選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERMs)により乳癌発生率が低下する可能性

 英国医療サービス(NHS) 
2013年4月30日

「ホルモン療法により、乳癌リスクのある女性で乳癌発生率が38%低下した」とDaily Mirror紙は報じている。

このニュースは多数のメディアにより報道され、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERMs)という、乳腺細胞などに存在するエストロゲン受容体と結合する薬剤についての研究に基づいている。

__________________________________________

  乳癌ハイリスク女性に注目した研究

“SERMsは乳癌および他の原因による死亡リスクに影響を及ぼさなかった”

___________________________________________________________

今日のニュースで取り上げられている研究は、SERMsが乳癌予防に有効である可能性を示唆している。研究者らは、乳癌を発症していない女性でSERMsと他の薬剤とを比較した複数の研究結果をまとめた。

その試験の多くで、乳癌ハイリスク女性あるいは骨粗鬆症の女性いずれかが募集された。

研究者らは、10年の追跡期間にSERMsが乳癌の発生率を低下させたことを発見した。

さらに、これらの薬剤は投与中および治療終了後のいずれにおいても乳癌のリスクを低下させるとみられる。また、乳癌あるいはその他の原因による死亡リスクに対する影響はなかった。

こうした結果は有望だが、現在、イギリスではこれらの薬剤のうちいずれも乳癌予防に対し承認されていないことを念頭に置くことが重要である。

これらの薬剤には副作用もあるため、全ての人に適している訳ではない。SERMs投与女性では子宮癌や血栓(SERMsのリスクとして知られる)のリスクが増加した。

家族性乳癌についての医師向けガイドラインは、現在、乳癌発症予防を目的としたハイリスク女性に対するタモキシフェン投与についての新たな(暫定的)推奨を盛り込むため最新のものへ更新されている。

記事の発信源

この研究は、選択的エストロゲン受容体モジュレーターによる乳癌化学予防考察グループ(Selective Oestrogen Receptor Modulator Chemoprevention of Breast Cancer Overview Group)に参加する国際研究チームにより行われ、キャンサーリサーチUKから助成金を受けている。

この研究は、論文審査のある医学雑誌Lancet誌に発表された。

この記事はオープンアクセス、つまり学術誌のウェブサイトから無料で入手できるものであった。

このニュースは、これらの薬剤に関連して見られる副作用や現行では乳癌予防薬として承認されていないことを認める一部のニュース記事とともに、マスコミで広く報道された。

どのような研究だったのか

この研究は、ランダム化比較試験から得られた個々のデータの系統的レビューおよびメタアナリシスによるものであった。選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERMs)の乳癌予防に対する有効性を評価することが目的とされた。

ランダム化比較試験の系統的レビューとメタアナリシスにより、個々の試験で判った全ての既知情報がまとめられた。それにより薬剤あるいは介入治療の有効性の全体像が示され、介入治療の最もレベルの高いエビデンスとなる。

研究内容

研究者らは、SERMsの乳癌予防に対する有効性を解析した試験を確認するため、論文で発表された試験のデータベースの系統的調査を行った。非乳癌女性においてSERMsとプラセボあるいは別の薬剤とを比較し、少なくとも2年間女性を追跡調査したランダム化試験が9つ確認された。

それらの試験では、4つのSERMsについて検討されていた。その4つとは、タモキシフェン(イギリスではエストロゲン受容体陽性乳癌の治療薬として承認)、ラロキシフェン(閉経後女性への骨粗鬆症治療または予防薬として承認)、lasofoxifeneおよびarzoxifene(現在、イギリスでは未承認の骨粗鬆症治療薬2種)であった。9つの試験は以下の通りであった:

・主に乳癌リスクの高い健常女性でタモキシフェン20㎎/日とプラセボとを少なくとも5年間比較した4つの試験

・骨粗鬆症で冠動脈心疾患リスク因子があるか、骨粗鬆症で冠動脈心疾患であるかのいずれかの閉経後女性においてラロキシフェンとプラセボを比較検討した2つの試験。乳癌発症リスクの高い女性でラロキシフェンとタモキシフェンを比較した1つの追加試験。

・骨粗鬆症の閉経後女性で2つの異なる用量のlasofoxifeneとプラセボを比較した1つの試験

・骨粗鬆症の閉経後女性でarzoxifeneとプラセボを比較した1つの試験

女性は4~8年間治療を受け、一部の試験では治療終了後も追跡調査を受けた。

研究者らは個々の患者データを入手し、SERMsの乳癌予防に対する全体的な有効性を判定するためデータをまとめた。

研究者らが関心をもった最も重要な結果は10年の追跡期間における乳癌発生率であった。研究者らは以下のことについても調査した:

・追跡開始後5年(治療が行われた場合)および5~10年後(治療が概ね中止されている場合)での乳癌発生率

・別の種類の乳癌発生率

・その他の癌発生率

・血栓、心血管イベント、骨折、白内障、何らかの原因による死亡の発生率

基本的な結果

9つの試験で、平均65カ月間(5.4年)の追跡を受けた女性参加者は合計で83,399人だった。

 選択的エストロゲン受容体モジュレーターの乳癌に対する効果

研究者らは、SERMsが全乳癌の発症リスクを38%有意に減少させたことを発見した。10年間での全乳癌の累積発生率はコントロール群で6.3%と推定され、SERM投与群で4.2%だった。研究者らは、すなわち、42人の女性がSERMでの治療を受けた場合、追跡開始後10年で乳癌1例を予防できるだろうと算出した。

全乳癌のリスク低下は、治療終了後5~10年(25%低下)に比べ、治療が行われてから追跡開始後5年の方が大きかった(42%低下)。

SERMsは、10年間にわたりエストロゲン受容体(ER)陽性乳癌のリスクを4.0%から2.1%に減少させた(51%リスク低下)が、ER陰性乳癌のリスクに対しては有意に影響を及ぼさなかった。

また、SERMsはいわゆる「非浸潤性乳管癌」のリスクも低下させた。非浸潤性乳管癌とは、癌が乳管に限局し周囲の乳房組織に浸潤していない初期の乳癌である。

SERMで解析した結果、以下のことが判明した。

・タモキシフェンは、10年の追跡期間の全乳癌発症リスクをプラセボ群に比べ33%有意に低下させ、それは主にER陽性乳癌の低下によるものであった。

・ラロキシフェンもプラセボ群に比べ10年間の追跡期間において全乳癌リスクを有意に低下させ(34%)、これもまた主にER陽性乳癌の減少によるものであった。

・lasofoxifeneとarzoxifeneの試験は追跡開始から5年後までの結果のみであった。lasofoxifene(0.5mg)とarzoxifeneもまた全乳癌とER陽性癌を低下させた。

その他の転帰に対する選択的エストロゲン受容体モジュレーターの影響

・SERM投与女性ではプラセボ群に比べ有意に子宮癌の発症率が高かったが、その影響は追跡開始後5年間(治療中)とタモキシフェンに限られるようであった。他の癌の発生率に差はみられなかった。

・SERM投与女性ではプラセボ群に比べ血栓リスクも増加した。

・SERMs投与女性では骨折のリスクが低下した(ただしタモキシフェン単独で解析した際は影響がみられなかった)。

・冠動脈心疾患あるいは白内障のリスクに有意差はみられなかった。

しかし、SERMsは乳癌による死亡率や原因を問わない死亡率に影響は及ぼさなかった。

研究者らはこの結果をどのように解釈しているか

研究者らは、選択的エストロゲン受容体モジュレーターが「乳癌を発症していないハイリスクあるいは平均リスクの女性での全乳癌リスクを有意に低下させ、それはER陽性浸潤性乳癌の減少によるものである」と結論付けている。また、「有益性は積極的治療期間のみならず治療終了後にも認められた」と述べている。

結論

この研究で、選択的エストロゲン受容体モジュレーターは、乳癌、特にエストロゲン受容体陽性癌の予防に対し有効であることがわかった。SERMsは10年の追跡期間での乳癌発症率を低下させ、SERMs投与中および治療終了後の乳癌リスクのいずれも低下させた。乳癌による死亡率および原因を問わない死亡率について、選択的エストロゲン受容体モジュレーター群とプラセボ群に差はみられなかった。

こうした結果は有望であるが、現在、イギリスではSERMsのうちいずれも乳癌予防に対し承認されていないことを念頭に置くことが重要である。SERMsは副作用もあるため、全ての人に適している訳ではないということへの注意が大切である。これらの試験においてSERMs投与女性の子宮癌および血栓リスクが増加した。深部静脈血栓症(DVT)といった血栓症は、SERMs服用の際のよく知られたリスクである。SERMsは子宮内膜の異常増殖を促す可能性があり、それが癌化する可能性がある。

英国国立医療技術評価機構(NICE)は家族性乳癌の臨床ガイドラインを最新のものに更新しており、それには予防を目的とした乳癌ハイリスク女性に対するタモキシフェン投与の新たな暫定的推奨が盛り込まれている。一部のマスコミ報道により、SERMsは乳癌リスクのある女性へのケアを大きく変える印象が示されたかもしれない。必然的に、もしSERMsが予防に対し承認されたとしても、女性や医師らは、最善な乳癌治療の選択肢を決定する際、治療によるリスクと有益性とを十分に検討することが必要であろう。

———–[囲み記事]————

SERMsとは

選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERMs)は、ある種の細胞に存在するエストロゲン受容体と結合し細胞分裂を停止させる。SERMsには、エストロゲン受容体陽性乳癌の治療に使われるタモキシフェン、閉経後女性の骨粗鬆症の治療または予防に使われるラロキシフェンなどの薬剤がある。この研究ではlasofoxifeneとarzoxifeneにも着目したが、イギリスではこれらの骨粗鬆症治療薬の使用は承認されていない。

—————————————

翻訳担当者 佐々木亜衣子

監修 野長瀬祥兼(腫瘍内科/近畿大学付属病院)

原文を見る

原文掲載日 

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

乳がんに関連する記事

欧州臨床腫瘍学会(ESMOアジア2024)ハイライトの画像

欧州臨床腫瘍学会(ESMOアジア2024)ハイライト

ESMOアジア会議2024は、アジア地域における集学的腫瘍学に特化した年次イベントである。新しい治療法、特定のがん種の管理に関する詳細な議論、アジア全域を対象とした臨床試験、アジア地域...
喫煙はいかにして乳がん放射線治療を複雑にするのかの画像

喫煙はいかにして乳がん放射線治療を複雑にするのか

放射線治療は基本的ながん治療のひとつであり、乳がんを含むさまざまながん種での治療に用いられている。 
放射線治療は、放射線(通常はX線)を用いてがん細胞のDNAを損傷させ、がん細胞を破壊...
がんにおけるエストロゲンの知られざる役割ー主要な免疫細胞を阻害の画像

がんにおけるエストロゲンの知られざる役割ー主要な免疫細胞を阻害

エストロゲンは、その受容体を持つ乳がん細胞の増殖を促進することが知られているが、デュークがん研究所による新たな研究では、エストロゲンが、他のがんと同様に、受容体を持たない乳がんにおいて...
乳がん個別化試験で、免疫陽性サブタイプにDato-DXd+イミフィンジが効果改善の画像

乳がん個別化試験で、免疫陽性サブタイプにDato-DXd+イミフィンジが効果改善

早期乳がんに対し、抗体薬物複合体Dato-DXdと免疫チェックポイント阻害薬デュルバルマブの術前併用療法が有用である可能性がI-SPY 2.2試験で示された。乳がんは、米国およ...