乳癌のホルモン療法
NCIファクトシート 投稿日:02/02/2014 原文掲載日 : 08/02/2012
キーポイント
- ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンは一部の乳癌の増殖を刺激することがあります。ホルモン療法は、このような腫瘍の増殖を止めたり遅らせたりするために用いられます。
- ホルモン療法は早期乳癌にも進行した乳癌にも使われるほか、乳癌の発症リスクが高い女性の乳癌予防にも使われます。
- 特に抗うつ薬などある種の薬が、ホルモン療法薬タモキシフェンの効果を損なうことがあります。抗うつ薬の投与を受けている場合は、この点について主治医に相談してください。
1. ホルモンとは何ですか?
ホルモンとは、体内の情報伝達を担う化学物質です。ホルモンは、多くが血流に乗って標的まで移動し、からだのさまざまな場所の細胞や組織のはたらきに影響を及ぼします。
ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンは、閉経前の女性では卵巣で作られます。脂肪や皮膚など、ほかの一部の組織では閉経前、閉経後にかかわらず作られています。エストロゲンは女性としての特徴を形成し、維持するとともに、長骨の成長を促します。プロゲステロンは月経周期や妊娠に関わっています。
さらに、エストロゲンとプロゲステロンは一部の乳癌の増殖を促進することがあり、このような乳癌はホルモン感受性乳癌またはホルモン依存性乳癌と呼ばれます。
2. ホルモンがどのようにして乳癌の増殖を刺激するのですか?
ホルモン感受性乳癌の細胞にはホルモン受容体というタンパク質があり、そのタンパク質とホルモンが結びつくと活性化します。活性化した受容体は特定の遺伝子の発現を変化させ、それによって細胞の増殖が刺激されることがあります。
乳癌細胞にホルモン受容体があるかどうかを調べるには、手術で切り取った腫瘍の組織を検査します。腫瘍細胞にエストロゲン受容体があると、その癌はエストロゲン受容体陽性(ER陽性)、エストロゲン感受性またはエストロゲン反応性と呼ばれます。同じように腫瘍にプロゲステロン受容体がある場合は、その癌はプロゲステロン受容体陽性(PRまたはPgR陽性)と呼ばれます。乳癌のおよそ70%がER陽性です。ER陽性乳癌のほとんどがPR陽性です(1)
エストロゲン受容体がない乳癌は、エストロゲン受容体陰性(ER陰性)と呼ばれます。このような腫瘍はエストロゲン非感受性なので、増殖するのにエストロゲンを使いません。プロゲステロン受容体がない乳房腫瘍は、プロゲステロン受容体陰性(PRまたはPgR陰性)と呼ばれます。
3. ホルモン療法とは何ですか?
ホルモン療法(ホルモン治療、内分泌療法とも呼ばれます)では、ホルモンを作るからだの機能を抑制したり、ホルモンがはたらくのを妨げたりすることによって、ホルモン感受性腫瘍の増殖を遅らせたり止めたりします。ホルモン非感受性の腫瘍はホルモン療法に反応しません。
乳癌のホルモン療法は、閉経期の症状をやわらげるためにホルモンが投与される閉経期ホルモン療法や女性ホルモン補充療法と同じものではありません。
4. 乳癌にはどのホルモン療法が用いられますか?
ホルモン感受性乳癌の治療には以下の方法をはじめとして数種類が開発されています。
卵巣機能の抑制
閉経前の女性では卵巣がエストロゲンの主な供給源なので、卵巣の機能を停止させるか抑制することによってエストロゲンの量を減らすことができます。卵巣機能を抑制することを卵巣アブレーションと呼びます。
卵巣アブレーションには外科手術により卵巣を取り除く方法(卵巣摘出術)と、放射線を照射する方法があります。このタイプの卵巣アブレーションは通常、永久的な処置です。
これに代わるものとして、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)アゴニストという薬を用いて卵巣機能を一時的に抑制することもあります。この薬は黄体化ホルモン放出ホルモン(LH-RH)アゴニストとしても知られていて、エストロゲンを作るよう卵巣を刺激する指令が脳の下垂体から出るのを抑制する薬です。
米国食品医薬品局(FDA)の承認を得ている卵巣機能抑制剤にはゴセレリン(ゾラデックス)やリュープロリド(リュープロン)があります。
エストロゲンの産生を阻害
アロマターゼ阻害薬を用いて、アロマターゼと呼ばれる酵素のはたらきを抑制することもあります。からだはこの酵素を使って卵巣やほかの組織でエストロゲンを作っています。アロマターゼ阻害薬は主に閉経後の女性に使用されます。閉経前の女性では卵巣でアロマターゼが大量につくられるため、こうした阻害剤では効果的に抑制することができないためです。しかし、アロマターゼ阻害薬は卵巣機能を抑制する薬と併用すれば閉経前にも使用することができます。
FDAに承認されているアロマターゼ阻害薬には、アロマターゼのはたらきを一時的に抑えるアナストロゾール(アリミデックス)およびレトロゾール(フェマーラ)があり、さらにアロマターゼのはたらきを恒久的に失わせるエキセメスタン(アロマシン)があります。
エストロゲンの作用を阻害
乳癌細胞の増殖を刺激するエストロゲンのはたらきを阻害するいくつかのタイプの薬があります。
・選択的エストロゲン受容体調節薬(SERM)はエストロゲン受容体に結びつき、エストロゲンが結合するのを防ぎます。FDAに承認されているSERMにはタモキシフェン(ノルバデックス)、ラロキシフェン(エビスタ)、トレミフェン(フェアストン)があります。タモキシフェンは、30年以上にわたってホルモン受容体陽性乳癌の治療に使用されています。
・SERMはエストロゲン受容体に結びつくため、エストロゲンの作用を妨げる(エストロゲンの拮抗薬としてはたらく)だけでなく、エストロゲンの作用をまねる(エストロゲンの作用薬としてはたらく)効果もあります。ほとんどのSERMが、一部の組織ではエストロゲンの拮抗薬としてはたらき、別の組織ではエストロゲンの作用薬としてはたらきます。たとえば、タモキシフェンは乳房組織ではエストロゲンの作用を妨げますが、子宮や骨ではエストロゲンに似たはたらきをします。
・フルベストラント(フェソロデックス)など、ほかの抗エストロゲン薬は、やや異なる方法でエストロゲンの作用を妨げます。フルベストラントは、SERMと同じくエストロゲン受容体に結びつき、エストロゲンの拮抗薬としてはたらきます。しかし、フルベストラントにSERMのようなエストロゲンの作用薬としての効果はなく、純粋な抗エストロゲン薬です。さらに、フルベストラントがエストロゲン受容体に結合すると、その受容体を標的にして破壊します。
5. ホルモン療法は乳癌の治療にどのように用いられますか?
・ホルモン感受性乳癌のホルモン療法には主に3通りの方法があります。
- 早期乳癌に対する術後補助療法
ER陽性早期乳癌の治療を受けた女性には、少なくとも5年間の術後補助ホルモン療法が有益であることがわかっています(2)。術後補助療法とは、主たる治療(早期乳癌の場合は手術)のあとに実施して、治癒の可能性を高めるための治療です。
術後補助療法には放射線療法と数種類の化学療法を組み合わせるもの、ホルモン療法、分子標的療法があります。タモキシフェンは、閉経前および閉経後(および男性)のER陽性早期乳癌に対する術後補助ホルモン療法としてFDAに承認されています。アナストロゾールとレトロゾールは、閉経後のER陽性早期乳癌に対する術後補助ホルモン療法として承認されています。
3つ目ののアロマターゼ阻害薬、エキセメスタンは、タモキシフェン療法を受けたことのある閉経後の早期乳癌に対する術後補助療法として承認されています。
最近までは、乳癌の再発の危険性を減らすために術後補助ホルモン療法を受けるほとんどの女性が、タモキシフェンを1日1回、5年間服用していました。しかし、新しいホルモン療法が開発され、臨床試験によってタモキシフェンとの比較が行われたものもあります。このような新規のホルモン療法も広く用いられるようになってきました(3-5)。たとえば、タモキシフェンの代わりにアロマターゼ阻害薬を1日1回、5年間服用することもできれば、5年間のタモキシフェン療法後にアロマターゼ阻害薬による追加の治療を受けることもできます。さらに、2~3年間タモキシフェンを服用したあとアロマターゼ阻害薬に変更し、合計5年以上ホルモン療法を続けることも可能です。
術後補助ホルモン療法の種類と期間は個々の患者ごとに決定することが大切です。この決定プロセスは複雑ですので、癌治療の専門家である腫瘍医と相談して進めるのがよいでしょう。
- 転移乳癌の治療
いくつかのタイプのホルモン療法が、転移した(からだのほかの部分に広がった)ホルモン感受性乳癌の治療に承認されています
これまでの研究によって、タモキシフェンが女性および男性の転移性乳癌に効果があることが明らかになっています(6)。このほかトレミフェンが転移性乳癌の治療に承認されています。抗エストロゲン薬フルベストラントは、別の抗エストロゲン薬で治療を受けた閉経後のER陽性転移性乳癌に使用することができます(7)。
アロマターゼ阻害薬のアナストロゾールとレトロゾールは、閉経後の転移性ホルモン感受性乳癌に対する初回治療に使用することができます(8、9)。アナストロゾール、レトロゾールおよび同じくアロマターゼ阻害薬のエキセメスタンは、タモキシフェンによる治療後に悪化した閉経後の進行した乳癌にも使用することができます(10)。
- 乳癌の術前補助療法
手術前の乳癌治療(術前補助療法)にホルモン療法を用いることについて、臨床試験で検討されています(11)。術前補助療法の目的は、乳房腫瘍を小さくして乳房温存手術を可能にすることにあります。ランダム化比較対照試験の結果からは、術前補助ホルモン療法、特にアロマターゼ阻害薬が閉経後女性の乳房腫瘍を小さくするのに効果があることが示されています。閉経前の女性については、これまで比較的小規模な試験が数件実施されているにすぎないため、結果はあまりはっきりしていません。
現在のところ、乳癌の術前補助療法にFDAから承認されたホルモン療法はありません。
6.ホルモン療法を乳癌予防に用いることができますか?
はい。早期の乳癌はほとんどがER陽性なので、ホルモン療法によって乳癌リスクが高い女性の乳癌を予防できるかどうかが臨床試験で検討されてきました。(*サイト注:日本では保険適用外になります)
NCIが支援する大規模ランダム化試験Breast Cancer Prevention Trial(乳癌予防試験)によって、タモキシフェンを5年間服用すれば、乳癌リスクの高い閉経後女性が浸潤性乳癌にかかるリスクをおよそ50%減らせることが明らかになりました(12)。その後やはりNCIの支援で実施されたStudy of Tamoxifen and Raloxifene(タモキシフェンおよびラロキシフェン試験)では、5年間のラロキシフェンによって、このような女性の乳癌リスクがおよそ38%低下することが明らかになりました(13)。
この2試験の結果をもとに、タモキシフェンとラロキシフェンは、乳癌リスクが高い女性の発症リスクを低くする目的でFDAから承認されています。タモキシフェンは閉経の状態に関係なく使用が承認されています。ラロキシフェンは閉経後女性に限って使用が承認されています。
アロマターゼ阻害薬エキセメスタンは、乳癌リスクが高い閉経後女性の発症リスクを低下させることが明らかになっています。あるランダム化試験で参加者を3年間追跡したところ、エキセメスタンを使用した女性の方がプラセボを使用した女性よりも乳癌にかかる割合が65%低いことがわかりました(14)。エキセメスタンにみられたリスク抑制効果が長い間変わらないことを確認し、エキセメスタン療法にリスクがあるかどうかを調べるためには、さらに長期間の追跡試験を実施する必要があります。エキセメスタンは、ER陽性乳癌の治療にFDAから承認されていますが、乳癌の予防にはまだ承認されていません。
7. ホルモン療法の副作用にはどのようなものがありますか?
ホルモン療法の副作用はそれぞれの薬や治療法のタイプによって大きく異なります(5)。ホルモン療法を受ける有益性とリスクは、個々の患者ごとによく検討する必要があります。
のぼせ、寝汗、膣の乾燥がホルモン療法によくみられる副作用です。このほか、閉経前の女性ではホルモン療法によって生理不順が起こります。
頻繁ではありませんが、ホルモン療法の重篤な副作用に次のようなものがあります。
タモキシフェン
- 血栓。特に肺や脚にできる血栓(12)
- 脳卒中(15)
- 白内障(16)
- 子宮内膜癌(15、17)
- 閉経前の女性の骨量減少
- 気分変動、うつ病、性欲減退
- 男性では頭痛、悪心、嘔吐、発疹、勃起不全、性的関心の低下
ラロキシフェン
- 血栓。特に肺や脚にできる血栓(12)
- 一部の乳癌患者では脳卒中(15)
卵巣機能抑制
- 骨量減少
- 気分変動、うつ病、性欲減退
アロマターゼ阻害薬
- 心臓発作、狭心症、心不全、高コレステロール血症(18)
- 骨量減少
- 関節痛(19-22)
- 気分変動、うつ病
フルベストラント
- 消化器症状(23)
- 体力の低下(23)
- 痛み
ホルモン療法では、途中で薬を変更する方法(タモキシフェンを2~3年使用後、アロマターゼ阻害薬に変更して2~3年)がよく用いられています。これによってタモキシフェンとアロマターゼ阻害薬の利益と不利益の最善のバランスが保たれると考えられています(15)。
8. ほかの薬がホルモン療法の邪魔をすることがありますか?
ある種の薬、たとえばよく処方される選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と呼ばれるタイプの抗うつ薬などはCYP2D6と呼ばれる酵素を阻害します。CYP2D6はタモキシフェンを代謝(分解)して、タモキシフェンそのものよりもはるかに高い作用をもつ分子(代謝物)に変える酵素で、タモキシフェンを飲むときにとても重要な役割を果たします。
SSRIがCYP2D6を阻害することによってタモキシフェンの代謝を遅らせ、タモキシフェンの効果を弱める恐れがあることは、乳癌患者の1/4が臨床的うつ病を経験し、SSRIの投与を受けている可能性があることを考えると懸念すべきことです。さらにSSRIはホルモン療法によって起こるほてりを治療するのに使われることもあります。
研究によって、ある種のSSRIをタモキシフェンといっしょに飲んでいる女性では、タモキシフェンの活性代謝物の血中濃度が低いことがわかっています。このため、抗うつ薬をタモキシフェンといっしょに飲んでいる患者は治療薬の選択肢について主治医に相談することを多くの専門家が勧めています。たとえば、CYP2D6の強力な阻害薬(パロキセチンなど)であるSSRIから、弱い阻害薬(セルトラリンなど)や阻害活性のない抗うつ薬(ベンラファキシンやシタロプラムなど)に変更することを勧められたり、閉経後であれば、タモキシフェンをやめてアロマターゼ阻害薬にしてはどうかと提案されたりする場合もあるでしょう。
CYP2D6を阻害する薬には上記以外にも以下のものがあります。
- 不整脈治療に用いられるキニジン。
- 抗ヒスタミン薬のジフェンヒドラミン。
- 胃酸を和らげるのに用いられるシメチジン
タモキシフェンを処方されている場合は、ここに挙げた以外の薬でも、使用するときは主治医に相談してください。
9. 乳癌のホルモン療法に使用される薬についてどこでさらに詳しい情報が得られますか?
NCIの薬剤情報では、癌や癌に関連する病気の治療薬としてFDAに承認された薬の情報を一般にもわかりやすく解説しています。薬剤情報には、ひとつひとつの薬の基礎的な解説、研究結果、起こりうる副作用、FDAの承認情報および進行中の臨床試験などが記されています。乳癌治療に承認された薬についても解説しています。
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中村幸子 訳
原文 堅(乳癌/四国がんセンター) 監修
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原文掲載日
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