乳癌と卵巣癌のゲノム類似性が解明される

米国国立衛生研究所(NIH)ニュース

―米国国立衛生研究所(NIH)が助成する癌ゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas)により、ゲノムの特徴が共通していることが判明、治療の助けとなる可能性-

2012年9月23日

米国国立衛生研究所の助成を受けた研究者らによると、一部のタイプの乳癌と、治療が困難な高悪性度の漿液性卵巣癌の間で、ゲノムの特徴が多く共通している。この結果は、この2種の癌で分子的起源が類似していることを示しており、乳癌および卵巣癌それぞれの分類型における治療データの比較が進む可能性がある。

癌ゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas :TCGA)の一環として取得されたデータを用いて、乳癌患者825人の総合的な分子特性解析に基づき、4種の標準的な分類型についての新たな知見が述べられた。

本研究は、ともにNIHの組織である米国国立癌研究所(NCI)と米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の資金提供を受けた共同事業であり、Nature誌2012年9月23日オンライン版ならびに2012年10月4日誌上版に掲載された。

「TCGAが所有する高品質の検体を総合的に解析することにより、これらの乳癌分類に関して前例のない観点での検討ができました」と、NIH所長のFrancis S. Collins 医学博士は述べる。

ゲノムデータの解析により、 乳癌は生態と予後の見通しから4種の主要なタイプに分類されることが確認されてきた。TCGA によるこれらの知見は、ゲノム変化の全体像を保持する多数の乳癌検体に基づく。

Intrinsic subtypesとよばれている遺伝子発現解析による分類型には、HER2高度発現(HER2E)型、Luminal(管上皮細胞遺伝子発現型)A型(LumA)、Luminal B型(LumB)およびBasal-like(基底細胞様)型の4種がある。もう1種、Normal-likeとよばれるタイプが認められているが、検体数が少ない(8検体)ため、厳密に検討することができなかった。

TCGA研究ネットワークは、Basal-like型乳癌と漿液性卵巣癌の間で、ゲノムの顕著な類似性が認められたことを明らかにした。転移の範囲、および遺伝子変異の種類や頻度は、2種の癌の間で大部分が共通していた。解析が進み、遺伝子変異の頻度などさらにいくつかの共通のゲノム特徴が特定され、遺伝子異常は多様でも限られた数種の癌に集約されている可能性があることが示された。

コンピュータ解析により、Basal-like 型乳癌と漿液性卵巣癌はどちらも、血管増殖を阻害、癌への血液供給を遮断、あるいはシスプラチンなどの化学療法剤を含むDNA修復を標的とする薬剤に感受性を有することが示された。

Basal-like型は、そのすべてではないものの、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体およびヒト上皮細胞増殖因子受容体2(HER2)の3種の受容体がいづれも陰性であることが多いため、トリプルネガティブ乳癌ともよばれている。これらの受容体は強い細胞増殖反応を引き起こし、周辺組織から癌細胞を識別する名札として働くことがある。これらの受容体を発現していないことは、受容体を標的とする治療で効果が期待できないことを意味する。

「乳癌の主要な分類型の1種と卵巣癌の間で分子学的類似性がみつかったことで、この2種の癌に対する治療と転帰をさらに比較するきっかけとなりました」と、NCI所長のHarold Varmus 医師はコメントする。「このゲノム情報の宝庫を詳細に検討し、機能的、臨床的に生かす方法を特定しなければなりません」。

世界保健機関によると、世界中で毎年約130万人が新たに乳癌と診断され、450,000人が死亡している。乳癌は女性において最も罹患率の高い癌である。発症例の大部分は散発性癌、つまり遺伝子異常により発病しやすくなる遺伝性癌とは異なり乳癌の家族歴のないものである。男性も乳癌を発症することはあるが、乳癌症例の1%未満である。

HER2受容体を発現する乳癌はHER2陽性とよばれ、発現しない乳癌はHER2陰性とよばれる。標準的な細胞検査でHER2陽性と判定された癌のゲノム分析結果を解析したところ、HER2Eサブタイプに分類されるのは検体の半数のみであることが判明した。残りの半数は、Luminal 型と見なされ、臨床的にHER2陽性と判定される癌は少なくとも2種に分けられることが示された。

一般的に、Luminal型は全遺伝子変異率が最も低い一方で、変異率が有意に高い遺伝子の種類が最も多く認められている。これは、Luminal型において変異率が有意に高いと特定されている各遺伝子が、癌増殖促進に重要である可能性が高いことを示唆する。Luminal型は、ESR1GATA3FOXA1XBP1およびcMYBを含む複数の、いわゆる転写因子遺伝子の特異的な発現特性によって特徴づけられる。これらの遺伝子は複雑な相互作用を有し、共同で組織的に、相次いで転写活性化を行う。GATA3FOXA1には変異が多発するが、これらの変異は相互排他的であり、つまり変異はGATA3またはFOXA1のどちらか一方のみで両方には見られない。反して、ERS1XBP1は高発現するが、変異はあまり起こらない。

TCGA プログラムは大規模であるため、このような複雑なゲノム変化や相互作用を検出する統合的な解析を行うことができる。この癌ゲノムに対する徹底した調査により、癌増殖に必要な変異に対する理解が深まり、この研究を通して新たな研究対象も特定された。著者らは、これらの遺伝子変異の発見が乳癌治療の向上に向けた重要なステップとなることを望んでいる。

本発表は、TCGAのデータポータルサイト(リンク:https://tcga-data.nci.nih.gov/tcga/tcgaHome2.jsp)から自由に入手できる825例の乳癌データを用いた複合解析から得られた発見に焦点をあてており、さらに数百例の症例を追加する予定である。

「TCGA プログラムにより収集されたデータは、この先何年もかけて解析することになる膨大なリソースから成ります。乳癌ゲノムに関する情報のリソースは、間違いなく、癌研究コミュニティーによる無数の発見へとつながるでしょう。」NHGRI所長のEric D. Green医学博士は述べる。

これまでに癌ゲノムアトラス研究ネットワークは以下の癌の解析を発表している。

本研究は、以下の補助金の助成を受けている。U24CA143883、U24CA143858、U24CA143840、U24CA143799、U24CA143835、U24CA143845、U24CA143882、U24CA143867、U24CA143866、U24CA143848、U24CA144025、U54HG003079、P50CA116201、P50CA58223。また、アメリカ復興・再投資法案による補助を受けている。

TCGA 研究ネットワークは、全米数十カ所の研究機関に所属する150人を超える研究者から成る。参加者の名簿はTCGA ウェブサイトの概要ページ(リンク:http://cancergenome.nih.gov/abouttcga/overview)で入手できる。 癌ゲノムアトラスに関する詳細はQuick Facts、Q&A、グラフ、用語集、ゲノム学に関する簡潔なガイド、閲覧可能な画像を掲載したメディアライブラリーを含め、TCGA ウェブサイトのホームページ(リンク:http://cancergenome.nih.gov参照。

NCIは全米癌プログラムを指揮し、予防および癌生物学の研究、新規治療の開発、および新規研究者の教育と指導を通して、癌の負担を劇的に軽減し、癌患者とその家族の生活を改善するNIHの取り組みを率いている。癌に関する詳細はNCIのウェブサイト(リンク:http://www.cancer.gov)またはNCIの癌情報サービス1-800-4-CANCER (1-800-422-6237)まで。

NHGRIは、ゲノム研究と人類の健康への適用を促進するための人材や技術の開発を助成する。NHGRIに関する詳細はNHGRIのウェブサイト(リンク:http://www.genome.gov)参照。

米国国立衛生研究所(NIH)について:米国の国立医薬研究機関であるNIHは、27カ所の研究機関およびセンターから成り、米国保健社会福祉省の一部である。NIHは、医学の基礎研究、臨床研究およびその橋渡し研究を実施、支援する主要な連邦機関であり、一般的疾患と稀少疾患両方の原因、治療の研究を行っている。NIHとそのプログラムの詳細はNIHのウェブサイト(リンク:www.nih.gov参照。

翻訳担当者 石岡優子

監修 原野謙一(乳腺・婦人科癌/日本医科大学武蔵小杉病院)

原文掲載日 

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