しかし、うっ血性心不全に対するHER2標的療法は一般的に禁忌である。

この診療ガイドラインの作成にあたり、ASCO専門家委員会は関係する医学文献で公的な系統的レビューを行った。このレビューにより、HER2標的療法を扱った19のランダム化第3相臨床試験が特定された。このうち3件はHER2陽性ホルモン受容体陽性進行乳癌におけるホルモン療法の役割を検討したものであった。このレビューの結果に基づき、委員会は3次治療までの治療法を推奨した。

このガイドラインの重要な推奨事項を下記に示す

・1次治療 :トラスツズマブおよびペルツズマブの併用化学療法。この療法が禁忌である患者、増殖速度の遅いホルモン受容体陽性癌を有する患者、またはその双方などの特定の患者では、副作用の発生率が低いと考えられるホルモン療法単独、あるいはトラスツズマブまたはラパチニブとの併用が、HER2標的薬+化学療法の代用になることがある。しかし、ホルモン療法はすべてのホルモン受容体陽性進行乳癌患者に適切というわけではなく、この状況下で有用な生存期間延長は認められていない。

・2次治療:T-DM1療法

・3次治療およびそれ以降:1次および2次治療に左右される。選択肢として、T-DM1療法、ホルモン療法または化学療法とトラスツズマブの併用、場合によってはそれら(ホルモン療法や化学療法)とラパチニブの併用、トラスツズマブとラパチニブの併用化学療法、ペルツズマブ投与歴のない患者ではペルツズマブに基づいた療法などが可能である。

「HER2陽性進行乳癌患者に対する全身療法」(Systemic Therapy for Patients with Advanced HER2-Positive Breast Cancer) と題するこのASCO診療ガイドラインはJournal Clinical Oncology誌で本日発表された。

第2のガイドライン:脳転移を有するHER2陽性乳癌患者の治療に対する推奨事項で、合意に基づいた初めてのものである。

HER2陽性乳癌患者の30~40%で脳への転移が発生する。しかし、脳転移患者の研究は比較的少なく、脳転移に対して特別に承認された全身療法(薬)はない。この診療ガイドラインは脳に転移した、HER2陽性乳癌の患者における局所療法および全身療法の実施を合意に基づいて推奨しており、HER2陽性脳転移性乳癌患者のみに的を絞った最初のガイドラインである。

「脳転移は神経機能を障害する可能性があり、治療法は神経機能を維持し、生活の質の低下を最小限に抑えられるようデザインされます」とASCO専門家委員会の共同議長であるSharon Giordano医師は語った。「しかし同時に、脳転移の治療法の中には、認知機能に負の影響を与えかねない副作用がみられるものもあります。われわれは、このガイドラインを通して、脳転移患者の医療が標準化され、治療に起因する毒性と有益性のバランスが取れるようになることを願っています」。

HER2陽性乳癌患者が初回脳転移診断から2年以上生存することは可能である。脳転移の治療によって生存期間が延長されるかどうかは明らかではないが、治療の多くは症状の管理に有効で、生存期間を顕著に延長させるものもあると考えられる。

このガイドラインにおける重要な推奨を下記に示す

・生命予後が良好な患者に対しては、転移腫瘍のサイズおよび個数、切除可能性、症状に応じて、手術療法と放射線療法の併用、またはいずれかの単独療法を推奨している。
・生命予後が不良な患者に対しては、手術、全脳照射、ラパチニブやカペシタビンなど脳転移腫瘍で一定の有効性が認められている薬剤を用いた全身療法が選択肢として挙げられている。
・その他に最善の支持療法、臨床試験参加、緩和療法併用または単独なども選択肢として含まれる。

このガイドラインは、ASCOが専門家の合意に基づき作成した、初めての公式な診療ガイドラインとして、脳転移患者における具体的なエビデンスの不足を補うものであり、脳神経外科医、放射線腫瘍医など専門家からの集学的情報が含まれる。

「脳転移を有するHER2陽性乳癌患者の疾患管理における推奨項目」(Recommendations on Disease Management for Patients with Advanced HER2-Positive Breast Cancer and Brain Metastases)と題するこのASCO診療ガイドラインは5月5日、Journal Clinical Oncology誌に発表された。

翻訳担当者 緒方登志文

監修 原 文堅(乳腺科・化学療法科/四国がんセンター)

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原文掲載日 

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