2010/11/02号◆クローズアップ「まれな癌に対する技術進歩」
同号原文|
NCI Cancer Bulletin2010年11月02日号(Volume 7 / Number 21)
〜日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜
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◇◆◇ クローズアップ ◇◆◇
まれな癌に対する技術進歩
2006年にデューク大学の新入生であったJosh Sommer氏は、自身の頭痛の原因が脳幹を圧迫する腫瘍によるものであることを知る。外科手術によって腫瘍は摘出されたが、それは脊索腫というまれな骨癌であることが判明した。手術から僅か数日後、Sommer氏はノートパソコンを用いて、デューク図書館からアクセスできる全ての脊索腫研究をダウンロードして読み始めた。
不運にも、この病気の患者は診断されてから平均7年間しか生存しないことを彼は知る。脊索腫は頭蓋底から尾骨までの脊椎のどの部分にも発生する可能性がある。脊索腫の多くはゆっくりと増大するが、たいていは致死的である。米国では毎年約300人がこの病気と診断されるが、手術と放射線治療以外に選択できる治療法はほとんどない。
秋になって復学したSommer氏は、この病気の治療法発見のために役立つことをしようと決心した。自身の工学の勉強以外に、NCIの仲間とともに高リスク家系における脊索腫の遺伝子探索を始めていた癌研究者であるDr.Michael Kelley氏の研究室に参加した。専門家が脊索腫の一因であると疑っている遺伝子の活性を分析することで、関係する遺伝子領域を特定する取り組みにSommer氏は参加した。この遺伝子はT遺伝子、あるいは(それがコードするタンパク質であり、他の遺伝子活性を調節する転写因子にちなんで)Brachyuryと呼ばれる。
しかしこの遺伝子と脊索腫を結びつける証拠は予備的なものであり、Sommer氏は自分の研究が進展をもたらすのかどうか疑問を感じ始めた。「時には雨の中、自転車に乗って研究室に向かいながら、自分の時間を費やすべきことは本当にこれなのかと悩んだことを覚えています」と最近彼は当時を振り返った。
4年後、彼の疑問は消え去った。Brachyury/T遺伝子が脊索腫だけでなく他の癌においても原因遺伝子となっている可能性を示す証拠がそろってきた。Sommer氏は現在22歳でDuke大学を休学中であるが、脊索腫患者の生活向上のために全力で取り組んでいる。彼は最近、この病気の研究を促進するために、2007年に母親のDr.Simone Sommer氏と共同で設立した団体である脊索腫基金(Chordoma Foundation)の事務局長となった。
重複した遺伝子
脊索腫は、胚発生において将来脊髄となる脊索の残余物であることは研究者らに知られている。Brachyury/T遺伝子は胚細胞中での脊索の発達を調節し、ほとんどすべての脊索腫で発現しているが、正常の成人組織では発現していない。
脊索腫におけるBrachyury/T遺伝子の異常発現は、余分な遺伝子コピーの存在と関係しているようだ。最近の証拠は先月発表された報告であり、この遺伝子の余分なコピーは非遺伝性、すなわち散発性の脊索腫患者の腫瘍組織において多く見られることが示されている。
ロンドン・ユニバーシティーカレッジのDr.Adrienne Flanagan氏らによるこの発見は、家族性、すなわち遺伝性の脊索腫患者の生殖細胞DNAにおいてこの遺伝子の余分なコピーが見つかったという昨年の研究と矛盾しない。
「これらの結果は、Brachyury/T遺伝子の変化が脊索腫の発生において重要な役割を果たすことを裏づけている」と、米国国立癌研究所の癌疫学・遺伝学部門(DCEG)のDr.Rose Yang氏は述べた。Yang氏は、DCEGのDr.Dilys Parry氏と共同で指揮し、デューク大学のKelley氏の研究室と協力して行った長期間の家族性脊索腫研究の代表著者である。
Yang氏は、これらの研究の別の類似点も指摘した。すなわち両方の研究において、Brachyuryタンパクが、余分な遺伝子コピーを持たない患者においても高値であったことである。「このことは、家族性と散発性両方の脊索腫においてBrachyuryタンパク産生が不適切に活性化されるような、他の遺伝子における変異や未知のメカニズムを特定する必要性を示している」と同氏は述べた。
癌ワクチンの研究
Brachyuryタンパクは、NCIが現在取り組んでいる肺癌、乳癌、大腸癌などの一般的な癌患者に対する癌ワクチン開発でも注目されている。Brachyury/T遺伝子はこれらの癌において不適切に機能しており、このタンパクを発現している細胞はヒト免疫細胞によって認識され標的にされる可能性がある、とNCI癌研究センター(CCR)のDr.Claudia Palena氏らは数年前発表した研究で述べている。
この研究者らはさらに最近になって、Brachyury/T遺伝子が癌細胞において上皮から間葉への移行を促進し、癌細胞の浸潤能と転移能を増す可能性を報告している。「この過程を直ちに止めることでワクチンが作用すると考えることができます」と、このプロジェクトを率いるCCRの腫瘍免疫学・生物学研究室のDr.Jeffrey Schlom氏は述べた。
実験段階のワクチンの安全性と適切な用量を確認する第1相臨床試験が一年以内に開始される可能性があります。まだ準備段階だが、「この研究は一般的な癌に対して見込みある治療法がまれな癌にも適応できるという良い例を示しています」とSchlom氏は言う。
デューク大学のKelley研究室におけるBrachyury/T遺伝子の研究は、脊索腫から得たという腫瘍細胞株の特性を明らかにするプロジェクトにSommer氏が取り掛かった時に開始された。しかし間もなく研究者らは、脊索腫のものとされていたいくつかの細胞株が実際には明らかに違うものだと分かった。(この結果の論文は現在審査中である)。
「Josh氏も貢献したこの研究による成果は、脊索腫から得たものであるという特性が明確であり、有用なモデルになる可能性がある2つの細胞株が確立されたことです。Brachyuryの研究はこれら細胞株研究の一部として始められましたが、今ではわれわれの研究室や他の研究施設にも大きく広がりました」とKelley氏は言った。
研究の障壁を克服する
Sommer氏は研究室で過ごしている間、まれな疾患に対する研究への取り組みを目の当たりにした。細胞株、組織標本、動物モデルなどの不可欠な研究資源が不足していたり、存在しないことがあった。また、脊索腫を研究する人が他に誰がいるのか不明であり、したがって共同研究をする相手も見つけようがなかった。「初期のいくつかの進展の後、われわれは壁にぶつかっていた」とSommer氏は振り返る。
脊索腫基金は、研究者間のネットワークを構築し、研究手段や治療法の開発に資金を提供し、研究者らができるだけ早く結果を共有できる手段を確立することで、このような障壁を克服することを目的としている。命を救う可能性がある研究結果を、現在しばしば見受けられるように医学雑誌の発行まで数か月、数年も待たずに、ほぼリアルタイムに共有できることが望まれる。
「脊索腫の最も大きな課題は、この病気が稀であることである」とCCRと脊索腫基金の科学諮問委員会のDr.Paul Meltzer氏は述べた。「私は多くのまれな癌の研究をしていますが、これは最もまれな癌のひとつです。組織標本や試薬が入手できなければ何かを研究することは困難です。また、患者を診る施設と協力して、研究者らが対話し結果を共有できるようにする必要もあります」。Meltzer氏は、まれな癌に対する患者主導の支持団体が「ときに設立される」のをこれまでも見てきており、脊索腫基金は彼が見てきた中でも最も効果的な取り組みひとつであるという。
「Joshは本当に才能ある若者で、脊索腫研究、願わくば新しい治療法を開発することに自分の能力を使っています」とMeltzer氏は言った。「彼のおかげで脊索腫は、この病気と関わりが無かっただろう最高レベルの癌研究者達が注目する病気になりました。彼には脊索腫の関連分野やこの病気の患者を救う可能性があります」。
研究者達を集める
過去3年の間、脊索腫基金は100人以上の研究者達を2つの国際学術学会に集めた。また、7つの研究施設に資金提供し、「最終的にこの病気に対してうまく治療が行えるところまで到達するための研究計画を策定しました」とSommer氏は言った。
脊索腫基金はこの分野に多くの点で役立っていると、Kelley氏は言った。「この団体は、以前はお互い繋がりのなかった研究者達が活発に交流することに役立ちました。このおかげで、新しい連携やデータの共有が行われるようになりました」。またこの団体は患者や家族に、この病気や治療選択肢についての有用な情報の提供もしているとも述べている。
この団体が援助した研究者の一人にマサチューセッツ総合病院のDr.Vijaya Ramesh氏がいる。彼女の研究室ではいくつかのまれな癌を研究していたが、脊索腫には取り組んでいなかった。だが、彼女が脊索腫に関連した発見を発表したところ、Dr.Simone Sommer氏から彼女に連絡がとれ、今ではこの病気のマウスモデル開発プロジェクトに協力している
「この団体によって私たち研究者はこの病気を一緒に考えるようになり、自分も参加出来て幸せである」とRamesh氏は言った。しかし彼女は将来について現実的であり、次のように述べた。「この研究を進展させられるかどうかは、マウスモデルから何を学ぶかということと、追加の資金があるかにかかっている」。
Josh Sommer氏は4年間腫瘍再発はなく、6カ月ごとに検査のため病院に戻る。「普段は、病気のことを考えずに目の前の仕事に集中できるが、この病気で苦しんでいる患者や、再発して死が迫っている患者のことを耳にすると胸が痛みます」と彼は言った。
「患者の話は、われわれが可能な限り熱心に活動し、研究者を団結させ、研究実施のため資金を増やすための動機つけを絶えず与えてくれる」と彼はつけ加えた。
— Edward R. Winstead and Sarah Curry
「遺伝子重複がいくつかの家系におけるまれな癌の一因」も参照ください(原文)
【脳MRI画像下キャプション訳】17歳男性のMRI画像。鼻腔から脳幹まで広がる脊索腫(S Hassan氏、 JM Abdullah氏、SJ Wan Din氏、Z Idris氏による提供画像)【画像原文参照】
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野長瀬 祥兼 訳
井上 進常(小児腫瘍科/首都医校教員)監修
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