代謝タンパク質が「糖の大量供給」を引き起こし脳腫瘍に栄養を供給する
PKM2は核内に入り込み、癌を促進する。潜在的なバイオマーカーと薬剤法の発見
MDアンダーソンがんセンター
2012年11月26日
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究チームは、癌促進タンパク質が細胞核内に入り込む経路を突き止め、その癌促進タンパク質が脳腫瘍を増殖させるグルコース代謝経路を活性化させる過程を解明した。
さらに、このタンパク質の移動経路には、脳腫瘍の中で最も頻度と致死率の高い多形性膠芽腫に対して未適用のある薬剤で攻撃可能な急所があることも発見した。オンライン版Nature Cell Biologyで発表された本論文はさらに、癌の発生および進行におけるピルビン酸キナーゼ(PKM2)の重要性を明らかにする。
本論文の統括著者、MDアンダーソン神経腫瘍部准教授Zhimin Lu医学博士は、「PKM2の活動は細胞がさかんに増殖する乳児期に特に活発であり、そのうちに停止する。腫瘍細胞はPKM2を再活性化させるため、多種類の癌でPKM2の過剰発現が見られる」と話す。
Lu氏と研究チームは今年すでに、核内のPKM2が細胞分裂に関与する様々な遺伝子も活性化することを明らかにしている。今回の論文では、PKM2が好気的解糖を引き起こす仕組みを説明する。好気的解糖はグルコースからエネルギーを産生する過程で、ワールブルグ効果とも呼ばれ、多種類の固形腫瘍の生存、増殖のエネルギー源である。
「PKM2は、細胞増殖とワールブルグ効果に関与する遺伝子を活性化するために、まず核に到達しなければならない。核内への進入を阻止できれば、二つの癌促進経路(細胞増殖とワールブルグ効果)を同時に遮断できる。PKM2は、癌のアキレス腱と言える」とLu氏は話す。
Lu氏と研究チームは、PKM2が核内に進入するまでの複雑な過程を突き止めることにより、同タンパク質を細胞質に閉じ込めることができる創薬標的を発見した。
MEK、ERKが標的として浮上
その過程は、上皮増殖因子が細胞膜上にある受容体と結合して始まり、次のように進む。
•MEKタンパク質の活性化と、それに続くERKの活性化。
•ERKがリン酸基をPKM2の特定のスポットにはめ込む。
•リン酸化反応により、PKM2は一連の準備段階を経て、タンパク質importinへの結合を完了する。タンパク質importinはその名が示す通り、核膜を通してPKM2を核内に輸送する。
研究チームによれば、PKM2は核内に入ると、好気的解糖に不可欠な2つの遺伝子、および、PKM RNAを接合してPKM2をさらに増やす別の遺伝子を活性化することが分かった。
数種類のキナーゼ阻害剤をヒト膠芽腫細胞株へ投与する実験の結果、EGF誘発によるRKM2の核内進入を阻止できたのはMEK/ERK阻害剤だけであった。つまり、PKM2が核内に進入するためにはERK活性化が不可欠である。
「MEK/ERK阻害剤は、多形性膠芽腫に対してはまだ試験が行われていない」とLu氏は話す。リン酸化PKM2は、MEK/ERK阻害剤の開発が進めば、その適用対象となる患者を特定するバイオマーカーとなり得る。
MEK阻害剤が腫瘍増殖を抑制する
本研究チームはさらに、PKM2によって活性化する2つの解糖系遺伝子GLUT1とLDHAが、ワールブルグ効果の最も重要な要素であるグルコース消費およびピルビン酸から乳酸への転換に必要であることも発見した。腫瘍細胞株中のPKM2を枯渇させると、グルコース消費と乳酸生成が抑制された。
マウスでは、PKM2を枯渇させることにより脳腫瘍の増殖が抑制された。野生型タンパク質の再発現により腫瘍が増殖した。しかし、核内に進入する能力を失ったPKM2変異タンパク質の再発現によっては、腫瘍形成が促進されなかった。ヒト膠芽腫細胞株での実験でも同じ効果が確認された。
マウス実験で、MEK阻害剤selumetinibを腫瘍に注入すると、腫瘍増殖が阻害され、ERKリン酸化、PKM2発現、乳酸生成が抑制された。研究チームはヒト腫瘍48サンプルによる試験で、EGFR、ERK1/2、PKM2の活性化が強く相関することを見出した。
PKM2過剰発現の原因
Lu氏とその研究チームは、Molecular Cellにも論文を発表し、膠芽腫におけるPKM2過剰発現のメカニズムを明らかにした。彼らは、EGF受容体活性化によりNF-KBが活性化し、それに続く一連の現象の結果、PKM2遺伝子が活性化することを発見した。
PKM2レベルは、標準的治療として手術、放射線療法、化学療法を受ける膠芽腫患者55人から採取した腫瘍サンプルで測定した。PKM2発現が低い患者20人の生存期間中央値は34.5か月であったのに対して、PKM2レベルが高い患者35人では13.6か月であった。
低悪性度の星状細胞腫患者27人におけるPKM2発現レベルは、高悪性度の膠芽腫患者における発現レベルの約2分の1であった。
「今回の2つの論文で、我々はPKM2が腫瘍で過剰発現する仕組み、核内に進入する仕組み、この核内進入が腫瘍増殖に不可欠であることを明らかにするとともに、人々の治療に利用できる潜在的薬剤やバイオマーカーを特定した」とLu氏は話す。
Nature Cell Biology論文の共著者は、第一著者Weiwei Yang, Ph.D.をはじめ、以下のとおり。Yanhua Zheng, Ph.D., Yan Xia, Ph.D., and Haitao Ji, Ph.D., of MD Anderson’s Department of Neuro-Oncology and Brain Tumor Center; Xiaomin Chen, Ph.D., of MD Anderson’s Department of Biochemistry and Molecular Biology; Ken Aldape, M.D., MD Anderson’s Department of Pathology; Fang Guo, Ph.D., Nanomedicine Center, Shanghai Research Institute, China Academy of Science; Costas Lyssiotis, Ph.D., and Lewis Cantley, Ph.D., Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School
本研究は、米国国立衛生研究所からの助成金(2RO1CA109035、RO1GM068566、RO1GM56302)、米国国立がん研究所からのMDアンダーソンがんセンター支援助成金(CA16672)、テキサス州がん予防研究所からの研究助成金を受けた。
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山田登志子 訳
寺島慶太(小児科/テキサス小児病院)監修
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