OncoLog 2013年11-12月号◆乳房ページェット病-稀な疾患だが、悪性腫瘍を見落とすことも

MDアンダーソン OncoLog 2013年11-12月号(Volume 58 / Numbers 11-12)

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乳房ページェット病-稀な疾患だが、悪性腫瘍を見落とすことも

乳頭付近にできた落屑(らくせつ)性(※皮膚の表層が角質化して剥げ落ちる)の小さな発疹は単なる湿疹や皮膚炎ではない可能性がある。稀な悪性腫瘍である乳房ページェット病は、良性の皮膚疾患としばしば誤診される。しかし、概してページェット病は乳管内癌または浸潤性乳癌が基礎疾患として存在する。

臨床症状

乳房ページェット病は、最初の症状が湿疹であるために誤診されることが多い。乳頭乳輪複合体の発疹が初発症状のこともある。ページェット病は新規乳癌症例の1~3%に発症するにすぎない。ページェット病は閉経後の50~60代女性で発見されることが多いが、その他の年代の女性や、男性に発生することもある。

湿疹やその他の良性皮膚疾患と異なり、ページェット病では単に皮膚の異常だけでなく下層組織にも硬結を生じる。ページェット病の初期段階では乳頭に紅斑性・落屑性の病変を生じるのが典型的である。患者は病変部に灼熱感、疼痛、掻痒を感じることもある。乳頭の扁平化や陥凹、病変の乳輪への拡大、血性分泌物はページェット病の進行と関連して生じる。両側性に症状が発現することは極めて稀である。

乳房ページェット病は他の悪性疾患とも区別される。悪性のメラノーマでもページェット病の病変部のように落屑性が認められることがある。一方、乳房ページェット病と異なり、メラノーマでは出血や掻痒感、疼痛はない。また、メラノーマでは皮膚の色素沈着に変化があるのが普通だが、ページェット病にはない。炎症性乳癌もページェット病の病変と同様に皮膚に紅斑性の異常を呈することがあるが、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター放射線腫瘍学部助教のMichael Stauder医師は、「炎症性乳癌は発症が早く、触知可能な下部組織腫瘍を伴うことが多い」と述べている。

ページェット病の85~88%の症例では、乳頭の潰瘍が、潜在する乳管内癌または浸潤性乳癌にともなって発生する(多発性の場合もある)。一方、それ以外のページェット病症例は皮膚に限局しており、乳房に悪性腫瘍を認めない、いわゆる純粋なページェット病である。

発症機序

稀な疾患であるせいか、ページェット病の発症機序はいまだよくわかっていない。「ページェット病がどのように発生するかについては2つの説があり、この2つは相容れないものではないと思っています」。外科腫瘍学部教授のHenry Kuerer医師は述べた。

まず、「表皮向性説」は、潜在する乳房の悪性腫瘍があり、その一部としてページェット細胞が発生するというものだ。その後、ページェット細胞の一部が乳管を経由して乳房表皮に移動する。免疫組織化学染色によってページェット細胞と乳管上皮細胞とが類似していることが明らかになっており、この説を裏づけている。また、ページェット細胞は大型で、内部に淡色の細胞質と目立つ核を含み、乳頭の他の組織と明らかに違って見える。「表皮向性説」の難点としては、基礎となる腫瘍がない場合、ページェット病発症の説明ができないことだ。

一方、「形質転換説」は、表皮角化細胞が悪性となりページェット細胞に変化するというものだ。潜在する腫瘍が存在しない症例や、あったとしても皮膚病変から比較的遠い位置にしかない症例がこの説を推している。1967年にページェット細胞の前駆細胞と思われるToker細胞が同定されたこともこの説を裏づけるものだ。Toker細胞は透明な細胞質が特徴で、良性のものから、腫瘍性、非定型、悪性のものまで観察される。

どちらの説もページェット病発生機序の説明としては成り立ちうるが、今なお議論がある。多くの研究者らは「表皮向性説」に傾いている。病理学教授のSavitri Krishnamurthy医師によると、ページェット病症例の説明としては「表皮向性説」のほうが「形質転換説」より症例が多いという。「乳房ページェット病がどのように発生するかは正確にはわかりませんが、Toker細胞の変化であるよりは、悪性細胞の乳管内の移動であるとみられます」とKrishnamurthy氏は述べた。

診断

ページェット病は初期症状が他の良性疾患と臨床的に類似しているため、組織学的に診断がつけられるまで患者が数カ月間、症状に悩まされることがよくある。ページェット病の症状を呈した患者の診断は、まず症状を聴取し、両側乳房の理学的検査から始めることが普通である。現在までページェット病特有のリスク因子は同定されていないが、医師らは浸潤性乳癌および乳管内癌がリスク因子ではないかと考えている。

ページェット病の症状を呈した患者は、良性疾患のように見える初期段階では局所ステロイド薬を処方されることもある。「1週間程度で患者に落屑が認められた場合、最初から悪性とみなして治療することは適切ではないでしょう」とStauder医師は話す。「ですが、この異常が数カ月から数年続くという場合は、もっと詳しく調べてみる必要があります」。

病変がステロイド治療で完治しない場合、患者は両側乳房のマンモグラフィ検査または超音波検査を受けるべきである。これらの画像診断で結論が出ない場合、磁気共鳴画像(MRI)検査が必要となることもある。基礎疾患である悪性腫瘍を見つけられない、ということは診断および治療のプロセスで起こりうるもっとも深刻な問題の一つである。この理由から、「決定的な、よい画像を撮ることが不可欠です」とKuerer医師は説明した。

ページェット病が疑われる場合、画像診断に続けて、乳頭の病変部と、画像診断で所在が確認された異常部または基礎となる悪性腫瘍の部位の両方の生検を実施する。いわゆる純粋なページェット病が疑われる場合には乳頭の病変部のみ生検を行う。MRI検査は感度が高い一方で特異性が十分とは言えないため、常に生検を実施してMRI検査結果の確認をすべきである、とKuerer医師は述べている。

最初に臨床所見を確認、次に画像検査、最後に病理学的に確定という流れが乳房ページェット病の診断として理想的ではあるが、乳房ページェット病の診断は手術中に得られた組織試料の解析によってつけられることの方が多い。Krishnamurthy医師によると、ほとんどのページェット病症例は、基礎疾患である腫瘍の治療のため乳房切除術を行った患者において、手術後に受ける乳頭乳輪複合体皮膚の定期的な検査で発見されるという。これらの症例では、病理学的解析によりページェット病が疑われる以前に乳房の悪性腫瘍のために外科手術を受けていることがある。

手術前に採取した組織、または外科手術中に採取した組織に関わらず、ページェット病試料の病理学的解析を行うと、乳頭表皮にページェット細胞があちこち散らばっていたり、小さな集団を形成していたりするのが典型的である。病理学医はさらに精密な組織病理学的な検査のほか、補助的な組織化学染色や免疫化学染色を行って、ページェット細胞と、正常および悪性の角化細胞、メラノーマ細胞、Toker細胞を区別する。たとえばページェット細胞と一部のToker細胞はムチン染色陽性であるが、角化細胞およびメラノーマ細胞は染まらない。ページェット細胞とToker細胞は免疫表現型が異なる。ページェット細胞はHER2陽性でホルモン受容体陰性であることが非常に多い一方、Toker細胞はたいていHER2陰性でホルモン受容体陽性である。Krishnamurthy医師は「臨床所見、画像検査所見、形態学的な特徴、補助的な組織染色の結果がすべてぴったりと合ってこそ、乳房ページェット病であるとの診断に至るのです」と話している。

治療

1990年代まで、乳房ページェット病の標準的治療法は、全例、乳房切除術であった。今日、治療の選択肢は主に潜在する乳癌によって決まる。

潜在する乳癌および多中心性疾患がない場合、または乳癌が比較的乳頭乳輪複合体の近くにある患者の場合、乳房温存療法が治療候補となる。乳癌のある患者の一部は、術前化学療法により、必要だった乳房切除術に代えて乳房温存手術を受けることが可能になることもある。「患者の乳房の大きさによりますが、乳頭乳輪複合体の一部を切除してから再建することができます」とKuerer医師は話している。「陰性の切除縁を確保して可能な限り多くの組織を残します」。さまざまな再建技術により乳房温存手術後の審美性を良好に保つことができる。

基礎疾患として悪性腫瘍が存在する、または多中心性疾患がある患者の場合は、乳房切除術がやはり標準治療である。これらの患者は手術中にセンチネルリンパ節の生検も行う。この生検は浸潤性の癌を示す証拠がない限り、乳房温存手術中に実施されることはまずない。

多くの患者にとって乳頭乳輪複合体は性行為で重要であり、この部分を切除することによる性行為への影響について、患者と治療の初期段階で話し合っておくべきである。こういった観点から、患者同士や個別のカウンセリングを行うプログラムが患者を支えるために重要だ。

手術後、基礎疾患のある患者は大半が補助放射線療法を受け、乳房全体に照射する。手術中にリンパ節転移陽性と判明した場合は、補助放射線療法に加え補助化学療法が必要になることもある。基礎疾患のある患者のうち少数の患者ではさまざまな要因のため補助放射線療法が勧められない場合もある。たとえば、70歳以上で侵襲性の小さな癌があり、機能状態も良好でない場合、放射線療法の候補にはならないとStauder医師は提案している。他方、基礎疾患がホルモン受容体陽性の患者は、タモキシフェンなどのホルモン受容体拮抗薬とアナストロゾールなどのアロマターゼ阻害剤の一方または両方による経口の全身療法を行うこともある。純粋なページェット病の患者の場合、放射線療法を行うことは稀だが、ホルモン受容体陽性であれば経口の全身療法を行うことがある。

予後および傾向

潜在する乳癌がある患者の場合、その予後は治療と同様に乳癌の病期とタイプに依存する。これまで乳房ページェット病における最大の研究であった2006年のSurveillance, Epidemiology, and End Results(SEER)データ分析で、ページェット病と基礎疾患として浸潤性乳癌を有する患者での15年後の疾患特異的生存率が61%であった。一方、ページェット病と非浸潤性癌の患者は94%、純粋なページェット病の患者は88%であった。腫瘍サイズとリンパ節の状態が疾患特異的生存率の重要な決定要因であった。

乳房ページェット病は稀であり、その治療も基礎疾患によって異なるという事実から、ページェット病に特化した研究や治療法に関する進展はほとんど見られない。ページェット病の発生機序に関する研究が行われれば、病気の進行に対する理解が深まり、個々の患者にとってより最適な治療の選択が可能となる。しかし、Stauder医師によるとページェット病に特化したデータはなく、「依然として、乳管内癌および浸潤性乳癌の関連する同等のデータによって、慎重な治療計画がなされます」と話している。

実際、楽観視できる理由もある。この2006年の研究で、1988から2002年にかけて浸潤性乳癌または乳管内癌を基礎に持つページェット病の発生率は減少し、純粋なページェット病の発生率は一定であることが示された。Kuerer医師は、スクリーニング検査としてマンモグラフィを用いることが増加したため基礎疾患を有するページェット病の発生率が減少したのではないかと推測している。「これからは乳頭乳輪複合体のみが関連するページェット病、いわゆる純粋なページェット病の割合が増えると思います。乳房疾患の可能性を示す徴候に対する女性の知識は深まっており、乳癌を早期に発見しやすくなっています」。Kuerer医師はこう述べた。

【右上画像キャプション訳】
生検試料の顕微鏡写真に見えるページェット細胞(矢印)。周囲の角化細胞より大きく、はっきりとした核と、一定量の淡色の細胞質を持つ(ヘマトキシリン・エオジン染色、拡大率100倍)。

【中段画像キャプション訳】
初期の段階(左)では、ページェット病は乳頭の紅斑性・落屑性病変を呈する。さらに進行したページェット病(右)では、この病変部が乳輪へ拡大し、乳頭が扁平化したように見える。写真はKuerer’s Breast Surgical Oncologyより許可を得て掲載。©2010 McGraw-Hill

— Amelia Scholtz

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翻訳担当者 橋本 仁

監修 原野謙一 (乳腺科・婦人科癌・腫瘍内科/日本医科大学武蔵小杉病院)

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